2009年3月19日木曜日

崖っぷち




さすがのイチローも心が折れそうになったと言ってました。13打席連続ノーヒットの上、送りバントも失敗し、死んでしまいたい気持ちになったのでしょう。



痛いほど分かります。何千万人という野球ファンの期待を背負っているにもかかわらず、尽くそれに応えることに失敗してきたのですから。



しかもあの韓国に負けたのですから、惨めさも数倍に膨れたでしょう。



勝負師って辛いですよねえ。真剣勝負の世界の厳しさを改めて感じました。



結果しか求められていないのですからねえ。



 今日のキューバ戦でやっと2本出て少しは折れた心も繋がってくれたんじゃないでしょうか。それにしてもイチローが本心を吐露したこと自体、いかにきつかったかの現れです。崖っぷちに立たされた恐怖を払拭出来たのはさすがイチローです。



 明日の試合、グループ内1位決定戦で韓国と4度目の試合が。わたしの希望としては明日は意図的に負けて欲しいです。そうすればロスでの準決勝でアメリカと当たらずに済みます。アメリカとは決勝戦で対峙したほうが盛り上がるからです。まあ韓国の方も同じような考えでしょう。これまで試合に出ていなかった選手達をどんどん出して試合慣れさせる、いわば消化試合になるものと思われます。明日勝って良いことは一つもないと思います。



 今ローでは卒業生、つまり新司法試験受験生(2ヶ月後に実施されます)が卒業した後の自習室の引っ越しでいろいろと問題が出てきています。みんな良い席に座りたいのです。もっとも、ほとんど自習室の自分の机を使わない学生もいます。自宅派です。で、そういう学生の机は物置や隣の学生の本の置き場所になってしまっています。



 わたしとしても、肺が弱いので空気の悪いところだけは避けたいです。



倒産法のテキスト、重い鉄の塊の蒸気機関車がピュ~っと汽笛を鳴らしてシュッポッ、シュッポッとようやく走り始めたときの状態です。ずっしりした巨体が動き始めて気分はとても良い、しかし進みがのろくてイライラも抱えています。




同じイチローでも小沢イチローの方は、ワケが分かりません。自分の所の西松建設からの献金が違法だとの検察に対して、徹底抗戦をする、なんてことを仰っています。でも、検察が不公平不公正な捜査をしたというのがイマイチよく分かりません。そこんところをもっともっと正確に説明すべきです。さもないと被疑者のたわごとにしか聞こえません。しかもあまつさえ、企業献金を全廃すべきだと急に仰るのです。これには自民党国会議員が『盗人猛々しい』と言ったのがピッタリ来ました。イチローさんが一番自民党議員らしいと思ったのはわたしだけでしょうか。



2009年3月18日水曜日

室温29,1度


たまりません、この暑さ。背中から汗がじっとり滲みだしてきました。

去年の過去問のうち、民事系の大大問をやってました。会社法の中でも複雑でこんがらがるところが密やかに出題されていました。

利益相反行為というところです。

会社法の条文が極めて分かり難いので、取締役と会社の利益が相反する場合が分かりづらいのです。辰巳の解説者もなんだか怪しいことを言ってました。

ひどいのはどの教科書類も説明不足な点です。自分でもいろいろと図や表を書いて分類してみましたが今一確信が持てません。

倒産法が控えているのに。


この前歴史教育が大切だと申し上げたのですが、なんであんなに熱くなったのか、ワケが分かりました。先日テレビでオバマ大統領の演説集を特集していたのを見たからです。オバマさんは演説の大半をアメリカや世界の歴史について語っていました。自分たちが先人の辿ってきた歴史の延長上にあることを常に聴衆に訴えていました。歴史に基づく演説だったので格調も高く、骨があり、説得力が溢れていました。

麻生さん、小泉さん、安倍さん、小沢さんにあんな演説が出来るでしょうか。

日本の政治家達は歴史をわざとかどうか知りませんが口に出しません。とても薄っぺらい感じがします。

わたしの高校の大先輩、落日燃ゆ、の広田弘毅のような政治家が現れて欲しいものです。広田弘毅も偉かったですが、城山三郎もまた偉い作家だと思いました。一貫して権力の愚かしさと恐ろしさを訴えてきた骨のある作家でした。


2009年3月17日火曜日

初桜
















飯盛神社に行ってきました。微熱があって喉が痛いのですが、家の中で寝てるよりはいっそ外に出て気合いを入れた方が良いと思い、バイクで出かけてきました。

すっかり春になっていました。走っているときは風がとても心地よく、逆に止まると暑さすら感じました。

飯盛神社はこじんまりとしてて静かで落ち着いていました。手水からあふれ出る水の音がとても穏やかで清心な気持ちにさせてくれました。

出かけたのにはもう一つの理由があって、この前眼鏡を換えたのが届いたというので眼鏡キャットという店に取りに行ったのです。1万4500円でした。
左右のピントがずれててとても不快かつ目が痛くなっていたので。

店の人が言うには眼鏡がどうしてもフィットしないときは3ヶ月以内だったら無料で交換してくれるのだそうです・


飯盛山の近くに西部運動公園や地下鉄七隈線の車両基地があり、のどかです。木や花、田んぼや畑が今も残っています。わたしの好きな場所の一つです。

行ってみるとぽつんぽつんと桜が咲いていました。梅の花よりも瑞々しい感じがします。春だなあ、と実感しました。



ローでやらなければならないことが山積みなんですが、焦ってしまうとかえって頭に入らないので一つずつ確実にこなすことにしました。
破産と要件事実をきちっとやることに。

と、その前に去年の過去問を解かねば。来週のゼミで担当しているので。それでわたしの担当する問題は民事系の第2問といって、業界では大大問と呼ばれています。民事系という問題群は大きく2問に分かれていて、第1問を大問、第2問を大大問と言います。


何故かというと、第1問の試験時間は2時間。第2問の試験時間はなんと4時間もあるからなんです。

ついでに言うと、新司法試験は全部で4日間行われます。最初の二日、その次の日は休み、そしてまた二日、です。時系列で言うと、

択一の日、
選択科目(3時間)と公法系(4時間で憲法と行政法の混じった問題)の日
休みの日
民事系の日(第1問2時間、第2問4時間)
刑事系の日(4時間で刑法と刑訴の混じった問題)


4時間かけて問題を解かせるのが2回あります。これらの問題はもの凄く問題文が長いです。しかも分かり難いので時間も掛かるし頭が疲弊します。

そういう長文問題の中から問題点を指摘して妥当な解決を導いた答案を書かなければなりません。問題文を読んで理解するだけで1時間は掛かります。

そのうちの民事系大大問の答案を来週金曜までに書かなければなりません。

大変な作業ですが、本番ではこれをたった!4時間で仕上げ無ければならないんです。恐怖です。


でもそのかわり、真の実力がはっきり出ます。旧試験の場合、2時間以内で2問答案を書かねばならず、問題文も短いので何が論点なのか結構見え見えでした。それで暗記してきたことを上手にはき出せた受験生が受かる、という大学入試的試験でした。けれども新試験では、どこにどんな問題があるのか、問題文を何度も読まなければ出てきません。そういう意味では良い試験です。





 


2009年3月15日日曜日

ブルートレイン

ハヤブサも富士も消えてしまいました。
寝台特急富士は、わたしの田舎である大分県宇佐市の実家のすぐ横が日豊本線の線路なのでよく見てました。
わたし自身は、浪人、大学時代に何度か寝台車で京都まで乗りました。
今憶えているのは、寝台がセットされ、ベッドに寝そべって窓の外を見ていたシーンです。大きな窓ガラスに夜露がじっとりと浮かんで、シーツが濡れていました。手で曇りをぬぐうと、たしか岡山駅か広島駅のホームに止まってて、ホームには誰一人居なくて、夜の停車駅、そのものでした。
なかなか寝付けなくて、そうかといって寝酒を飲む習慣も無かったので、ただぼんやりいろんなことを空想していたような気がします。
 それから、夜が明けて寝台が畳まれて座席になり、洗面台の蛇口をひねるとお湯が出たのに驚き、そのお湯で顔を洗うと一気にピシッと目が覚めた記憶があります。
 とにかく、寝台車の良い点は目的地に早朝到着する、ということです。なんか無駄が省けるというか、楽しみながら時間をうまく使える、という一石二鳥、三鳥みたいな、得をした気持ちになれました。
 一度、浪人中、博多から京都まで夜行急行阿蘇、に乗って行ったことがあります。寝台車じゃないんです。一晩中堅い座席に座りっぱなしで徹夜で京都に着く、という怖ろしい経験でした。6月末なのに寒くて寒くて、がたがた震えてました。たいていの乗客は新聞紙を床に引いて寝てたり、窮屈そうにして二人がけの座席に横寝してたりしてました。
当然食堂車も車内販売もなく、余りの空腹と寒さに死にそうになっていました。たしか新聞紙を服の中に入れて寒さを防いでいたと記憶しています。
 ブルートレインも、全てなくすのではなく、ちょっとくらい残しておいて欲しいです。観光資源になるンじゃないでしょうか。これからはスローライフの時代。中高年にとって大事な交通機関だと思うのですが。
 JRも日本郵政も勝手なことばかりやっている気がして仕方がありません。
もちろん元凶は役人をはびこらせた自民党と、自民党に政権維持に積極消極両方で加担した選挙民です。
 権力は必ず腐るのです。長期政権はどの国のどの政党でも腐敗します。
日本人は政治的センスにおいては全く度し難い民族です。それもこれも、まともな歴史教育をしてこなかったからです。先人に学ぶことがいかに大事か、歴史をたんなる受験科目にしてしまったことが問題の原点です。
 歴史を学ぶことがいかに大切なことか、欧米では必ず自国の歴史をしっかり学ばせます。社会的人間になるための原点だからです。
 歴史とは、過去の地理と過去の公民を足したものなんです。地理とは人と自然との関わり合い、公民とは人と人、人が作った社会、人が作った国、との関わり合い、つまり人間社会の構造の勉強です。
 歴史はそのような地理と公民を過去に遡って学ぶことです。歴史を学ぶことで今の本当の地理と今の本当の公民がわかるのです。
 ですから、地理も公民も歴史もすべて人を理解することに共通点がある訳なんです。
 ですから、歴史を知らないとどういう社会になるか、どういう人間になるか、考えただけで怖ろしいです。

2009年3月14日土曜日

ゼミで5時間

会社法の条文の相互関係がよく分からなくて長時間かかってしまいました。
それでも答えは出ないままでした。
それで、帰宅してからずっと考えてました。気が付くと今午前3時。大体理解しました。ほっとしたところでやおらブログを。
会社法は最近全面改正されてしまい、内容が相当入れ替わりました。立法担当者がかなり独断専行したところがあり、判例とか通説をまったく無視した立法をしている箇所がいくつもあります。
 それで学者の本を読んでもスパッと分かるという具合にはなかなか行かず、隔靴掻痒です。
 きょうは生暖かい暴風雨の一日でした。あすは今日より10度も気温が下がるそうです。
明日一日、会社法の担当問題の答案書きで苦しみそうです。

2009年3月12日木曜日

日が長くなってきて







夕方6時半、ローを出るとき、以前と違って外はまだ明るさが残っています。今日のロー内の室温は26度。汗がじっとり出ました。



前にも書きましたが、春はやっぱり夕暮れが良いんじゃないでしょうか。なんとなくウキウキしますから。



女房の実家に向かおうとしたとき、箱崎駅近くに中東のモスクらしきタマネギ坊主の尖塔が建っているじゃありませんか。



不思議に思って近づいてみると、なんと本物のモスクでした。国際化の現れでしょうか。



背筋が凍る

明日までに新学期の履修予定(仮)を提出(ネットで)しなければならないので慌ててがさごそしてました。


すると、新学期がとんでもなく大変だと言うことに今頃気づいてしまいました。


週11コマ講義があるんです。しかも苦手の倒産法、要件事実、行政法がたっぷり入った講義です。


こりゃいかん、おしりに火が付きました。その上自主ゼミで答案を書かねばならず、エライコッチャエライコッチャ。


本当にマズイですよ。で、新試験の勉強も自分でやらないと。


そういうわけで、背筋も肝もコチコチになってしまいました。



ところで、以前からアジア、特に中国台湾韓国に興味が湧いてきて、いろんなサイトやブログで情報収集しています。

で、いつも気になるのが距離とか面積についてなんです。これはアジアに限ったことではなく、世界地図(わたし、実は地図フェチなんで)を眺めていると、この国の面積は、とか、ここからあそこまで何キロか、とかがスゴク気になるのです。

たとえば、パレスチナ自治区、イスラエルとの血みどろの紛争地帯、というか、イスラエルによる大虐殺地帯、ですが、ここの面積はどれくらいあるのかご存じですか?

答は、福岡市の面積とほぼ同じです。福岡県ではありませんよ。

では、韓国の面積は?

答は、北海道と四国を足したのよりもちょっと狭いくらい、です。10万平方キロしかありません。

パリとロンドンの距離は、東京と滋賀県大津の距離と同じです。わずか350キロです。
そんなことを考えていると、なるほど、と分かったことがあります。それはモーツァルトが幼い頃父親に連れられてヨーロッパ中を演奏旅行して回ったという逸話も、なるほど江戸から京都まで東海道を歩けばそれはパリからロンドンまで歩いたのと同じなのか、なんて。結構近いんですよね、ヨーロッパの都市間距離って。というか、逆に今では日本の方が意外に広いんだなあという感想を持っています。
この前のNHKBSのクールジャパンという番組の中で、外国人が日本の温泉をどう見ているか、が特集されていました。みんな温泉が大好きらしいです。
落ち着くとかリラックスできて最高とか。ただ、裸になるのが一番の障害なんだそうです。
とくにアングロサクソンは人前で裸になることを極度に嫌います。ヌーディストビーチで素っ裸になるのは極めて特殊な連中だそうです。
ところがオーストラリア人の女性は、裸になることは自己を解放する素晴らしいことだ、と評価していました。
日本人だって脱衣所ではちょっと勇気が要ります。でも裸になるということは無防備になることでありもの凄い抵抗感もありますが、一旦素っ裸になるとこれが逆に、解き放たれたような気分になるんです。
結論。裸は立派な文化だ。