2008年1月12日土曜日

契約

してしまいました。引っ越しのサカイとです。
土曜日一日の顛末を話します。
 わたしの住んでる住宅の同じ階段に住む6軒すべてがリフォームのために引っ越すことになったのですが、そのうちのわたしを含む3軒で共同して引越会社から見積もりをして貰おうということになったのです(わたしがセッティングして)。
 そして、第一弾として引っ越しのサカイに土曜の午前中来て貰うことにしました。先にわたしの家から始めることになっていました。ところが、他の二人のおばさんたちの都合で(勝手な)、結局わたしはその日の午前中に見積もりすることが出来なくなりました(お人好しなボク)。
 仕方なく、サカイの営業マン(森クン)と、後日改めて見積もりをしようということになったのですが、次の週はわたしが何度も箱崎や辰巳に行かねばならないので、次回合うのは一週間後の土曜にしようと決めたところ、直後に森クンから電話がかかってきて、やっぱり本日の夜なんとかして伺いますとのこと。
いいけど、と返事し、夕方6時半ごろ森クンが来ました。おそらく、一週間も待つと別の会社に取られてしまうと恐れたからでしょう。
で、彼に、他の二人のおばさん達は契約したのかと尋ねると、『はい、契約していただきました』と。
え~?なんで?今日はただの見積もりだけして貰う日にしましょうね、とおばさんたちには釘を刺していたのに。今日見積もりして今日契約するなんて、なんてバカなことを。他社と比べてみないと高いか安いかわからんのに、とあきれました。
で、けっきょくはわたしも同じことをしてしまいました。
なんでやねん?
ひとつは、営業マンの森クンの人柄です。24歳、独身、いやらしさがなくて、信用できそうでした。
もうひとつは、値段。予め他社からネットで見積もりをしてもらっていた額よりも安かったのです。
最初に彼が提示した額は高すぎて、とても自分の予算と合わない、とわたしが告げると、上司と電話で話した上で、彼はわたしの提示額より少ない額を言ったのです。ですが、わたしも、今日の今日契約をするなんて拙速は自分の主義に合わない、やはり今日契約するのは止める、と言いました。
すると、彼は再び上司に電話し、今日契約してくれるのであればさらに2万円下げる、と言うのです。
これがサカイのよく使う手であるだろうとはうすうす分かりましたが、他社の見積もりと比べて一番安かったので、松本やアートからは未だ見積もりを取っていなかったのですが、サカイに決めてしまいました。
それに、家にきてもらって見積もりを頼むのも結構しんどいことだと分かって、それを何度も何度もやるのを想像しただけできついなあ、とうんざりしたからです。
結局、わたしの見積額の上限をだいぶ下回ったので、即決してしまいました。
後日談あり。
その1
翌日日曜、今の住居でする最後の団地掃除にでて、掃除はそっちのけで引っ越しの話ばかりしてたところ、同じ階段の別のおばさんが、じぶんがほかの階段の住人から聞いてきた話だけど、どうも松本引越センターが良いそうよ、と、昨日サカイと契約したおばさんに向かって松本引越センターがいかに良い会社で得かをとうとうと話すのです。電気電話ガスの変更手続も向こうがしてくれるらしいよ、等々。
わたしは開いた口がふさがらない思いでした。すでにサカイと契約をすませてしまった人に向かって、松本引越センターの良さを言い立てて一体何の意味があるのか?もしかしてわざと不愉快にさせるつもりかいな?とまで勘ぐってしまいました。しかも、自分が直接会社から聞いたものでもなく、伝聞にしか過ぎない不確かな情報なのに。
 もっといわせて貰うなら、変更手続なんて電話一本ですぐできるので、むしろ他人にやらせる方が不便になるのに。そんなものをサービスに含めること自体失当です。
その2
日曜夜、アート引越センターから電話有り。見積もりに来る日取りの確定の電話でした。わたしが、申し訳ないけど、サカイと契約をすませてしまった、と告げると、相手はなんと言ったと思います?
わたしから、金額とか作業人員は何人かとか聞き出そうとし、わたしが、8万ちょっとだというと、それは高い、ウチだったらもっと安いのに、とそいつは言うのです。カチンときました。
家の中の家財の量を見もしないでいい加減なこと言うな。それに、契約をすませてしまった人間に対して、契約したお前は愚か者だと言わんばかりの言いぐさ。
 頭に来たので、わたしも言い返してやりました。『契約済んだ人間に向かってそんな言い方はないやろ!契約すませた、と聞いたら、それはおめでとうございます、と言うのがほんとの商売人やないか?そういう風にいえば、言われたこっちも、ああ、さっぱりした良い奴だなあ。じゃあ次はアートにしようかなあ、という気になるんと違うんか?』と。
そしたら、そいつは『そうですね、おめでとうございました。次回よろしくお願いします』と返しました。
だったらはじめからそう言わんかい、あほんだらー。
で、そんな嫌らしい奴と比べると、サカイの森クンはよかったなあ、と改めて自分の決断の正当性を裏付けることができました(ちと言い訳じみてるか。)
 ただ、サカイを全面的に信用しているわけでもありません。
そこで、一足先におばさん達がサカイを使って引っ越ししてしまうので、その作業を観察して、不満な所を見つけたら直ちに森クンに電話して文句を言うつもりです。場合に寄れば本社に電話してやるつもりです。モンスタークライアントにならなければ。

2008年1月11日金曜日

摂氏18度


暖かいという表現を通り越して、暑いと言いたくなりそうでした。


昨夜、ホットカーペットの上で寝倒してしまいました。未必の故意がありました。


勉強の合間に引越しの準備をしなければ、と言う計画が、逆転してしまいそうです。引越しって本当にパワーが必要です。


とりあえず、引越し業者7社をピックアップし、各社から見積もりを取ることにし、その第一弾が明日朝の引越しのサカイです。予定は総額10万円以内に抑えたいです。引越し費用として住宅公社から一律に26万円ほど出ます。でもトータルすると赤字になるのではとの不安あり。


たとえば、エアコンの取り外しと移転、設置の込みで、電気店だと1台につき2万5千円、引越し業者に頼むと1万500円から。これは引越料とは大体別料金になっています。


それに、移転先に敷くカーペットとかカーテンとか、、、、


ああ大変。少しずつ不用品を処分していかねば。とりわけ、本本本本本、、、、。本当に本の処分を真剣にやらねば。なにせ受験新報とか月刊法教、アーティクル、ハイローヤーが、それぞれ15年分完璧にそろっているのです。それを最近3年分以外全て廃品回収に出すことに決意しました。総額40万円分ですよ。なんとまあ、馬鹿なことを。受験とはお金と時間を無駄に使うことだったのですねえ。反省。



2008年1月10日木曜日

箱崎模様




九大の学務部に行って奨学金の申し込み手続を申し出ました。ところが受付カウンターにいた中年の職員の男女は、『えっ?なんですか?』と変な顔して答えるのです。
わたしが『ですから奨学金の申し込みです』と再度答えると、『そんなの聞いてませんよ』と。なんちゅー言いぐさ!
わたしが切れかかって『ほら、ここにちゃんと1月10日からと書いてあるじゃないですか。』と用紙を見せると、彼らはそれを受け取って穴が空くほど見つめながら、そんなバカな、と言う顔をしました。
でも、謝罪はなし。こっちをちゃんと見て、あやまらんかい!いい加減にせ~よ、あほんだらぁ!
まったくもって、社保庁なみの職業意識。きょうもまた不毛な戦いを強いられるのか、とうんざりしていたところ、かれらに(わたしにとっても)救世主現る。彼らは近くにいた鹿児島弁のおばさん(と言っても多分わたしより年下でしょう)にバトンをわたしたのです。
ところがその人が意外にも親切丁寧に手続の流れを言ってくれたので、疑問がほとんど全て消えました。はじめからその人にやってもらえたら無駄骨を折らずに済んだのに。
で、なーんも知らんおばちゃんのほうは、わたしとその鹿児島弁の出来た職員とのやりとりを横からずーっと眺めていました。今頃学習してどうする!
公務員のぬるさにはマジ頭に来ます。
それにしても奨学金の申し込み手続に関する説明のなんと不親切なこと。
結局今日の所は手続完了に至らず、再度九大にでかけなければなりません。がまんがまん。

 そのあと、OK君にレジメを渡したついでに、近頃ネットで高評価の中華が地下鉄の上がり口にあるということで、二人して出かけました。公団住宅の一階にある、天天という店です。
 そこで1200円の昼会席と840円の酸ラー湯麺を分け合ってたべましたが、一言で言って、大当たりでした。1200円の昼会席が絶品だったのです。
サラダ、コーンスープ、エビチリ(4匹)、酢豚、マーボー丼、杏仁豆腐、のコースで、すべてが美味しかったのですが、なんといっても酢豚が絶品中の絶品で、この20年間で一番おいしかったです。
豚肉は臭みが全くなく、脂身もほとんどついておらず、柔らかくて味がしっかりしており、外側がカリッと、しかし中はジューシーに揚がっていて、もう、何と言っていいか分からないくらいおいしかった。
味付けも甘くしかし爽やかに仕上げており、どぎつさがまったくありません。
あー、じつにおいしかった。OK君もまた歓声を上げていました。
それ以外にも、コーンスープもマーボー丼も極めて美味しかったです。ここの料理人さんの腕は凄い。本物です。
われわれがそのことを店の人に告げると、うれしそうでした。おかげでコーヒーをサービスしてくれました。感謝。
箱崎では良い目に会うことがなかなかないのですが、この天天だけは別でした。次回箱崎に行く時は必ずまた酢豚を食べます、絶対に!
あまりのおいしさに、写真を撮るのも忘れてしまいました。残念。

スクープ2題
















その1





今朝、自転車で辰巳に向かう途中、天神のソラリアホテルで火災発生に遭遇、一帯は騒然となっておりました。





その2





夕方、住吉の女房の実家まで自転車で向かう途中、西鉄薬院駅で、RKBテレビ深夜放送中の、九州青春銀行という番組の出演者一行がバスで乗り付けるのに遭遇。





バスから降りてきたのは、こりん星からやってきた小倉優子、とんがり頭のはなわ、それと、お父さんが犬になってしまったソフトバンク家族のアフリカンのお兄ちゃん、本名ダンテなどなど。





ゆうこりんは、小さくて細くて真っ白でした。人形みたいでした。





ダンテはかなりかっこよかったです。はなわはテレビのまんまでした。










残念だったのは、写真撮影に失敗してしまったことです。遠慮してフラッシュを焚かずに露出を上げて撮ろうとしたのが敗因です。










明日は九大学務部へ、奨学金の申し込みの談判をしに切り込むつもりです。彼らにはサービス精神が欠如していますので、はたして平常心を保ったまま無事に手続が終われるか心配です。





あんまりがみがみ言うとかえってサボタージュされて仕返しされるおそれがあり、さりとて従順に振る舞うと同じように何にもしてくれない羽目に陥りそうで、微妙な駆け引きが要求されることでしょう。










2008年1月9日水曜日

ネコにガン飛ばされた







夕方、近所の住宅街をスクーターでてれてれ走っていると、右手の家の門の下から灰色地に黒い縞模様のどら猫がびょっと飛び出してきました。はは~ん。オレのバイクの前をひとっ飛びで横切る腹だな、と予測したので徐行してやったところ、思いがけずそのどら猫は足を止めて、わたしを地面からにらみつけたのです。おんどりゃぁ~っという感じです。



なにを~!そっちがガンとばすんならこっちだって黙っちゃいないぞ、とわたしもどら猫をにらみ返しました。



すると、そのネコは体をかがめ、目をおもいっきり細めてゾッとするような上目遣いでわたしにガンつけてくるのです。



で、わたしも、こんにゃろめ~とさらににらみ返してやりました。



その間約5秒、結局、私のバイクがゆるゆるとそのネコの横を通り過ぎるまでお互いににらみ合い続けました。



異種動物間格闘技をした気持ちです。勝敗?その場から去ってしまったのでわたしの負けかも。






 その前、長住のファディというスーパーにコーヒーを買いに出かけたところ、目当ての深煎りコーヒーがほとんど品切れで、わずかに88グラムしか残っていないとスタッフの女の子に言われました。残念、また別の日に買いに来ますと告げると、その子はささっと残った88グラムを袋に入れ、わたしの前に置いて、つなぎにもならないわずかな量ですが、どうぞお持ち下さい、と言いました。



 えっ?くれるの?と尋ねると、ええどうぞ、との返事。



かっこいー!惚れました。



今度、お許しが出ればその子の写真を載せます。






2008年1月8日火曜日

早春賦




昨日も今日も春めいた天気でした。さながら吉丸一昌の早春賦のようでした。



ちなみに、わたしが一番好きな小学唱歌は、朧月夜です。とくに二番の歌詞は田舎の情景を見事に描写していて、まるで絵のようです。



さとわの火影も森の色も田中の小径をたどる人もかわずの鳴くねも鐘のおとも、さながらかすめるおぼろ月夜



この、かえるが鳴く音が『ね』で鐘の音が『おと』と読むところなんぞ、イマジネーションがいかに素晴らしいかの証です。



あ、そうか、このコメントの一行目に、さながら、という言葉を使ったんで、朧月夜が頭に浮かんだのか。なんたる単純頭。



きょう、西南大学の生協に行き、辰巳の講座申し込みをしてきたんですが、西南の女子学生のファッションのすごいことすごいこと。90パーセントの女の子が雑誌のモデルみたいな、ブーツ、短パン?ロン毛でした。たしかに昔よりも足が長く細くなっています。化粧も上手です。でも、よーく見ると、なんか幼いです。遠くから眺める分にはかっこいいんですが、間近で観察すると、魅力のオーラが乏しいです。自分がジジィになったからでしょうか。生協の書籍部で専門書を取って読んでいる女の子は一人もいませんでした。そのかわり、雑誌の棚の前で二人して延々とおしゃべりをしてました。











2008年1月7日月曜日

丙子胡乱




って知ってますか?へいしこらん、と読みます。1636年、朝鮮半島で起きました。


わたしはよく韓国メディアのHPをよく見るのですが、前からずーっと知りたかったことが最近そのHPに載ったのです。


それは、李氏朝鮮が明を宗主国としていたため、満州民族の清が台頭してきた際、李氏朝鮮は明に忠誠を誓って清と戦い、敗れてしまったのです。


わたしが知りたかったのは、敗戦国の李氏朝鮮と戦勝国の清との関係でした。


韓国メディアによると、わたしの想像を超えたおぞましい事態が生じていました。


清は朝鮮民族を60万人も拉致して中国に奴隷として連行したというのです。この事件が丙子胡乱です。


つまり、清は朝鮮民族を家内奴隷として利用したわけです。死ぬまで働かせ、殴りつけ、強姦し、殺したのです。


あまりの苛烈なる歴史にわたしはその記事を読んだ時、絶句しました。


しかも、その後250回にわたり毎回女を数十人清に献上したそうです。


なんという悲劇でしょう。連行された人々に待ち受けていたのは黒人奴隷が新大陸で受けたのと寸分違わぬ残虐行為でした。


チャングム以来、李氏朝鮮の歴史に興味を持っていたのですが、島国の日本と違い、陸続きの半島が被る悲劇のすさまじさには血が凍るばかりです。


韓国の人々の民族主義的行動発言には鼻白む思いを感じることが多いのですが、彼らの受けた悲惨さを知ると、それもやむを得ないことだなあと感じました。


ただ、韓国ではこの歴史的事実を学校でおしえていないそうです。韓国人の学者でさえアメリカでアメリカ人から韓国は自国民を奴隷として輸出する国だったと指弾されて初めて知ったそうです。


うーん。人間の残虐性の底知れ無さを知ることも歴史の勉強の一部なのは分かるけど、それにしてもこのような事実は歴史好きのわたしにとっては知りたくない悪夢でした。


え?なんでお前はそんなにわめくのかって?だって、ここ福岡から釜山までたった220㎞しか離れていないんですよ。そんな目と鼻の先で苛烈な目に遭わされてた人々がいたと言う事実がわたしを圧倒するのです。


まあ、わたしがこんなに興奮するのには別の理由があるのです。それは、姪が今度九大を受験するのに、日本史が苦手だと言ってグチを言ってるのを聞いて、歴史の勉強の方法についてついつい蘊蓄を垂れてしまったのですが、そのとき、その当時の王朝とか内閣とかを暗記することよりも、その時代に生きた庶民の生活に思いをはせることのほうが大事ではないか、今までのような受験用の歴史教育って間違っているんじゃないか、と思ったからです。


このような悲劇はこの現代でもなくなっていません。コソボ、スーダン、チベット、イラク、ああ、人の心に潜む悪魔のすさまじさよ。


それでも、いやそれだからこそわたしたちは歴史を探究する努力を続けなければなりません。それを止めたなら私たちの心の中にある獣性、悪魔性に対する防波堤がなくなってしまうからです。


つまり、わたしが不覚にもそうであったように、歴史を受験勉強に堕落させてしまうことは絶対に間違っていると言いたいのです。歴史を学ぶことは単なる勉強ではなく、人間を知る学問だと言いたかったのです。


歴史を受験の対象としか見ていないことに憤りを覚えてついついこんなに長くぐちってしまいました。


 夕方、テレビで秋田の角館(かくのだて)の雪景色が写りました。数年前に女房と東北旅行したときの目的地の一つでした。乳頭温泉鶴の湯にも入りました。懐かしく思い出しました。


ただ、食べ物と焼き物は九州に勝るものはないと思いました。