2008年8月30日土曜日

エクスターンシップ











1単位の講座です。




内容は弁護士事務所や大手企業の法務部に5日間通って業務を勉強すると言うもの。どこの事務所に配属されるかは、原則アトランダム、例外的に、例えば東京のNTTドコモに行ってみたいと言うとき、そこがOKしてくれたら行ける、というものです。




 今週第一陣が出陣し、今日午後終了してローに帰ってきました。ローで締めの講義をするかららしいです。




みんなスーツを着てびしっとした身なりで帰ってきました。それぞれの事務所ごとに特色があって、行って良かったと言う者もいれば、ただきつかったとだけ言う者もいて各人各様でした。




この講座は冬にもあるそうです。結局クラスの大半が受けるんじゃないでしょうか。




わたし?おっさんの面倒を見てくれる事務所はそんなにないでしょう。うっとうしいし。もしあったら行きますけど。








 ロー内では冬用のフリースを着ています。外は蒸し暑くて下着も服も汗がじっとり、それが学修室に入ると冷房が良く効いてるので汗が冷たくなってなかなか乾いてくれず体が冷え切ってしまうからです。








 そうそう、文学と法の成績が今日分かりました。思った通り優でした。これだけは自信があったのです。大問4問のうちの一つにドングリと山猫という宮沢賢治のお話について論評せよ、という問題があり、ユニークなことを書いたヤツは高く評価すると先生が言ってたので、思いっきり面白く書いてやったからです。他の問題は完全なる民訴の問題で、これらはまずまずだったので、優は間違いなし、と踏んでいたわけです。




 狙って取れたのはこの科目だけ。後は何故優をくれたのか、あるいは何故可しかくれなかったのか、行政法以外さっぱり見当が付きません。ローの先生の採点基準はよく分かりません。




あ、民訴が優だと思ってたのに良しかくれなかった理由については、積極否認と単純否認の区別を誤解してたためと分かり、後で納得しました。




 これで今期受けた10科目20単位全ての成績が出ました。




結局優が4,良が3,可が3,でした。




大学時代の学部成績84単位中優はたった一つだけだったので、かなり驚いています。




 まあ、ついでに言わせていただくと、大学時代唯一の優をくれたのは最高裁判所判事になった奥田先生の債権法でした。ありがたい先生でした。




 もひとつついでに言わせていただくと、今通っているローの入試における第一次選抜の際の大学の成績評価について、こう言っては何ですけど、大学の質などは全く関係なく、単に優の数だけで決めるのです。ですから優を乱発する大学を出た人の方が圧倒的に有利です。わたしはものすごいハンディを背負って受験させられたのでやばかったです。まあ半分以上は学生時代勉強しなかった自分のせいなんですけど。








来週末、有名なアンダーソン毛利、友常事務所の弁護士がローに講演に来るそうなので聴きに行ってきます。なんか面白いことを言うかもしれません。








話を前述の宮沢賢治に戻すと、あの独特の賢治ワールド、好きなんです。そして賢治の物語をいろいろと映像化したものが出てますが、中で一番素晴らしいと思うのは、銀河鉄道の夜、の登場人物を全て猫たちにしたアニメです。色と雰囲気と音楽がぴったりだと思いました。








 そうそう、思い出しましたよ!この前、優秀な若手に成績を聞いたところ、ほとんど優だったのです。会社法も優だったとのこと。それで、可だったわたしは、一体どんなことを書いたのか、聞きました。その問題は、取締役の第三者責任429条の問題でした。




ところがその若者は、自分は429条以外全て書いた、と言うのです。え~?どういうこと?と思いませんか。429条を書かなかったら0点の問題のはずなのに。もう、なにがなんだか分からなくなりました。




 この問題は学期中にレポート課題として出された問題を改題したものでして、そのときの問題は、取締役の会社に対する責任を聞いていたのです。中身は利益相反行為、代表訴訟でした。




わたしは、期末試験の問題文が対第三者責任だったので、レポート課題とは全く違う答案を書かねば、と考え、相当苦労しました。なのになのに、、、、。多分、先生は、常々、新試験はとにかく長く長く書け、何でもかんでも洗いざらいありったけ書け、と指導しています。ですから、不必要なものは書かない、必要なものだけ絞って書く、という答案には良い点をつけなかったのでしょう。




ひょっとしたら新試は本当にそうなのかもしれません。筆力が重要だという先生の指導はなじめない部分がありますが、真実の一面があるかもしれません。

写真上、竹下のうどんや。古式うどんです。写真をマイピクチャーに保存してその後マイピクチャーを開いて画像を表示させると、拡大機能が使えるようになり、文字がはっきり読めるようになります。この写真だと、そこまでしなくても、写真を左クリックすれば画面一杯に画像が拡大され、字が読めます。
ここのゴボ天うどん、600円と高いのです、が、驚くべきことに、うどん玉を何玉追加しても値段が変わらないんです。わたしの横でざるそばを注文した若いカップルは、なんと『ざる蕎麦3玉!』と言ってました。写真のどんぶりは大きめの洗面器ほどの大きさがあります。わたしは1,5玉注文しました。1玉で良い、といったのですが、店員のおばちゃんが許してくれなかったので。
写真下、気に入っている本ばさみ。100円ショップで見つけました。厚手の本で開いてもすぐ閉じてしまうやつに最適です。 それと、小石原焼きのコーヒーカップ。










2008年8月28日木曜日

魁皇大人気















朝は21度でした。肌寒かったです。





モンゴル場所での魁皇の人気はスゴイらしいです。モンゴル人に顔立ちが似ているし、おおらかで気は優しくて力持ち、おまけに照れ屋なところが魅力らしいです。同県人としてうれしいです。





 昨日は、たまった雑用の処理、期末試験の問題と解説の整理の他、半年前から定期購読している作曲用の雑誌の整理が大変でした。小さい頃から音楽にすごく興味を持ってました。小学生の時、若松に住んでいた親戚から流しのギター弾きが使ってたおんぼろギターをもらい、もううれしくてうれしくて。





ただ、手先が不器用なのでギターの腕前は上がりませんでした。そのあとウクレレにもトライしましたが挫折。でもレコードを聞くと一回聞いただけで曲の順番がすぐ頭に入ってました。法律の条文もそうだと良いのですが、こちらは20回くらい繰り返さないと入ってくれません。





 それで、いつか日本を代表する歌、くわしく言うと温泉の湯船に浸かったときにだれもが思わず口ずさむ、そんな歌を作曲したい、と30年前から夢見ていました。ドリフのばんばばんばんばん~、みたいなのではなく、吉幾三のようにしみじみとした歌を作りたいなあ、と思っていました。





 けど、作曲の知識もないし楽器も使えないし、、、、、。





ところがさすがは21世紀、パソコンで、自分が鼻歌で作ったメロディをオーケストラによって演奏させることが一人で出来るようになったのです。あらゆる楽器の伴奏が自由自在にできるんです。





 いつかこのソフトで全て自作の傑作をフルオーケストラで奏でたい、と思い、定期購読をし続けているわけです。そう言えば山下達郎もCDの曲は何から何まで全部自分で手作りなんです。










 音楽に限らず、法律も右脳を使ってイメージ、図表化して頭に入れるのが分かりやすいみたいです。





この前、熊大から来られた倒産法の先生も、必ず時系列、図、具体例を多用してました。ですからすーっと頭に入りました。





今回買った実務の本も流れ図が載ってます。やはり可視化が有用なんですねえ。










それで思ったのは、本の中に図と文章とが載っているとき、頭に入りやすいレイアウトは、図が左側、文章が右側に載っているやつだということです。みなさんはどう思いますか。




2008年8月27日水曜日

死に場所
















自分はいつどこで最期を迎えるのだろう。今日、アフガンでペシャワール会の日本人ボランティアが殺されました。覚悟の上だったとは思えません。さぞ悔しかったことでしょう。










ご冥福をお祈りします。





代表者である中村哲さんもさぞ落胆していることでしょう。中村哲医師はあの火野葦平(花と竜、麦と兵隊の)の甥に当たる人です。高潔な人物で、わたしも非常に尊敬しています。





 ただ、救いがあるとすれば、ペシャワール会が救援活動の一環として行っていた灌漑事業によって救われた村人たち数百人が救出のために全力を尽くしたことです。なんとしても恩人を助けようとしたようです。





 このような国際ボランティア活動に従事している人たちをわたしは心から尊敬します。わたしが総理大臣だったらこういうボランティアをもっともっと積極的に国家的に支援します。





憲法の前文にも我が国は国際社会において名誉ある地位を占めたいと思う、と書いてあるじゃあありませんか。





 わたしもどうせ死ぬなら満足満足と言って死にたいです。ですが、飛行機の墜落死だけは勘弁してほしいです。










 話は変わりますが、ロー内だけのネットがあり、そこでM弁護士が積極的に試験対策に有用な情報を提供してくれています。





そのネットに入るためには、学生各自に個別に与えられたUSBメモリーをパソコンに差し込んで、出てきた画面にID、パスワードを打ち込む必要があります。





そうやって学内ネットに入ると、いろんなコーナーがあり、たとえば講義担当教授とのやりとりができる場所とか学生同士で情報交換できる伝言板だとか、、





そして、掲示板というコーナーにM弁護士が頻繁に情報をアップしてくれているのです。





で、今日開けてみたところ、倒産法のまとめレジメが60枚もアップされていました。スゴイ量です。たいしたもんです。熱意と努力に脱帽しました。感謝しつつ印刷させてもらいました。















2008年8月26日火曜日

満腹満腹





































きょうは遊び心全開!大暴走しました。いや~大満足。








正午、おんぼろバイクにまたがり、太宰府にある九州国立博物館までツーリングしてきました。








意外に近かったです。我が家がある鳥飼から20キロありません。我が家から箱崎にあるローまでが10キロなので、1時間ほどちんたらちんたら走ってたら水木跡、都府楼跡に着いてしまいました。








水城も都府楼跡も自分の目と足で確かめたことがなかったので、かなり興奮してしまいました。








天智天皇が664年、前年の泊村江の戦いで唐新羅連合軍に負け、急いで九州防衛のために作らせた土塁あとが、水城です。








その高さ6m以上ある土塁の前後には水を溜めた壕を作っていました。その壕の水を引くための木製の土管(木樋もくひ)の現物が国立博物館に展示されていました。そして水城を作った時を再現したジオラマも。








 水城を後にしてさらに進むと広大な平地が見えてきました。都府楼跡です。








この一帯はどこか奈良、平城京の雰囲気があります。どちらも広くて緑の芝が広がっていて建造物が巨大壮大大陸的なんです。








 ある歴史家によると、大宰府という、大の字がつく役所名はじつは都、というか、行政首都という意味で、奈良の都と並ぶ権力所在地だったと言うことらしいです。そして太いと言う字の太宰府は、そのような役所、大宰府がある地域のことをいうのだそうです。








納得しました。だって、唐新羅連合軍に朝鮮半島で負けて、なんで10数キロもの水城を、太宰府を守るために造築しなければならなかったのか、それは太宰府が国家権力の中心地だったからです。








その歴史家によると、近畿の天皇家は九州にあった九州王朝の分家であり、大化などの年号も九州王朝が使っていた年号だったのだそうです。








わたし、相当好きなんですよ、その歴史家が。








 しかも、太宰府という土地は海から10キロ以上内陸にあります。場所的には交易に不便です。では何故そのような場所に役所を設けたか、それは海から侵入してくる外敵を恐れたからです。すなわち太宰府はそれだけ重要な役所だったというわけです。








 さらにその人曰く、魏志倭人伝に出てくる女王国は博多湾沿岸から糸島にかかる、姪浜一帯にあった。国歌である君が代は、博多湾沿岸の東の端にある地名、すなわち千代から、八千代、さざれ石、いわお、そして西の端糸島にある神社の祭神であるこけのむす姫まで、という統治領域を指す、とのこと。なるほどなるほど。
















それはさておき、太宰府天満宮にお参りしたのはほとんど30年ぶりです。








でもでも、土産物売りの参道ってこんなに短かったっけ?それに、天満宮もこんなにこじんまりしてたかしら?








自分の中ではもっともっとどでかい神社、参道だったような気がします。その逆が西鉄電車の駅。まえはほんとにしょーもないおんぼろ駅だったんじゃなかったっけ?








それはともかく、汗みどろになりながら参道を歩き続け、本殿で参拝し、飛び梅を見、そして参道脇から太宰府園という遊園地へむかう道を日中韓3カ国文字による案内表示にしたがって3分ほど歩くと、長い長いエスカレータが見えてきました。








それに乗り、一気に上がると今度は動く歩道が。おお、楽ちん楽ちん。そのうえ照明がなかなか良い。








で、出たところが一面ガラス張りの超モダンな平面と曲線による造形物がどどーんと見えてきました。7世紀、10世紀からいきなり21世紀へワープしました。やるじゃん、と感心。








内部もかなり面白かったです。わたしは学生なので入館料420円がタダでした。








日本の旧石器時代から縄文弥生、、、、、という歴史が楽しかったです。








心を打たれたのは、縄文土器ははるか1万3千年もまえから作られていたこと、鹿児島の縄文土器の形と模様のなんとモダンなこと、火炎式土器の圧倒的な迫力とデザインの素晴らしさ、、、、








いやいや、めちゃくちゃ楽しかったです。本当にスッカーッとしました。








と、ついでに、箱崎にあるスポーツクラブに行って体験入学でプールで泳いできました。そこはプールの水がとてもキレイで、カルキ臭さもありません。








ただ、さんざん歩いた後なので、泳いでいたら足の指がつってしまいました。
















太宰府もプールもどっちも前から行ってみたいところだったので、今日はとても充実した一日でした。これで明日からの勉強に集中できます。

2008年8月25日月曜日

マイクロソフトオフィス2007











今日午後、意を決して大学本部情報システム部情報企画課に飛び込みました。




大学正門近くにあり、あまり学生の近寄らない建物です。




古い建物で、石造りと暗い廊下といったあまりにも昔風の雰囲気が漂っていました。




その建物の右手奥の奥にその情報企画課はひっそりと隠れるように存在してました。ホームズの赤毛連盟みたいに。




入口も、これが本当に入り口なのか、という感じの狭い鉄製扉が開いていて、なかでは職員が10数人ほど、黙って働いていました。ほんと、みんな黙ってもくもくと何かをやってるんです。ふるくて暗くて人気のない建物の奥で。



ちょっとコワかったです、正直。




私が中に入り、近くでパソコンに向かっていた男性職員に、『あのー、学生なんですけどー、オフィスのソフトのことで伺いたいことがあるんですけどー』




どうも、学生がこんなところまで来るなんて、一体どうしたことか(あるいは、どう見ても学生に見えんけど)、という感じでいぶかしげな様子でした。




しかし、かれは担当の(と思われる)若くて背の高い女子職員を呼んでくれました。宝塚の男役チックでかっこよかったです。




その女性はとても親切でした。そしてさらに輪をかけて親切だったのがその課のボスらしき男性でした。




わたしに、USBを持ってきているか、と聞いてきて、わたしがYESと答えると、学内のパソコンを使って自分でやらなければならない作業をその女性に指示してその場でやってくれたのです。




すごく有り難かったです。どうやら、この大学では部署によって学生対応の寒暖の差が激しいみたいです。ある部署ではすごく不愉快な目に逢いました。




何しに来た?という感じです。




ところがこの部署の人たちの応対は心がこもっていました。わたしのことを気遣ってくれているのがよく伝わってきたのです。








それで、USBにオフィスを入れてくれたあと、お礼を何度も述べて退出し、我が家に戻って自宅パソコンにUSBを差し込み、パソコンにコピーし、開き、、自分のID、パスワードを記入したところ、ダウンロードが順調に進み、無事完了。




もう、うれしいのなんのって!




だって、このソフトを自前で買うとしたら45000円くらいもするんですよ。それが、学生の身分を持っているだけでタダで利用できるんです。おまけに、わたしは一度失敗していたので、学生一人に一度しかダウンロードできない、と説明欄に書かれていたため、もうだめなのかも、と半分あきらめの気持ちもあって、無事ダウンロードできたときのうれしさはこれまたひとしおでした。
わたしはコンピュータに関してかなりひどい思いをしておりますので。








今日はそれ以外にも、午前中は辰巳に行って今年の新司択一、論文分析無料講座を。刑事系の担当はあの、紳助がやってる行列のできる法律なんとか、にでてるつるっぱげ菊池弁護士でした。相変わらず話し上手でした。もちろん、元研修所教官ですから、情報価値は十分ありました。




さらに夕方、今宿のバイク屋に行ってセルモーターの修理を頼みました。今日はかなり慌ただしい日でした。



しかし、ショッキングなことにバイク屋が言うには、修理代に16000円もかかるとのこと。あきらめました。赤信号でバイクが止まるとそのたんびにエンジンが止まるのを仕方ないと諦めて、止まっちゃあキック、止まっちゃあキック、というしちめんどくさい作業をつづけながら乗るしかないです。








あ、それから、Wセミナー!ふざけんじゃねえ!です。一週間前に注文した、実務倒産法講義下巻、全然音沙汰がないのでこちらからWセミナーに電話してどげんなっとるのか聞きました。




すると、向こうはなんだかあたふたし始め、あとでまたかけなおすから電話をいったん切らせてくれだと。




なんかくさいなー、どうもわたしのした注文を忘れてるような感じでした。




しかも、向こうからかかってきたのが20分以上もたった後でした。裏で工作をしてたようです。




それで電話口のWの女子スタッフが言うには、今週中には届く予定です、だって。わたしはきつく言おうかとも思いましたがやめました。




普段の私ならがみがみ言うところです。でも、前回Wに行って驚いたのですが、職員の数が激減してて、事務室ががらーんとしてるんです。




ですから、仕事もうまく運んでないんだろうなあ、と思ってしまったので、仕方ないなあ、で終わりました。




とにかく、Wも辰巳も司法試験(旧のみならず新についても)の講師ががた減りしてます。みんなどっかに行っちゃいました。法律をキチンと教えることができる講師はほとんどいないんじゃないでしょうか。




なんでだろう?わたしが思うに、旧のほうはもう、儲からないから予備校は撤退あるいは縮小。




これに対し、新のほうは逆にローで授業がきっちりやるので予備校では重ねて授業は要らない、だから結局授業形式の講座が無くなったのだ。








ところが実はローの授業はそんなにまともではありません。ですからローせいは実は答案練習よりもむしろためになる授業形式の講座を望んでいるのではないでしょうか。




わたしは、10月からの後期、こっそり学部の講義を聴講するつもりでおります。




2008年8月23日土曜日

ふれあい


テレビで流れてました。中村雅俊の昭和47年の歌。いいですねえ。哀愁たっぷりで。青春時代が蘇ってきます。



秋めいてきたせいか少しセンチメンタルになってます。それとも単に暇なためか。



ところでみなさんはコーヒーと紅茶、それぞれどういうカップで飲みたいですか。






わたしの場合、紅茶は真っ白な磁器が似合うと思いますが、コーヒーは断然陶器です。



自宅では小石原焼きの黒っぽい陶器のカップで飲んでます。以前別府(城南区の)に住んでいたHくんとドライブに行ったとき気に入って買ったものです。



ところがこの前ホームセンターに行った際、陶器祭りをやってて、なかに萩焼の明るい茶碗を見てすっかり魅了されてしまいました。


その茶碗は下の方の高台部分が素焼きのままになっててそれがまたいい味をだしていたのです。萩焼のコーヒーカップ、どっかにないかなあ。


ふ~む、そうかそうか、こういう話題になるのも涼しくなってきたために熱いコーヒーがいちだんとおいしく感じだしたからなのか。


どうやら秋の魔法にかかってしまったようです。
さっきKさんと電話で話していて気付いたこと。法律家同士は共通のマニュアルによって意思を通じ合っている、だからマニュアル無視の話し方は法律家の話し方ではない、したがって中身を知る以前にそもそも話を聞いてもらえないはめになる、試験の答案はその最たるものである、よってまずはマニュアル通りに書くこと、マニュアルとは条文に当てはめること、である。
わたしが憲民刑が優だったのはマニュアル通りに書いたからで、その他の科目が良とか可だったのはその科目のマニュアルに未だ習熟していなかったからだ、ということがわかりました。






豪雨と寒さ


ロー内は寒いです。


昼ご飯を食べに農学部食堂まで行くことも出来ません。外は豪雨でした。

仕方ないのでクルマに乗って遠回りして農食まで。それでも靴下がずぶ濡れになりました。


女房もお袋さんも二人して風邪を引いたみたいです。昨夜は本当に寒かった。窓から入ってくる風がマジ冷たくてわたしも窓を閉めて寝ようかどうしようか迷いました。思い切って開けたままで寝ました。朝方はやはり寒かった。


倒産法の本、50ページしか進まず、だんだん焦ってきました。

民訴の点数が良だった理由が少し分かりました。積極否認か単純否認かの判断を誤ってしまったためです。

愚かなり。