2010年6月16日水曜日

理不尽




きょうロー内のメールが届きました。一読して怒りで体が火照りました。自習室の席替えについて全く理不尽で差別的な取り扱いをするというのです。


 怒りを抱いたまま塾に行くと、対策プリント作りが全く捗らず、このままでは間違いなく間に合いません。で、18種類のプリントの最初の試作品を専任に見せると、これがダメだし。問題数が少なすぎるというのです。


 作り直しが完成したのは始めてから3時間後。あと17種類も残っています。もう、無理無理。


先週働き始めた人間に向かってなんて無茶な要求をするのか、とまたしても怒りが。




というわけで今日は怒りのせいでクタクタです。




☆きのうのワールドカップ、第一の殊勲者は絶妙のパスを蹴った松井ですよ。本田だけを持ち上げるマスコミには辟易しました。


と、本日3回目の怒りが。

2010年6月14日月曜日

お帰り!われらが英雄!はやぶさ!




7年前!日本が打ち上げた小惑星(イトカワ)探査衛星はやぶさが、艱難辛苦の末予定より3年も遅れてきょう無事、地球に帰還しました。






通信途絶、燃料漏れ、エンジンの故障、宇宙迷子、彷徨、再発見、地球への帰還、と、奇跡の旅をしてきたのです。まるでギリシャ神話のオデュッセイのようです。




もう、なみだなみだの物語です。しかも自分の最後の使命が、自らの生命を燃え尽きさせて体内に保管してたカプセルを無事に地球に帰還させることだったんです。


オマケも。着陸予定のオーストラリアでは実際に着陸した場所が予定地からわずか1キロしか外れていいなかったんです。そのうえ、なんとまあ、その土地がアボリジニの聖地だったんです。だもんでアボリジニたちにもヘリに乗ってもらい、カプセル落下地点でお払いしてもらったということです。


 最後まで神話的じゃあありませんか!





体が震えて涙が溢れて仕方がありませんでした。なんとなく人間的でもあるんです。あのNHKのおしんのようでした。



あらゆる苦難を踏み越えてちっぽけな衛星が60億キロの旅から還ってきたんです。



この、はやぶさはきっと日本の新しい神となるでしょう。ハヤブサ神社か何かが建てられると確信しています。もちろんわたしもお参りします。






※昨日今日はオシッコとウンチとゲロの処理でたいへんでした。



一昨日と昨日の夜は、わんこをサークルの中で寝かせるしつけをしようと奮闘し、寝不足に。



わんこが女房の布団で寝たがるのです。それ自体は良いとしても、夜中に起き出して台所の隅でオシッコをしてしまうのです。トイレシートには見向きもしないのです。



なので、夜中には自分のサークル(ケージ)に入れて出さないようにしようとしたのです。



そしたら、わんこのヤツ、う゛~っとうなり声を上げたり、ワンっと吠えたりして駄々をこねるのです。こちらもまたすこぶる人間的です。



もう、持久戦です。我慢比べです。わたしら人間側も無視を決め込んで素知らぬふりをし続けました。1時間くらいは布団の中でわんこの鳴き声に耐えました。



するとあきらめたらしく静かに。



その闘いを二晩続けました。次の夜はかなり静かになりました。




※で、今日は女房のお袋さんが田川の実家に帰っていて女房は会社へ。わたしはローで人と会う予定が。それで、わんこを女房の家のサークルに入れて留守番をさせようと。わたしが家を出て行くとき、サークルの中から立ち上がって猛烈に吠えはじめました。わたしは心を鬼にして出ました。


で、一人(一匹)だけでのお留守番を4時間させた後に帰ってみると、なんとまあ、とんでもないことに。


吠えては居ませんでしたが、サークルの中は黄色いウンチとそのウンチを踏んだ足跡が一杯と、クッションの上や周りに、わんこが吐いた吐瀉物がべったり。


恐怖の余りの仕業だったんでしょう。今まで一人っきりの時間を経験したことがなかったんでしょう。


風呂場に連れて行って洗ってやると、今度は居間の絨毯に白い泡のような、そう、まるでムースのようなものを吐き始めたんです。


それを拭いてやり、水を与えるとゴクゴク飲みました。


やれやれ、と一段落したと思ったのもつかの間、今度はマッサージチェアに、更にまた布団カバーの上に、と立て続けに吐いたんです。


それらの始末をしてたらお袋さんが帰宅。二人で拭いたり掃除したりとおおわらわ。


わんこはぐったりして人間に背を向けて丸くなって横になったまま。


夕方になり、少しは元気回復したようで、散歩用のヒモを見せると自分から装着しろとせがんできました。


それでちょろっとだけ散歩に。


その後、人間様達が晩ご飯を食べはじめてもわんこは寄ってこず、そっぽを向いて横たわってました。


すると、お袋さんが、わんこがあちこち嗅ぎ始めたからオシッコするかも、というので、一応念のためサークル内に置いていたトイレシートを持ってきてダイニングの隅の良くオシッコをする場所に置いてみました。


そしたらなんと!我が家に来て2週間目にして初めてトイレシートに上がってそこでオシッコをしてくれたんです。すわっ!とみんなで駆け寄り、もの凄いオーバーなジェスチャーでわんこを褒めまくり撫でまくりました。


そしてご褒美に骨の形の堅いスティックを与えると美味しそうに食べました。


みんなで良かった良かったと喜んでいたら、今度は同じトイレシートにウンチもしたんです。


いや~嬉しいのなんのって。


今度もまた大袈裟に褒めまくり、ご褒美を与えました。




☆結局この二日間はわんこのための日でした。超小型犬を室内で飼うのって、そのめんどくささは尋常ではありません。 小さな悪魔くんです。




2010年6月12日土曜日

郵便受け


試験が終わって1ヶ月。長かったです。択一の足切りの恐怖に苛まれながら毎日郵便受けを開けるのが怖ろしかったです。択一成績の通知が来ていないか、いや、このまま来ないで欲しいとさえ。

それがとうとう今日、来たのです。

塾に行こうとしたときでした。郵便受けに法務省からの通知が入っているのを見た瞬間、頭から血が引きました。ベリベリっと貼り付けを剥がすのに手が震えました。


セーフ!でした。自分の予想よりも良かったです。もちろんレベルは低いですが。
公法系でとんでもなく出来が悪いとふんでいたのに、意外に点を取れていました。謎です。
択一の恐怖から逃れることが出来、こんなにホッとしたことはありません。


おかげで塾での中三の授業、すべりまくりました。ちょうど公民の憲法のところだったので、大学の講義みたいに深入りしてしまい、大暴走。もうどうにも停まらない状況に。それだけ嬉しかったんですよ。


もう、感謝の一言です。何に?神仏に、森羅万象に、周りのすべての人々に、わんこに、ありとあらゆるものに感謝です。

※笑われそうですが、毎朝自分の手に自ら金色のペンで手相を書いていました。ローの入試以来です。


2010年6月10日木曜日

好きな言葉じゃないけど











今日は疲れ果てました。中一のクラス、30人も居て、ワンワンガンガンとまあうるさいこと。




一番やりつらいのは学力差が激しいことです。良くできる子と出来の悪い子の両方がうるさいんです。




真ん中の子はこれが逆に無反応。




これからどうやって調教していこうか、悩ましいです。




その正反対が小学生たち。全員と言っていいほどよい子ばっかしです。奇跡のような気がしました。




家庭の雰囲気が良いんでしょうね。みんな素直でちゃんと勉強します。本当に素晴らしい。




でもって歴史好きが多いです。物知りで、特に男の子の半分以上はお宅みたいです。








最近の塾ってハイテクですよ。講師は授業が終わったらさっさと帰れるわけではありません。生徒を帰らせた後パソコンのページにその日やった授業内容と進路、宿題をアップしなければならないのです。




父兄がそのページを開いてチェックするためです。これだと確実に父兄は塾の様子をしることができますから有効性に疑いはありません。ですが、そのせいで帰りの電車が1本遅れることに。








母が福岡に同窓会に来ていて、宿泊先のホテルに女房がわんこを連れて会いに行ってきたそうです。




わんこは恐怖で固まっていたそうです。臆病で我が儘、手が焼けるヤツです。




2010年6月8日火曜日

久しぶりの








8年ぶりですか、塾で教えるのって。





久しぶりに社会の授業を、4コマ連続でやってきました。1コマ45分です。





小51クラスの二コマ連続と小6が2クラスです。前原地区の子供達は、昔もそうでしたが今も素直で明るいです。どのクラスも6人~8人なので、こじんまりして教えやすかったです。





また、専任講師も非常勤講師もみんな人格者ばかりで、大変ビックリしました。普通、塾の先生のなかには変なのが必ず居るのですが、今回はみなさんノーマルで、親切でした。感謝。










世の中変わったなあ、と思った点が二つ。一つは、ミカンの生産日本一が愛媛県では無くなったこと。とうとう和歌山権に負けてしまいました。もう一つは、学校の教科書も学校が出す宿題帳も、塾のテキストもみんなカラー印刷なんです。もう、サービスてんこ盛りです。





勉強する気にさせるような体裁に作られていてとても素晴らしいと感心しました。










☆塾を出たのが夜9時35分。JRに乗り、姪浜でそのまんま地下鉄になり、西新駅に着いたのが10時6分。この先ずっとこんな生活を続けなければならないのかと思うと胸が締め付けられました。
ただ、一日中体を動かしたためか、お腹の具合はかなり良くなってきました。
もっとも、これわたしだけかもしれませんが、お腹の具合が悪くなると、決まって炭酸飲料が飲みたくなるんです。で、帰りのホームでダイエットコーラを買ってゴクゴクやりました。





☆☆ まだ法務省から通知が来ません。だんだん腹が据わってきました。もうどーにでもなれ、って。




それで考えたんです。なんで択一にこんなにビビルのかって。分かりました。トラウマです、旧試

験の。択一試験でどれだけ痛い目にあったか、無意識のうちに恐怖に怯えていたのです。




    ・・・・でもやっぱコワイっす。      




☆筑前前原駅は地下鉄西新駅から25分西に行ったところです。西新駅から距離にして16キロ。唐津までの中間点です。魏志倭人伝の「伊都国(いとこく)」があったところです。ちょっと前までは糸島郡前原町と言ってました。同じ糸島郡に、志摩町というのもありました。だから、いと+しま=糸島となったわけです。


前原町には、いと城(りっしんべんに台と書いて、い、と読みます、後は土)という古墳時代の城跡があります。そこから山の尾根伝いに東へ進む太宰府への最短コースの軍用道路が通じていました。

また、平原古墳(ひらばるこふん)といって、国内最大の大きさ、直径46センチもある銅鏡(国宝)が出土した古墳もあります。
※ここで自説を。この前原(まえばる、と読みます。原をパルとかバルと読むのは朝鮮式の読み方です)付近には神話に出てくる地名がどっさどっさあります。
たとえば、ヤマト=山門、日向=ひなたと読みます。どちらもこの辺に存在します。そして平原古墳はこの日向峠を下ったところにあるんです。
古事記はこの辺りの神話をもとにしたのではないかと思われます。
※※ くどいですけど、もう少し聞いてやってください。今、奈良地方で、まきむく遺跡から大量の銅鏡が発見され、その多くが三角縁神獣鏡だったので、そこが卑弥呼の墓だと言われています。
けど、肝心の魏の国ではこの三角縁神獣鏡はほとんど出土してないんです。日本で勝手に作ったのだと考えるのがスジです。
また、三種の神器、鏡、玉、剣、が同時に同じ古墳から出土したのは前原を中心とする北部九州だけです。近畿地方の古墳からは三種の神器が同時に出土した例はありません。
※※※以上から、天皇の出身地も卑弥呼も北部九州っぽいと考えます。半島に一番近い場所ですもの、そう考えるのが合理的じゃないでしょうか。
それから、邪馬台国、という国は存在しません。邪馬壱国はありましたが。
つまり、難しい漢字のたい、という文字は、魏志倭人伝ではほんの数カ所しか使われておらず、その意味は、国王(すなわち曹操の家系)を指す尊い言葉なんです。そんな尊貴な漢字を野蛮な東海の小国に使うはずがありません。実際に魏志倭人伝に載っている漢字は、旧仮名使いの壱のもっと古い字です。
それを江戸時代の学者達が、魏志倭人伝が誤記をしたのである、と勝手に解釈した(無茶振り)にすぎないのです。この字がタイと変われば、ヤマタイ、つまりヤマトと繋がるからです。
おそろしいほどの目的論的解釈です。現代においてもまだ皆がヤマタイコクと言い続けていること自体が摩訶不思議でなりません。あれは誰がどう見てもヤマイチコク以外には読めません。
え~、ウルサイ?失礼しました。





2010年6月7日月曜日

激痛



























日曜日午後、突然胃が痛み始めました。キリキリ、ギリギリとピンポイントに痛みが走るのです。









犬のシャンプーをさせた後痛みは更に悪化し、体の節々も痛み出してきたので、早々に就寝。









お腹にホッカイロを当て、抗生物質と胃薬と風邪薬を飲んで9時過ぎには横になりました。


















朝7時半に目覚めると、1時間以上トイレに籠城。水のようにシャーシャーと(失礼)出ました。









ときどきキリッと痛みが走るので、また横になり、明日からの塾の段取りのことなんかをうつろうつろしながら考えてました。









午後になると痛みはだいぶ減りました。ただ、昨日と比べると痛みの発信源が段々下の方に移動して居るみたいです。昨晩は胃の辺りが痛かったのに今は大腸当たりまで降りてきました。


















寝ている間に汗をかいたみたいで、体中が汗臭いです。一番恐れていたのが、明日からの塾勤めが出来なくなるのではないか、ということでしたが、なんとか行けそうです。
☆写真は、九重夢大つり橋、 阿蘇名物高菜メシ、だご汁、 由布院の名物旅館「亀の井別荘」、その側にある金鱗湖(池の底から温泉が湧きだしています)









2010年6月5日土曜日

嗚呼、我が人生で初めての・・・・





























今日、塾の教室長と最終打ち合わせをしてきました。かなりマズイです。わたしが担当する社会科の教師はわたしのみ、ということが分かったんです。ということは、週に4~5日通わなければならない、ということです。ギャオ~。




法律の勉強は午前中に集中してやるしかなくなりました。試験以後てれ~っと怠惰な生活を送っていたのが一気に大変な状況に。



しかもしかも、わたし以前の教師達は超適当な授業しかしていないみたいで、カリキュラム上本来なら明治時代に入っているはずの進路が、なんとまだ室町が終わった段階なんです。


いったいどーすんの?


で、案の定、補習授業をやってくれ、と早速の指示が。こちとら、まだ生徒の顔すら見てないのに。




☆☆☆それで、その打ち合わせの祭、教室長から言われた一言、嗚呼!我が人生においてとうとうこの言葉を使われるようになったのか~っ。彼曰く小学生から見ればわたしはお父さんに見えますが、あんみつ先生は○○○ちゃん ですから、、、って、。



わたしの心臓に深く深く突き刺さりました。


帰り道、うなだれてしまいました。
☆写真は阿蘇に咲くミヤマキリシマ。阿蘇大噴火口
 この写真を見直して気分が落ち着きました。人間なんて阿蘇に比べれば小さい小さい。
 雄大に生きるぞ、って。