2007年8月20日月曜日

驚き
















その1





辰巳にむかう途中、ホークスの斉藤和巳投手夫妻とすれ違う。





顔は小さく、肩幅が異様にでかい。





その2





辰巳で今年の新司法試験の刑事系の解説無料講義を聞きに行ったところ、





講師は、元司法研修所教官だった。あちら側の採点の着眼点がよーくわかった。





あちらの業界で支配している思想は、世間の常識と一応の理屈と判例の規範の因って出てくるところの理由付け。





その3





夕方、三洋信販本社内で、1時間の無料コンサート。福岡工業大学の吹奏楽アンサンブル





14人。とても良かった。チューバの低音、それに特別参加のクラリネットの音色の良さ、低音から





高音まで音域もひろく、表情が豊かな楽器だなぁ、と感心。





その4





午前中、猛烈な通り雨、30分間ただならぬ降り方。





今日はこんなところであります。





夜、女房の実家から自転車で我が家へ。20分間のサイクリング。ときどき、ちょっとだけ涼しい風が





体中の汗をとばしてました。





写真は福岡タワーのイルミネーションと、その裏のマリゾンのベンチの様子です。





夏の終わりの始まり











なんとなく暑さの中に秋めいた兆しを感じます。




前回、多くの方々からコメントを頂戴して、大変うれしく思いました。




そこで、もっとがんばっておもろいことを書こうとしましたが、頭が




空っぽでいくら振ってもがらがらぽん、なにもでてきましぇ~ん。




 そういうときは、写真でカバーせねば。




というわけで、百道の海水浴場、マリゾン(いずれも我が家から自転車で10分)




の様子を、昼バージョンと夜バージョンでお届けします。




夜景撮影の腕前が少し上がりました。三脚とシャッターなし、タイマー活用で。








追:箱崎のK氏からのコメントで、チャコの表情についてとてもユニークなご意見を




頂戴し、チャコの内面まで見通した観察眼に感服しました。

2007年8月17日金曜日

お盆2











今日も酷暑です。少し夏ばて気味で、水分ばかりとってます。




さて、お盆は田舎に一泊だけしました。




でも、よく働きました、夫婦共々。




とりわけ、物置に据えてあるブリキでできた巨大な米入れに、虫が大量発生していて、




80キロ以上ある米をすべて庭にむしろを敷いて乾しました。




親父が皆の反対を押し切って巨大ブリキ缶に米を入れてしまったのが間違いの元。




初めから米袋に入れたままにしておけば虫がわくこともなかったのに、と、家族全員




から非難され続けていたので、米をすべて缶から出して乾しあげたので、親父は




ほっとして上機嫌でした。ブリキ缶に米を入れて保存していたのは大昔の風習で、親父のノスタルジー




にすぎなかったのです。




しかしその作業は大変で、その後2日間、股関節ががきがき言ってがに股歩きしかできませんでした




米を袋に詰めて運ぶのが重労働だったのです。




写真は、宇佐の田舎の様子。今回は面白いネタがなく、イマイチで失礼しました。




追: 以前、日田の祇園祭会館に展示してた昔の写真の中に子供の頃の自分ないし兄貴が写っているのを載せました。
その絵が写ったデジカメの液晶画面を親に見せると、一番上の兄だ、とすぐさま答えました。 兄は小さい頃結核性小児麻痺にかかり、右足にギプスをしていたのです。小さな画面をよく見えない目でぱっと見るなりすぐわかるなんて、さすが親だなあ、と感心しました。
追追: 女房のもんぺ姿、好評でした。 チャコにほねっこをやろうとたところ、困惑気味でした。
    一番上の写真は、14日夕方、凄い夕立が来たときのもの。




2007年8月16日木曜日

お盆1











里帰りしてきました。




途中、女房の里、田川に寄ってきました。博多駅を朝6時40分発のJRで。




田川まではJR篠栗線に乗り、新飯塚で田川後藤寺線に乗り換え、船尾駅まで。計1時間余。




田川は炭坑と石灰の街。麻生セメント、三井セメントなど、良質のセメントが採れます。




五木寛之の青春の門に出てくる、有名な香春岳も、山全体が石灰岩なため、すっかり削り取られてしまい、




山が消滅、台地になってしまいました。




セメント工場近くでは、微細な粉塵のため、肺が弱いわたしは、すぐに息ができなくなってしまいます。




ただ、セメントも不況で、廃屋が目立っています。




博多から田川まで50キロ、田川から宇佐まで65キロ、田川に一足先に帰っていた女房とともに




今度は車で宇佐へ。




以下次回。




 

2007年8月13日月曜日

硫黄島からの手紙




先日、嫁はんと観てきました。


九電エネルギー館という無料施設で。


観客の大半が中高年でした(ワシらもか)。


映画はイマイチでした。洞窟内のシーンが多くて


スケール観が足りない感じ。


それに、日本人俳優のしゃべるセリフが聞き取りにくかった。


ただ、この映画が全世界の人が共感する普遍的な反戦映画であり、


戦前の日本の狂気、愚かしさ、非道さ恐ろしさをよく描いているのには感心しました。


とりわけ、アメリカ人が作ったというのは、くやしいながらあっぱれです。


どうも我が政府と国民は自己分析自己批判、歴史の検証に疎い、いやなことは忘れる主義


みたいです。いや、隠したがるというべきでしょう。


このまえ、原爆のことを述べましたが、東京電力の柏崎刈羽原発事故についての嘘と事実隠蔽


体質は、まさに大本営のやりかたとそっくりで、戦慄を覚えました。


日本は62年前と変わっていないんですねえ。


 話を戻すと、映画の後半、館内で鼻をすするおとが聞こえてきました。誰かが泣いているのです。


わたしは、きっと女房の真後ろの席にいたカトリックの尼さんだろう、とおもっていました。


ところが、終了後横を見ると、わが女房でありました。


鼻水たらしながら目を赤く腫らしてました。少しかわいく見えました。


 その尼さんですが、品の良い60代だったのですが、日傘の柄をご自分の前の席、つまり女房の座ってた座席の背もたれにひっ掛けていたのです。そんなかけ方をすれば、その席に座る人つまり女房の背中に当たるのは分かり切ったことなのに、あきれました。


 昨夜は、ゲゲゲの鬼太郎の作者の戦争体験ドラマをNHKでやってました。こっちの方がグングン我が心に突き刺さってきました。とても良い作品でした。


 今朝4時、女房と早起きしてペルセウス座流星群を観察しようと浜辺に行きました。全然見えません。数年前の獅子座流星群は凄かったので、今回もあの感動を、と思ってましたが、残念でした。


写真は、福岡タワーのイルミネーション、天の河だと思います。流星群の代わりに載せます。


2007年8月12日日曜日

夏ばて?


きょうはちょっときついです。

少し頭痛がします。ひょっとしたら喉がはれるかも。

ところが明日朝7時から団地掃除。

というわけで、今夜はこれにて失礼をばいたします。おやすみなさい。


追: きのうから今朝にかけて、刑訴の現在の心理状態について

の論点がだいぶわかってきました。収穫はそのくらいです。

2007年8月11日土曜日

35.8度











この夏一番の暑さ。





日田では37度を超えたそうです。





西区の小戸というヨット港地帯にファデイというスーパーがあり、そこのコーヒー





が安くておいしいのですが、5の日と10の日は特売日なので、バイクに乗って





買いに行きました。





 帰路、バイクで走ってると、向こうからママチャリの後ろに4歳くらいの男の子を乗せて汗まみれになりながらがんがん真剣にペダルを漕いでる貧乏たらしい(自分のことは脇においといて)痩せて日焼けした白人とすれ違いました。





その瞬間、あっ!リトバルスキーだ!アビスパの監督だ。ワールドカップドイツ代表で優勝したあの





伝説のリティだ。こりゃすごい、是非ともデジカメで撮らなきゃあ、と思ってすれ違ってから3秒後に





バイクで引き返しました。





ところが、そのママチャリはもうすでに遙か彼方に小さくなってました。





なるほど~、と感心してしまいました。さすが元ドイツ代表のサッカー選手、その脚力ははんぱじゃあないなあ。





反省しました。人を外見で判断し、見下していたことを。










写真は、小戸から見た博多湾、向こうに見えるのが左が能古島、右が志賀島。





そして、東洋一の巨大観覧車。





これだけ酷暑だと、山好きのわたしも、海が見たくなりました。