2022年4月5日火曜日

恐怖の二回試験を終えて 1

  3月21日午前6時発ののぞみに乗って埼玉県和光市の司法研修所いずみ寮に。

もの凄い量の白表紙(研修所から送られてくるテキスト類)が入った古いトランクが重くて動かなくて、東京駅のコンコースで途方に暮れました。なんとかして池袋まで山手線に乗ったのですが、これ以上無理と判断し、池袋からタクシーで和光まで行きました。5000円でした。でも良かったです。二回試験で腕が上がらなかったり腰が痛んだりしたら大事ですから。

いずみ寮はコンクリートの塊みたいな殺風景なところ。寮の外の本館もコンクリート。寒々しい感じ。研修所の周囲がまた、税務大学校の馬鹿でかい敷地、広大な和光市樹林公園、練馬区立大泉中央公園と、人気が無いところにあります。

翌日は雪が舞う真冬の天気。その上私の部屋のエアコンが故障して、ヤバいくらい寒かったです。事務室に修理をお願いしましたが、やってきた係の人もお手上げ。

食事はマズくて有名な食堂で。覚悟していたのよりはまともでした。ただ、朝昼夜毎回、味噌汁は具が無し、化学調味料いっぱいの、同じ味。ご飯は古古米みたい。その上、こちらも恐怖と緊張で食欲がないので半分くらいしか食べることが出来ませんでした。若い修習生たちの中にはご飯大盛りとかお代わりとかしているのもいて、若さってイイナ、と思いました。

二回試験で落ちないためには、科目毎の思考の型、起案の型をたたき込むしかない、と思い、教官が動画で即日起案の解説をしていたのを何度も何度も見直し、参考起案を何度も何度も見直して、イメージを確立することに全力を挙げました。

5科目の試験は、どれも似ているようで違う思考パターンで書かないとヤバイのです。






2022年2月27日日曜日

また、親友が旅立ってしまった・・・・サビシイ・・・哀しい・・・悔しい・・・

 岡本政隆君が2022年2月21日に旅立ちました。

昭和59年からの長い長い付き合いでした。謹んでご冥福をお祈りいたします。

この前は山本哲久くんという大学時代の大親友を失い、今回は、わたしが司法試験に受からないので京都から地元福岡に戻ってこい、と父親から命じられ、都落ちして九大の司法試験答案練習会に入るべく、はじめは千代、その後筥松に下宿したとき、筥松で初めて岡本君に会ったのでした。それが昭和59年でした。

下宿があった場所は、鹿児島本線の間近、線路から5メートルも離れておらず、特に夜、夜行列車や貨物列車が通るとき、旅愁を感じる部屋でした。

その下宿は2階建て、木造で、4畳半に二段ベッドみたいにベッドがはしごを上がった上の方にありました。わたしが住んでいた1階部分は、この4畳半の部屋の壁を取り払って広くした、9畳ほどある部屋でした。

続きはまた。一昨日、コロナワクチンの3回目の接種をして、今朝から発熱しており、岡本君の訃報でもの凄く心が萎えきってしまい、今は日曜日午後10時ですが、寝ます。

明日は朝から裁判所で民裁起案2回目、6時間半書きっぱなし。もしかしたら裁判所の玄関で入るなと入館拒否されるかも。明日朝の体温が心配です。

2022年1月2日日曜日

2022年、令和4年1月2日





 新しい年になり、ブログを再開しなければならないと思い立ちました。

昨年、令和3年は、あらゆる意味で人生最大の年でした。

40年以上続いた受験生活が、ありとあらゆる幸運に恵まれて、競馬の最後の追い込みそっくりに、鼻の差でゴールできました。

その後の修習は、マジで大変でした。修習は今も続いています。3月23日から29日まで二回試験という最後の難関が待ち受けています。この試験に落ちると、来年の二回試験まで浪人。落ちる人数は、1400人あまりの修習生の内、10数人にすぎませんが、落ちるはずのない優秀な人も落ちることがあるそうです。わたしは全然優秀でないので、もっと怖いです。

人と同じことを考え、同じことを書くのが大事だと忠告されました。平身低頭で行け、とも。

こだわるのが私の性分で、人と違うことをしたい、書きたいと思ってしまうので、肝に銘じないと、と思います。

もしも二回試験が無事に通ったら、福岡の裁判所の建物に県内で一番近い場所にある法律事務所にお世話になることになりました。事務所から福岡高裁地裁家裁簡裁ビルまで徒歩100歩、福岡地検まで徒歩30歩、福岡県弁護士会館まで徒歩50歩の、法曹村にあります。九大法科大学院の施設内に事務所があります。もう、絶対に二回試験に落ちてはならないと、今から猛烈に緊張しまくっております。まさか!を大量に経験して参りましたので、また、まさか?!になるんじゃないかと、怖くて恐くて。





2021年9月18日土曜日