2009年6月2日火曜日

今帰ってきました

夜11時20分です、帰宅したのは。ローで明日提出の刑事弁護論のレポート課題を書き終えて来ました。珍しく集中してたので、あっという間に11時近くになっていました。周りには未だロー生が何十人も勉強していました。女の子が3割くらいでしょうか。スゴイです。
 明日は倒産と憲法です。くたくたです。まだ晩ご飯(よるごはんではありませんから)を食べていません。食べるか寝るかお風呂にはいるか、もうすぐ12時。悩む時間がもったいないです。
それと、要件事実論の飲み会会場探しも大変です。
頭がごちゃごちゃしてきました。

2009年5月31日日曜日

明日から6月というか、もう一日の朝です







朝晩はぐっと冷えますね。3月の方がむしろ暖かかったのでは、と思います。ただ、今日は本当に素晴らしい日よりでした。なのにわたしは京都に行くの、ではなく、御牢内へ。今日中に同志社大学にいる先生に課題を三つ送らねばならなかったのです。それと明日提出の要件事実のレポートも。で、こいつらはなんとかロー内でやっつけました。




今夜10時です。これから法曹倫理の予習レジメを作らねば。明日午前のゼミに間に合わせるために。それが終わると(多分無理)次は刑事弁護論の水曜提出の課題の予習、それが終わると(絶対無理)民事法の所有権留保の予習、それが終わると(ありえないのでもう飽き飽きしてきました)歴史と法の火曜日提出の課題、、、、、、、




もう、異常異常です。なんでこんなにあれもこれもやらねばならないのか分かりません。そういえば去年の今頃はほとんど毎晩机で寝ていたのを思い出しました。今は4時間ほど布団で寝れてますからちょっとは良くなったかも。




 実は6月下旬に要件事実論のコンパがあり、その会場探しも仰せつけられました。ゼミの振り分けも。そういう雑事が増えてますます困惑していました。




要件事実論を受講して良かったのかどうか、と。




そしたらスゴイボーナスがもらえました。実力者の卒業生と知り合えることが出来たのです。その人はまじめで努力家で謙虚で人格円満、大した人です。



そうか、大した人のことを大人(オトナ)というのか、なるほど。








話変わって、このところ交通事故をほぼ毎日目撃しています、もっとも事故後の現場を車で通ったというだけですが。




それでも頻繁に見かけます。そうしたところ、今度は自分が危うく事故るところでした。原因は憎むべき自転車右側通行です。




博多の街では自転車通行している人の過半数は道路の右側をはしっています。なんででしょう?なんで車両である自転車が右側通行をするのか、誰かがOKしたんですか?




こんな危ない走り方はないのに。現にわたしが一昨日の夜女房の実家からクルマを走らせようとしたとき、四つ角を左折しようとしたところわたしから見て左側の道を右側通行してきた自転車と危うくぶつかるところでした。その若者は、もちろん無灯火、しかもわたしの車が四つ角の中心にちょっと頭を出していて当然ヘッドライトを付けていたので、そのバカ者は普通に前を見ていたら四つ角の10数メーター前からわたしの車を認識していたはずなんです。なのにそいつは止まろうともせずに平気で自転車を漕いできました。で、普通ならわたしが左折する方が先のはずなのにそいつは四つ角で止まろうとしなかったので、もうちょっとでそいつの自転車がわたしの車の左側面にぶち当たるところでした。ソヤツはこっちが悪いみたいな表情をするんです。




ふざけんな、と言いたかったです。でも、そんな奴らばっかりなんです、今の博多は。若者だけじゃないんです。おばちゃんもお母さんもお姉さんもおじちゃんもおじいちゃんも、みんな右側通行してるんです。




狂っていると言いたいです。自分たちのやっていることは道路交通の安全と迅速を甚だしく害しているってことをちっとも認識していないんです。




朝、7時台にクルマを走らせてると、修猷のセーラー服たちががんがん右側通行しながら高校へちゃりを走らせてます。と、中には左側を走っているのも。そう言うとき両側をちゃりで挟まれてクルマを運転するのは恐いです。




このように自転車通行のルールはモラルハザード状態になっています。そのうち大変な大事故が起こるようになると心配しています。






ここまで書いて法曹倫理のレジメ作りを始めたのが11時ころ、で今3時です。やっと終わりました、法曹倫理だけが。後は無理無理無理。



この後寝て、朝7時に起き、9時から模擬裁判の打ち合わせにでなければなりません。小倉弁でいうと、しゃーしぃーです。博多弁ではしぇからしか、です。








2009年5月29日金曜日

短答式




2年ぶりにやると、悪夢を思い出していや~な気がしました。



旧司のときの焦りと絶望感と恐怖です。



来年またやってくるのかと思うと、今のうちに体験しておいて良かったです。



ほかの学生達も異口同音でした。



この文章は正しいか間違っているか、とだけ問われると、うむむむっと緊張します。文字通り白か黒か、なんで、一か八かです。直感を信じるだけでした。直感というのは、原則論と本件における例外の必要性との調和点を瞬時に判断すること、だと思います。要するに自分の持っている調和点が条文判例と同じかずれているか、ということでしょう。



答合わせは未だしておりません。1週間くらい経ってからおそるおそるやります。



昨日福岡高裁で、危険運転致死傷罪で若くて愚かでズルイ福岡市職員が懲役20年の実刑判決を言い渡されました。このバカ者は大量に飲酒した上で猛スピードで大型車を走らせ被害者家族が乗っていたランドクルーザーかパジェロかという頑丈なクルマに追突し、その弾みで重いクルマはゆっくりと橋から冷たく暗い博多湾に落下していったのです。



結果的に幼い三人の子が亡くなりました。お母さんとお父さんは懸命にわが子らを真っ暗な海に潜って何度も何度も探しだしましたが、手遅れでした。



加害者のバカ者は逃げました。そして平然と自分の犯行を隠蔽しようとしました。飲酒運転がばれるのが恐くて大量の水を飲もうと、ケータイで友人に水を持ってこさせたのです。



第一審判決は業務上過失致死で懲役7年半。世間は怒りました。けれど、福岡地裁の言い分は、これはタダのよそ見運転にすぎない、と。飲酒したから危険運転になるというわけではない、と。



これに対し福岡高裁は危険運転致死傷罪が成立すると判断しました。つまり、タダのよそ見運転ではない、故意に危険な運転をしたんだ、と認定しました。



わたしが感嘆したのはその根拠でした。高裁判決はつぎのように言いました。



この道は左に傾いている。だから単によそ見運転だけだったらクルマは自然と道路の左端に寄って歩道に乗り上げるはずだ。なのにこいつはまっすぐにクルマを走らせていた。と言うことはこいつは決してよそ見運転なんかしていなかったのだ、と。自分の意志でまっすぐに走ったのだ、それも猛烈なスピードを出して。


、、、、っと、すみません。長くなりそうなので、以下は朝日新聞ネットからもらってきたのを転載します。


あー、これって盗用じゃないの?とお思いでしょうが、こういう判例を纏めてダイジェストにしているのは実は裁判所なんです。新聞社の記者にはこのような腕前はありません。予め裁判所が作っておいて新聞各社に渡しているのです。現に不特定多数の裁判官から聞きました。ですからむしろ新聞社こそちゃんとこの裁判内容のまとめは裁判所からもらいました、と断ってから新聞に載せるべきなんです。


そうそう、本題はこっちでした。この高裁判決の素晴らしいところは、探偵のように事実を注意深く丁寧に探求したところです。まあ、検察官、警察の丹念で地道な捜査の賜物なんですけど。次の朝日の抜粋の中の赤字部分です。




福岡市東区で06年、飲酒運転で3児を死亡させたとして危険運転致死傷罪などに問われた元同市職員、今林大(ふとし)被告(24)の控訴審判決が15日、福岡高裁であった。陶山博生裁判長は、業務上過失致死傷罪の適用にとどめて懲役7年6カ月(求刑懲役25年)を言い渡した一審・福岡地裁判決を破棄。「酒の影響で正常な運転が困難な状態で事故を起こしたと認められる」として危険運転致死傷罪と道交法違反(ひき逃げ)の罪を適用し、懲役20年を言い渡した。弁護側は判決を不服として、上告する方針。
 01年の刑法改正で施行された危険運転致死傷罪の適用の可否については、一、二審で裁判所の判断が分かれるケースが相次いでいる。
 判決は、危険運転の要件となる「正常な運転が困難な状態」とは、「現実に道路・交通状況に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあることだ」として、一審と同じ判断の枠組みを維持した。しかし、事故原因は脇見運転だったとする一審の事実認定を否定して、正反対の結論を導いた。
 判決はまず、一審判決が事故原因を脇見運転とした点について検討。現場の道路が左側が下がっていることから、直進するためには絶えずハンドルを右側に微調整する必要があり長い脇見は不可能だと指摘。事故原因を11.4~12.7秒にわたる脇見とした一審判決の認定は誤っているとした。
 そのうえで「被告は先行車の存在を間近に迫るまで認識できない状態にあり、道路と交通の状況などに応じた運転操作を行えなかった」と指摘。アルコールの影響で正常な運転が困難な状態で事故を起こしたとして、危険運転致死傷罪の成立を認めた。量刑の理由で陶山裁判長は「相当量の飲酒をしたうえ、一般道を時速約100キロで走行した行為は危険。結果は誠に重大で、厳しい被害感情ももっとも」などと述べた。
 弁護側は、事故は被告、被害者ともに「不意打ち」だったと主張。被告の脇見運転だけでなく、被害者の居眠り運転や急ブレーキなどの過失が重なって被害が拡大したと訴え、無罪か大幅な減刑を求めていた。しかし判決は、道路の状況などから「(被害者側が)居眠り運転をしていたとは考えられない」と退けた。
 一審の福岡地裁は、危険運転致死傷罪のほかに業務上過失致死傷罪を起訴罪名に追加するよう検察側に命令。08年1月、業務上過失致死傷と道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)の組み合わせでは最高刑に当たる懲役7年6カ月を言い渡していた。




これぞ刑事裁判だ、と思いました。真実は現場にある、のです。出来の悪い法律の解釈ばかりに目を奪われて、肝心の事実を探ろうとしなかった第一審裁判は多いに非難されるべきです。


ただ、イマイチよくわかりにくそうなので、不肖わたしが解説します。


第一審は、うっかり運転、前方不注意運転に当たる、だからちゃんと前を見ずに運転したところに過失はある、けど、それ以外ない、わざと危ない運転をするつもりで走らせていたのではない、と判断しました。


これに対し、第二審は、そうではない、被告人はちゃんと前を見て運転してたんだ、さもないと道路が左に傾いているのだからよそ見しながら運転してたんなら自然とクルマも左の歩道に乗り上げていたはずだ、なのに被告人は道路をまっすぐに走らせている。これはよそ見運転をしていなかった証拠だ。


被告人は意図的に、つまり分かっていながら大量に酒を飲んで猛スピードを出して直線道路をまっすぐ走らせている。そんな自分が危ない運転をしていることには十分気づいていたはずだ。だから危険運転をする意思があったのだ、と。


もっともなことだと思います。


彼の悪質性は事故後の隠蔽工作によく表れています。




日大の板倉教授は、重すぎると言ってます。人を殺しても10年なのに、殺す意思がないのに20年の懲役となるのは重すぎる、と。


支持できません。人を殺したのにたった10年の懲役にしかならない方がオカシイのです。もちろん、犯人の情状などを総合考慮した上で軽くしたのでしょう。つまり、殺人で10年というのは特例であってそれを比較の対象にするべきではない、と言いたいのです。
今夜1時、外の気温は19度。寒いです、マジで。
こういう時のお風呂と、布団に潜り込むとき、って極楽です。
明日は朝から夕方まで要件事実漬け。また必ず当たります。で、中山先生から、フフフッと笑われてしまうのです。この笑いがコワイのです。

2009年5月28日木曜日

○×







明日、民事法総合演習の中間テストがあります。この科目は民法、民訴、商法の3科目総合科目です。先生が数回ずつ替わります。



で、明日のテストが○×テストなんです。なんでも90問を90分で解くのだそうです。よく分からないのですが、各問題ごとに○か×のどちらかを付けていくのではないか、と思います。なんとなくタイムショックみたいです。



で、出典は何か、みんなあれこれ推測しています。大方は、過去問、条文だろうと。



あるとおもいます(この言葉、好きなんです。プラス思考だから。詩吟をやるお笑い芸人さんの決めぜりふです)。



わたしも昨夜布団で過去問民法を何問かぱらぱらとめくっていました。ですが、旧試験よりも難しいかもしれない、と感じ、しばらく眠れませんでした。



意地悪さもかなり滲んでました。



仕方がないので明日夕刻にあるテストまでは必死に択一過去問を解くことにしました。条文だけ読んでも頭に残らないのは確実なのです。



今朝のインターネットと法の授業で、重たいレポート課題が出されてしまいました。3000字のレポートを書け、というのです。もう、いい加減にしてよ、と思いました。



今夜はとても寒いです。今夜11時ですが、室内温度は21度です。窓を開けると冷たい風がひぃーっと入ってきます。









2009年5月27日水曜日

実力養成

こうやって実力は付いていくのか、と実感しました。4月始め、倒産法の何たるかさえ不覚にも分からなかったわたしでしたが、毎週毎週鍛えられてくると、さすがの忘却犯であるわたしでさえ段々見えてくるようになりました。
恐怖って勉強の為の最強の原動力かもしれません。希望、夢、願望、幸せ、といろいろな動機があるでしょうが、やはり恐怖では、と思いました。その上試験まで後1年を切ってますます恐怖を切実に感じ始めてきました。
 倒産法の授業では朝から6時間使って予習したところ、じゃないところが当たってしまいました。予測が大ハズレ。しっかり予習した箇所よりもずーっと前の、先週やるはずだったところが当たったのです。で、思い出し思い出ししながらウソを答えてしまいました。でもこの授業はわたしにとってとても重要な授業です。
できれば毎週当たって毎回ウソを答えていきたいとすら思いました。というのは、先ほど述べたように、今恥をかいておけば来年の試験の時にきっと役に立つ、と確信しているからです。
時間がない以上、ショック療法を採用するしかありません。恥をかくとそのときのことは決して忘れませんから。
 ただ、この次わたしが当たるのは多分3週間後です。それまでにしっかりと倒産法の力をつけておくぞ、と力んでおります。
 その後の授業は憲法。これがまた中身の濃い授業で、渡邉康行先生と言って、もの凄い実力者です。ただ、外見上はなよなよしてて、おかまっぽいのです。それで一部のロー生はその外見に惑わされて先生をバカにしています。わたしからすれば彼らの方こそ大馬鹿です。この先生、中身は強烈な自信に溢れていると感じました。また、それにふさわしいスゴイ実力を持ってらっしゃいます。ですんで、この先生の授業の時はとりわけ予習が大変です。
 そういうわけで、水曜日という日はハードな授業が二つあり、それらが夕方4時40分から8時までなのに、朝7時過ぎにはローに来ます(今日は寝坊して8時半でした)。

2009年5月26日火曜日

睡魔と闘って負けた

法曹倫理、紛争と心理、歴史と法、と午後から3コマ連続授業、サボったり内職したり爆睡したりする学生が結構居ます。
わたし、こういう周辺科目に限って前の方に座るのです、なぜか。
多分わたし固有のバランス感覚だと思います。必修科目、試験科目では前の方は結構満員になります。ところが周辺科目ではみんな最後尾に座り、前の方は無人地帯となりはててます。そういうとき、先生が可愛そうに思ってしまうのか、無意識に前の方に座ってしまうのです。
今日はこの3コマ全て強烈に眠くて仕方なかったです。
座席と言えば、土曜の要件事実で、先生が、去年の合格者の統計を出していて、それによると要件事実論の授業では黒板に近いところから前2列に座っていた学生の合格者は8人、真ん中は6人、そして最後尾の2列に座っていた学生で受かったのは2人だと。
だから前に来い、というわけです。
天の邪鬼であるわたしは、ならば来年その2人に入ってやろうじゃないの、なんてムキになってしまいました。
第一、前2列に座っていても受からなかった学生もいたのですから。それに、中山先生の声は人並み外れて大きいのです。ですから後ろに座るのが特等席なんだ、なんて言い訳がましいですか。
いよいよ超忙しい週末が近づいてきました。明日は朝7時にはローに着いている予定です。夕方4時までになんとしても倒産法と公法の準備態勢を整えておかねば。
ところで、ちんたら、という言葉の語源、ご存じですか。ちんたらちんたら仕事するんじゃね~ぞっ!なんて叱られるときに使う言葉です。
鹿児島の焼酎醸造過程で出来た言葉だそうです。
むかしの焼酎作りはおっとりしてて、鉄釜で麹を沸騰させ、蒸気になったアルコールを細い管を通して瓶にしたたり落とすのです。
そのときの釜が薪の火で熱くなってちんちんという音がし、勢いが良いのに反し、瓶にしたたり落ちてくる量はたら~ったら~っとわずかばかり。
そういうじれったさをさして、ちんたら、言うようになったそうです。
以上、朝通学途中のラジオから流れてきた雑学でした。

2009年5月25日月曜日

リンゴからオレンジへ







今年に入ってほとんど毎日食べていたリンゴですが、とうとう季節が終わり、最近ではおいしくないです。香りも味も落ちてしまいました。また、割ってみると中は赤く変色していたり、シブい味のするモノまで。



仕方なく昨日オレンジを買いました。せめてすがすがしい香りだけでも楽しもう、その代わりきっと酸っぱいだろうな、とあきらめながら。



で、今日の紛争調停技法の休み時間に食べてみたところ、これがまあ甘いのなんの。すっかり気に入りました。



今日はその調停技法2コマ連続授業の前に、隔週ある刑事弁護という授業でまたまた不意を突かれて当たりました。先々週、40分近く質問をぶつけられたので、まさか今日はないだろ、と完璧に油断、というか、居眠りをしてました。と、突然この前のデジャブが。わざわざマイクまで渡され、9分くらいしゃべらされました。



わたしの話法は、ショートアンサー主義です。結論しか言いません。それには訳があります。昔塾で教えてたときに学んだことです。先生が生徒に質問するということは、その生徒の学力を試すために聞くのではない、ということです。その生徒と言葉のキャッチボールをしあうことでクラス全体に理解をさせようとするためです。



いわば当たった生徒は先生の授業の道具の役割を担うわけです。そしてクラス全体がよりよい理解をするためには推理的要素が必要です。つまり、なんでだろう、という理由を学生に考えさせることが重要なんです。



そのためには、先生が質問したら、当たった学生は答だけを言うのが一番です。なぜなら、学生が答しか言わないとき、先生は当然『なんで?』と聞き返すわけですが、そのとき他の学生達も自分の頭の中で、なんでだろう、と自ずと考えるからです。先生の狙いはそこにあるのです。



まあ、餅つきのような息の合った掛け合いが出来たら先生としてはウレシイ限りです。



それが逆に答を言う前に先に理由から言い始めるとテンポがガラガラっと崩れてしまいます。理由って言い始めたら結構長くなるでしょ?それで先生がイライラし始めるのです。



ですから、芸術的な回答は、出来るだけ単語で答えることです。ただ、それがどんぴしゃのキーワードだったら超カッコイイ答になるのですが、これがもしハズレたら、めちゃめちゃ恥ずかしいことになります。



今日のわたしの答え方は、60点かなあ。なにせ不意打ちを食らってとっさに気の利いた言葉が出てこなかったためかなりあたふたしたもんで。



でもクラスの他の学生達は不思議に思ったでしょう、なんでこうしょっちゅうわたしばかり当たるのか、と。わたのほうこそ一番知りたいです。