2009年11月17日火曜日

精神科病院




精神医療と法、という授業で、志免町にある水戸病院に見学に行きました。



総勢15人。現地集合で、わたしの車で同じクラスの学生5人が乗って行きました。



大変環境の良いところでした。敷地も広くゆったりしている上、丘の上に有るので見晴らしも良かったです。



中身もまた開放的でした。いわゆる暗くて狭い鉄格子の中に閉じこめるというイメージは、全くありません。



むしろ、特養ホームみたいでした。高齢者がほとんどで、認知症に罹っている老人はこの世にごまんといるのですから、ここが精神科病院とはとても思えませんでした。



しかも、ふつうの特養ホームよりも静かで落ち着いていてメディカルケアも行き届いていて、なにより病院臭さとかおしっこやうんちをもらしたりその処理をしたりしたときのあの病院特有のニオイが全然しなかったんです。



 もちろん、数人の若者がいて、目がどこを見ているのか、うつろで表情もないひともいました。わたしはむしろそういう人たちばかりが入院しているものとばかり思っていました。



ところがそういう若者たちはほとんど外来なんだそうです。




いやほんと、今日見学させていただいた病院は素晴らしかったです。


河野先生というお医者さんが院内見学の説明をしてくださいました。


この先生は、元は原子力発電の技術者だったんですが、一念発起、もう一度医学部を受け直して、県内の保健所長なんかを歴任された方です。


精神科の診療報酬とか療法士の報酬はスゴク安いんだそうで、医療行政に怒ってました。


見学が終わったのが夕方4時半過ぎ。それからローに戻り、近くのガストでみんなで軽く食べて、また夕方6時半から精神医療と法の授業が8時まで。


猛烈な睡魔に襲われました。わたしは必須科目以外の授業では前の方に座るので、こっくりこっくりやってたのを先生にしっかり見られました。


 その後は明日のゼミのレジメ作りと明日朝一番にある民事裁判実務の小テスト対策。去年のこのテストで手痛い目に遭ったので、捲土重来です。


☆今日はばりっとして背広を着て行きました。病院見学をセッティングしてくれた弁護士先生に恥をかかせては、と思って。


で、16年前に塾講師で貯めたお金で買ったブルックスブラザーズのピンストライプの背広を久しぶりに着たんですが、なんとなんと今でもぴったんこなんです。お腹周りも変わらず、スッゴク嬉しかったです。オマケに、病院に早めに着いて、玄関前で立ってたら、1年上のクラス(留年したのです)女性が、わたしをわたしと認識せずに、『あの~、九大ローから来たんですが~、』と、わたしのことを病院関係者と間違えて尋ねるのです。それでわたしが、『○○さん、あんみつですよ、』とわたしが何度も自分の名前を言うのに、全く私のことが分からないのです。それで、『3年既修のあんみつですよ!』と言うと、怪訝そうな顔をしてじっと私を見つめてようやく『!』と。背広を着て髪も整えてたのでわからなかったんだそうです。ということは、普段のわたしがいかにひどい格好をしているか、ということですよね。

2009年11月16日月曜日

冬模様







玄界灘に面したここ博多は日本海性気候なので、陰鬱な冬景色になります。



今日もそんな感じでした。ただ、ローの自習室は初めて快適だなあと感じました。これまでは、暑いか寒いかのどちらかでしたが、今日はぴったんこでした。



自習室と言えば、今夜二十年ぶりに大学時代の友人と電話で話しました。



懐かしくて、いきなり時が当時に戻りました。



彼は京都大学ロー出身で、今も京都にいます。京大ローの話をいっぱい聞きました。なんだか彼らが可哀相になりました。



というのは、私のいる九大ローと違って学生には専用の机が割り当てられていないそうなんです。つまり、毎朝ロー内で自分の好きな机を巡って取り合いの激戦が繰り広げられるんだそうです。うっひゃー、です。このやり方は東大でも同じみたいです。西南もそう。しかも、授業は主に学術的なものばかりで、問題演習は余りやらないそうなんです。学内での答案練習会も無かったそうです。今は卒業生の弁護士達がやってくれ始めたそうですが。



 ああ、九大で良かった~。自分の私物もパソコンも膨大な本も、自分専用の机があるのと無いのとでは学習環境がとてつもなく違ってきます。



東大京大西南さん、辛いですねー。



 それはともかく、20年ぶりなので話が弾み、1時間ほど話しました。京大や京産大の学者になって偉くなった友人達の話も聞きました。



 まるで石川啄木状態になりかけました。友が皆~、です。



でも、実を言うとわたしはほとんど意に介しておりません。理由は二つあります。



一つは、出世よりもとにかく健康であることが第一だと思うので、自分が取り立てて重篤な病に罹っていないことだけで感謝の気持ちが溢れているからです。



もう一つは、人生人それぞれなので、自分が満足すればそれで良い、と思うに至ったからです。



充実した人生には他者との比較、という観念は不要だと思うんです。



まあ、それもこれも今のわたしには今週水曜の民事裁判実務のテストの方が大事だから他者と比較する余裕すらない、というのが真実なんですが。



 さっき、去年受けた同じ科目の小テストを見直していました。なんで去年ヒドイ点数を取ったのかの解明をするためです。



 頭が民法にばかり取られていたんです。当事者の言い分を仕分けすればよいだけだったんです。また、満点をとるなんておこがましいことは止めて、堅く7割を目指して難問をパスすれば良かったのに、なぜか完全解を求めていました。屁みたいなプライドがそうさせたんでしょう。しかも、そもそも要件事実の一番初めの基礎が分かっていなかったんです。



やはり、問題演習が大事だなあ、と滲みました。

2009年11月14日土曜日

合格者ガイダンス











辰巳に聞きに行ってきました。超満員、立ち見まででました。70人くらいいたかも。




目当ては、公法系で高得点を取った合格者の話を聞くことでした。イイコトを言ってました。




辰巳では倒産法の講座も申し込みました。来週日曜、6時間ぶっ通しで聞きに行きます。




天神に着くと、福岡市役所前広場が賑やかで何か歌声がしてました。




駐輪場からチラッと見ると人だかりが。




言ってみると、こちらのテレビラジオ局KBCがお祭りとラジオ中継をやってました。壇上のゲストはなんと、スター錦野でした。意外にがっちりした肉体でした。もっとほっそりしているとばかり思っていました。




 雨上がりの街は輝いていました。風がだんだん冷たくなってきています。




辰巳からローに帰って民事執行法をちらっと勉強しました。法人格否認の法理と民訴法、執行法との関係について今度の民事法の授業できかれるのです。




そうそう、けさ、オバマ大統領が、小さい頃母親に連れられ、鎌倉の大仏見物に言ったという話をしていました。なかなかやるな~、この大統領は、と感心しました。サービス精神旺盛です。とどめは、抹茶アイスを食べる方が大仏見物より気に入ったと言って笑わせたことです。




いかにも日本好きと思わせる狙いが大当たりでした。

奨学金返還説明会で







怒り爆発しました。




返還宣誓書を出せというので、その説明会に行きました。九大の大講堂で夕方から約2時間。参加した学生、院生は大体100人ほどでしょうか。




説明役は大学の職員の女性と育英会からやって来た女性課長。




最後の方で何か質問はないか、というので、頭に来たのでぶちまけてやろうと思いました。へんてこな事が多すぎるのです。




そしたら私よりも先に同じクラスの学生が質問に立ちました。内容はこうです。




育英会が要求するのは、返還債務について、連帯保証人と通常保証人の計2人を立てろ、連帯保証人からは収入証明書と実印、通常保証人からは実印を押してもらってこい、ということです。




 で、同じクラスにいる学生が質問したのは、もしも連帯保証人とか通常保証人を立てなかったらどうなるのか、ということです。




課長が答えるには、仮定の質問には答えない、とか、裁判に訴えるとか、お役人丸出しの返答でした。




 その後、わたしも質問しました。そもそも奨学金を借りるときにすでに連帯保証人を立てているじゃないか。それって、返還債務を連帯して保証するということではないか、だったらなんでまた更に連帯保証人の実印と収入証明書が要るのよ?と。二度手間じゃないか。もしもその必要があるというのなら、なんで2年前の申し込み時に連帯保証人を立てたのか、どちらか一つで十分ではないか、と質問したのです。返還のしおりには、原則として連帯保証人は2年前の申し込み時と同一人であること、と書いているのです。




 そしたら、どんな返事が返ってきたと思います?




大学職員が答えたんですが、2年経つと事情が変わっているかもしれないのでもう一度提出してもらうのだ、と。






でもオカシイと思いませんか。一般的な借金の場合、借りるときに保証人を立てるのは当然ですが、借りた金を返すときにまた再び同一保証人から実印を押させるって。



たしかに民法450条2項は、保証人に弁済の資力が無くなったら、資力のある人に代えてくれと債権者は言える、という規定があります。



でもそれならば、2年前に連帯保証人になってくれた人の資力の有無に関する書類だけ出せば良いはずです。



ですから、2年前に連帯保証人になってくれた人と同一人から実印と印鑑証明と収入証明を出してもらえという育英会の言い分はデタラメだ、と思います。



それで、大講堂でマイクを持って質問したのです。



 まだあるんですよ、ヘンなのが。



一つは、保証人になる人は65歳以上はダメ、配偶者は保証人になれない、



極めつけは、保証人は4親等内の親族であること、それ以外の人間だったら別に申請書を出せ、というのです。



これには何人もの質問というか、クレームが飛び出しました。むこうの言い分では、奨学金返還は長期にわたるので保証人になる人の年齢が問題だから、と言うのです。でもねえ、100歳まで生きる人だって大勢いますよ。



それに配偶者が何故ダメなのか、ワケが分かりません。



そして、学生が、自分の配偶者の父親、つまり義父は姻族1親等だから親族になるのではないか、と、まことに真っ当な質問(というより、確認でしょう)をしたのに対し、彼女たちはこう答えたんです、その場合は、『他人』に当たります、と!



思わず椅子からずり落ちそうになりました。オーマイガーッ!親族の定義は民法725条に書いてあります。



6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族、って。



ほんと、コイツらふざけやがって、と思いました。デタラメと言うより、自分勝手という方が適切な表現だと思いました。



 あ~、また入学前と同じように学生課の奨学金係で大立ち回りをしなければならないのかと思うと、うんざりしました。



 それにしても、今日の説明会には理科系の学生や院生が来ていましたが、彼らはすっかり手玉に取られてしまってました。ブツクサと文句を言い楯突くのはロー生ばかりでした。



 もう一度言います。育英会はヒドイです。

2009年11月13日金曜日

春のように











気持ちの良い一日でした。このままずーっとドライブしていたいと思ってしまうくらいでした。




要件事実の勉強はなかなか捗りません。民法の無権代理人による本人相続とか日常家事債務について、授業でやるのでちょっと復習してやろう、と思ったら意外に忘れていてぞっとしました。




また、来週、ローの入試があり、知り合いが二人受けるので、何が出そうか気になってました。そしたら民訴で引っかかる問題が見つかって、それにも引きずられてしまいました。




 要件事実に関する教科書には問題研究という優しく書かれた本と、類型別という悪魔のような本とがあります。




いま、悪魔の方を匍匐前進で読んだり纏めたりしています。たとえて言うなら、超濃縮ジュースです。そのまま飲んだらゲ~ッという吐きそうな味で、とても一気に飲み干せません。でも10倍に薄めたら俄然美味しくなる、そんな本です。




ならば、どうすれば10倍に薄めることが出来るのか、です。




繰り返し読む、一旦さーっと読んで、次に一行ずつ読み込んで、そしてもう一度さーっと読み流す、と言ったリズムでやっていくしかないです。








☆きょうの民事法の先生は小池さんといって、同じ大学出身の学者、40歳くらいでしょうか。面白くて楽しいのですが、頭が良すぎるのか、ついて行けないところがあります。この先生の授業は時間が経つのが早いです。それだけわたしも集中しているということだと思います。




概して裁判官や検察官の授業は面白いです。無駄がないし、実務感覚が学べるので。




☆☆ドイツ人がやっているパン屋兼スポーツバーが近くに出来ました。この前ここでバケットサンドを買ったら塩辛くて途中で止めました。けれども、その反対にアップルパイなどのスィーツ系は美味しいです。
元祖スイーツ系男子から見ても合格です。本物のドイツ菓子の味です。





2009年11月11日水曜日

平成11年11月11日午前11時11分


1がずらりと並びました。このときをねらって城南区役所に婚姻届を出したんです。
イイことが続きますように、と。で、結果は、、、、、、。


まあ、人間万事塞翁が馬だと、禍福はあざなえる縄のごとしだと、ゼロサムだと、そう思うことにしました。




今日は教官と面談を1時間。ローでの不平不満とか進路とか。行政法の先生で、京大大学院出身のフィールドワーク重視の先生です。


私自身はおもろい授業をやってくれるので好きです。例えば、トルコ風呂事件という行政法の有名な判例がありまして、東北地方のある街で、トルコ風呂を作らせないようにと、行政がむりやり建設区域の近所に教育施設をつくって風致地区に仕立て上げて営業不許可とした事件です。


その先生は現地に行っていろいろと写真を撮ってきたりして授業中にスライドで説明するのです。


学生の中には下劣だとか無駄だとか言って嫌悪するのが結構いました。ですが、わたしは、すっげーおもろいなー、と感心してました。


わたしはその先生に、ローの学者教官の授業のやり方のマズさを思いっきりぶちまけてきました。胸のつかえが取れました。




夕方からは合格者の女性チューターによる択一刑法ゼミ。彼女は論文試験で刑事系の成績が全国で79番でした(7000人中)。


どれくらい優秀なのか興味津々で受けたのですが、意外や意外、基本、つまり構成要件をきっちりと書くことで上の方に行けるのがわかりました。


あと、細かいところは大胆に飛ばす、という男っぽいところも大事なのかもしれないと思いました。


そうそう、面談で進路を聞かれた際、大分の田舎で地道にやりたいと言ったところ、地方にはいっぱい仕事があるよ、と励まされました。


☆今日は何故か暑くて仕方ありませんでした。まわりは寒そうにしているのに。バイオリズムが頂点の日なのかも。それで民事裁判実務の授業でも、何でも来い、先週の敵討ちじゃ、と待ちかまえていたら今度は当たらず仕舞い。

でも来週小テストがあるのでそこでは9割を目指すつもりです。去年落っこちた理由もこの小テストのせいだから。








2009年11月9日月曜日

ベルリンの壁







ちょうど20年前でした。信じられないことばかり起きた年でした。昭和が平成に代わった年でもあります。ベルリンの壁崩壊とソ連の崩壊、世界が変わったんです。
第一、わたしたち昭和世代は年号と言えば昭和、昭和の世がずーーっと続くものとばかり信じてましたもの。


ソ連が崩壊するなんてあり得ないと思っていましたから、ゴルバチョフ共産党書記長が自ら共産党政権を大政奉還したのにはもう、ノーベル平和賞10個分感激しました。ああ、思い出しました。ブレジネフ書記長でした。軍拡競争、宇宙競争、なんでも米ソは張り合ってました。チャイコフスキー音楽賞でアメリカのヴァンクライバーンが優勝したときはニューヨークの5番街をオープンカーで凱旋したんですよ。ヤンキーズのように。
ちなみにそのクライバーンは自ら音楽賞を創設し、今年、我が日本の盲目の青年が優勝したんです。大分脇道に逸れてしまったなあ。


 若い人たちは知らないでしょうが、その当時はいわゆるスパイ小説が花盛りで、ジョン、ル、カレの『寒い国から帰って来たスパイ』、とか、ロバートラドラム(ボーンシリーズの)とか、007シリーズもそうですが、とにかく手に汗握るハラハラ小説がもの凄く面白かったんですよ。映画で言うと、クリントイーストウッドの『ファイアーフォックス』という映画も良かったです。





 敵と味方がはっきりしていたんで分かりやすい(と思いこんでいた)時代でした。





 今、同じような雰囲気を味わおうとするなら、北朝鮮に潜入するような感じでしょうか。





 でも、ドイツは統一したのに朝鮮半島は未だに分断されたままです。もちろん、ドイツの統一についても、アメリカイギリスフランスは実は妨害しようとしていたんです。ドイツが統一されたら強大な国家ができるからなんです。それでもドイツは統一を果たしました。では朝鮮半島は?どうも韓国は統一に及び腰のようです。なんでだろう。









 逆にわたしが期待しているのは中国の分裂です。ソ連邦も分裂しました、というか、元の独立国家群にもどりました。中国もそうでなければならないと思います。土台、チベットも内モンゴルも元は別の国なんですから。それからウイグル自治区もウイグル族の国のはずです。





 そう言う意味では民族主義は否定できないと思います。





翻って我が国を見ると、沖縄の人々の苦しみは格段に大きいと思います。痛みの負担が大きすぎます。





米軍基地は無人島に移すべきです。





ん?またまた過激になってきそうなのでやめときます。


☆今日の暑さは酷すぎました。家族法の授業では何人も下敷きや扇子であおいでました。先生は授業に集中しててそんな学生たちの苦悶に無頓着。気の利いた学生が黒板横のエアコンスイッチをポンっと押しさえすれば良かったのに。
☆☆台湾の豚まんは美味しいです。豚の角煮まんも。箱崎は大分寂れてきました。九大がほとんど移転して学生が減ったんです。残っているのは文系くらい。あとローも。大学の敷地の9割は理系の敷地なので無人地帯が広がっています。そのため防犯対策に民間の警備会社を大勢雇っています。