2010年1月24日日曜日

空気がおいしい日だった











素晴らしい気候の一日でした。春のようで春でない、冬の厳しさもあり、来るべき春のときめきもあり、と、良いとこ取りの日でした。




 今、民事法総合という授業の期末試験対策兼受験対策に、民訴の判例を読んでいます。三分の二くらい読み終わりました。




 全部読んだら次は民法の判例と類型別という難しすぎる要件事実の本、それから刑事弁護論という、刑訴の授業のおさらい、そうこうするうちに2月2日からロー最後(になって欲しい)の試験期間が始まります。




 そうそう、頭痛の種だった、精神医療と法のレポート、ほぼ書き上げました。




書いた後読み直すと、遙か昔、刑事政策という科目が旧司法試験科目だった頃に書いていた答案みたいになっていました。




 精神障害者は、社会国家から迫害され、家族からも邪魔者扱いされ、そして自分自身が自分の障害に苦しむという、三重苦の中にいる、当時『精神障害者と犯罪』という刑事政策の出題対策用に作っていた答案集のサビの部分です。そのフレーズを思い出し、さっそくレポートに書き入れました。と同時に、精神障害者は世の中の究極のマイノリティ、社会的弱者の中でも一番弱い人々なんだなあ、というのが分かりました。




 とにかく、精神障害者といってもほとんど私たちと変わりません。むしろわたしたちよりももっと繊細な心の持ち主であるがために、他人からのいじめとか虐待とか無視とかに対して傷つきやすいのです。そしてダムが決壊するように、脳が爆発して信じがたい行動を起こしてしまうのです。自分の家族をみんな包丁で刺し殺したり、まわりの物が自分に話しかけてくるという幻聴に発狂しそうになって大通りの真ん中に立って中空に向かって叫び続けたり、ばい菌に対して極度に過敏になって毎日何十回も石けんで手を洗い続けたり、、、、という異常行動にでます。




ですが、たいていはしばらくすると症状が落ち着いてきて、治療の効果もあって数年経つと一般人と変わらないくらいにまで回復します。




心が風邪を引いたような物なのかもしれません。




 しかも、家族全員を刺し殺した患者さんは、犯行時自分が何をやっているのかを他人事のように完全に認識していたそうです。つまり、人格が分裂していたのです。それで、回復期になった後でも自分の取った行動を記憶していて、その記憶にさいなまれるのだそうです。




 程度の差はあれ、私たちだって似たような物ではないか、という気がします。








☆後で分かったことですが、この精神医療と法という授業がわたしの2年間のロー生活で(留年しない限り)最後の授業となります。




 そう思うと、2年なんてほんとあっと言う間だったなあ、と思います。
写真は動植物園前。ゴリラの鼻くそってなんだろう?

2010年1月22日金曜日

知らぬ間に700越え+火事だ~




このブログを始めてから投稿が700回を越えました。正式には704回目です。



思えば遠くへ来たもんだ、です。こんなに長続きするとは思いもしませんでした。ここまで来れた理由はなんと言っても皆さんの励ましのお便りのおかげです。心より感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いします。




★で、今夜11時半過ぎ、近所で火事らしき事件が。そこら中から消防車が10台近く押し寄せてきました。裁判官官舎の真横当たりです。


ところがどこを見渡しても火の気が見あたりません。結局、よく分からないまま


20分くらいで撤収していきました。


★明日、択一模試(自主的な)があるのですが、期末試験対策に追われ、断念しました。要件事実、民訴の判例、民法の判例、刑訴の復習、と、これらを本試験対策に充てることにしたのです。全然進みません。どないしょ。

鳩山さ~ん

 がっかりです。戦後最高の総理大臣だと思っていたのに。
今の民主党は太平洋戦争中の東条内閣みたいです。王様は裸だ、と誰も言いません。怖ろしいことです。
 小沢氏の個人的問題(刑事事件ですが)になんで政党全体が巻き込まれなければならないのか、しかも民主党議員のほとんど(例外は渡部黄門様と村越拓議員のみ)がだんまり、そればかりか検察批判まで。
 わたしも検察が正義の味方だとは思いません。国家権力の砦ですから。足利事件の冤罪も志布志事件も検察が犯した失態ですから。
 でも、おかしいでしょ。不当捜査かどうかすら確かでないのに、捜査が不当だと決めつけています。政府大与党の幹事長といえば天下の公人です。一点の曇りも無きよう、民主党自体が率先して検察よりも徹底的に調査するのがスジではないでしょうか。
 また、不当捜査かどうかは裁判で争うべきです。検察だって命がけでやっているはずです。いい加減な証拠で捜査なんかすれば後で自分の首を絞めるだけですから。つまり、どっちの言うことが正しいか、そしてそのやりとりを国民みんなが見て知る事が出来る裁判で徹底的に争わせるべきです。
 鳩山さんはなんかはき違えています。がっかりがっかり、情けないくらいがっかりです。
 しかもあろうことか、取り調べの可視化をここで出すか!です。冤罪防止のために何十年も可視化の努力をしてきた人たちに泥を塗る真似をしてくれました。怒り心頭です。
 民主党は小沢党と改名しないと。これがほんとの羊頭狗肉です。
今からでも遅くないです。民主党は小沢問題を徹底的に調べて国民に報告すべきです。
☆あるジャーナリストは検察が捜査情報をリークすることを問題視しています。検察によるマスコミ操作だと。しかし彼はこうも言っています。検察に盲目的に従っているマスコミこそが問題だ、と。同感です。
☆枝野さん、頑張って民主党をまともに戻してください。わたしがみるところ、枝野議員は将来の総理です。

2010年1月20日水曜日

春が来た?




大寒の日なのに。4月のそよ風が。生暖かくって風も吹いてきたのでもうじき雨が降ってくるでしょう。


そういえば、今朝7時、あまりに朝焼けがきれいだったので、ローに行く途中で大濠公園に寄って美しい空と水面を撮ってきました。



今は正午、ローで書いています。1限目の民裁実務の最終講義でした。伊藤裁判官の九大での講義のラスト。4月から転勤で福岡とお別れです。みなさんとどこかの法廷でお会いしましょうとの〆の挨拶で終わりました。拍手をしました。わたしだけでしたけど。一人拍手に伊藤さんはうつむきながらはにかみながら微笑んでいました。


 終わってから自習室で勉強、暑くて暑くて。長袖カッターの袖をめくった時の感覚はもう春そのもの。


 早めの昼ご飯を、と、愛妻弁当を持って農学部食堂へ。テーブルに座ると、わたしの前のテーブルに大柄な若い女性3人組が来て、食べながら大きな声でおしゃべりしてました。最初は博多弁かなあ、と思ってましたが、良く聴くと韓国語でした。と、今度は左のテーブルから若い女性二人組の話し声が。こちらは中国語でした。でも今日聴いた中国留学生の話す中国語はとっても耳心地がよかったです。中国の昔の時代劇に出てくる美人が話す、優しげで歌うような話しぶりでした。正しい中国語ってきれいな言語なんだなあ、と感じ入りました。


でもでもでも、もしも彼女たちが黙って食事していたとすれば、もはやどこの国の女の子か全く見分けがつきません。これほんとです。


午後、あまりの暑さに耐えかねず、しばらくぶりに泳いできました。案の定、運動不足のせいで後半足がつりました。








2010年1月18日月曜日

浅川マキ、ミッキー安川、小林投手







ショックショック、ショックです。




少年時代を思い出しました。浅川マキさんはまさに全共闘時代、薄暗い下宿、汚い工場地帯、うらぶれた色街、昭和40年代の影の一面を象徴していました。まさにブルースの女王です。亡くなられたと聞き、ユーチューブで久しぶりに浅川節を聞き直すと、しみじみと昔がよみがえると同時に、彼女の歌が全然古びていないことに驚かされました。いや、この歳になって初めて浅川マキがスゴイ歌手だったことに気づきました。




 ミッキー安川さんについては、いまでもキョーレツに覚えていることがあります。中学時代、中一コースという月刊誌を定期購読していたのです。その雑誌にミッキーさんのアメリカ留学時代のおもしろ話が毎月載っていたんです。




それがまた荒唐無稽というか、胸がすくような日本男児ここにあり的中身で、毎回興奮してミッキーさんの活躍に身を躍らせていたんです。




 当時アメリカと言えば遙か彼方の日本よりもお金持ちであこがれの国でした。日本人は劣等感にひしゃげていました。それが、ミッキー安川さんは一人アメリカに乗り込んで行って日本人を舐めるな、って言ってくれていたんです。



今でも覚えている逸話があります。



アメリカの大学の寮のトイレでの話です。日本ではしゃがんでする時代でしたがアメリカはすわってやるタイプ、それで、アメリカ人達は大ちゃんと小ちゃんを同時にすることが出来ない、同じように座っていても大ちゃんと小ちゃんとは別々にし、よーいどんで同時に大小をやっちゃうことができない、と聞いたミッキーさんは、日本人は同時に出来るぞ、と言い張りました。そうしたら、アメリカ人達からそれならやってみせよ、ととっちめられ、ならばやって見せよう、と、みんなが見ている前で便器に座ってやって見せた、そうしたらみんながビックリ仰天した、ざまあみろ!だ、という話でした。



この話を中一コースで読んだときは衝撃を受けました。一番のショックはミッキー安川がたった一人で堂々とアメリカ人達と渡り合ったという勇気でした。



それから、この話を想像したときのおかしさです。みんなが見ている前でよくもまあ出来たなあ、凄い人だ、と尊敬しまくりました。






実は、1週間ほど前から、わたしの頭にミッキー安川さんが浮かんで来ていたんです。今頃何をやってるかなあ、ミッキー安川は?と。これほんと、ですよ。



ま、浅川マキさんのことは思い浮かびませんでしたが。






ところが小林繁投手のことは何故だかチラッと頭に浮かびました。






ひょっとしてわたしって何かしら霊感があるんでしょうか。ただ、受験前のせっぱ詰まった状態だから持てるのでしょうか。






☆☆いま、チビチビと『閉鎖病棟』についてのレポートを作っています。



   我ながら出来が悪いのが見え見えでイヤになります。






☆☆夕方、香椎までちょいと買い物に。夕暮れが素晴らしかったです。



   千早にJRの新駅が出来ていたのには驚きました。以前は操車場跡でなんにもないガラ~ンとした空き地だったのが、いまではもの凄い街が出来つつあります。




2010年1月16日土曜日

閉鎖病棟




帚木蓬生(ははきぎほうせい)の小説です。精神医療と法という授業のレポート課題の対象に選びました。でもいま、葛藤中なんです。



このレポートは期末試験に替わるものなので、これを出さないと単位がもらえません。ところがわたしはもう必修科目以外について必要な単位はすべて取り終えていますので、この科目の単位を取る必要性がないんです。



なので、レポートを出すまいかとも思います。受験勉強の方がよっぽど大事ですから。



しかし、意地というか、メンツというか、はたまた川副先生に対する礼儀というか、出さないとかっこ悪いなあ~とも思います。



ま、そもそもそんなことで悩む方がよっぽど時間の無駄とも言えますが。



それで、レポート用紙2枚程度の、形だけのレポートにすることにしました。



じゃあ一体何を書くかなあ、と思案しながらお風呂に浸かっていたところ、!、が降りてきました。



この小説は患者さんの家庭環境、生い立ち、周囲特に親族との軋轢を多く描いています。家族や親戚からつまはじきにされた患者さん達は厄介者と扱われて精神病院に入れられます。入院時は、発作が爆発して社会で大騒動を起こした直後なので脳が沸騰している感じで自己コントロールが出来ませんが、しばらく経つと落ち着いてきて、一般人とほとんど変わらない状態にまで回復する人が多いです。ところがそういう風に病状がほとんど平癒したにもかかわらずその後何と数十年間もの長い間、病院に留まっています。



自発的に退院する患者さんはごく少数なんです。



理由は、家族が退院に消極的なためです。再び発作が起きてとんでもないことをしでかさないかという不安、前回(と言っても素十年前の話ですが)の発作で隣近所に迷惑を掛けてしまったため退院させることに周囲が不安を抱くため呼び戻せない、それから、患者さんの財産の横取りを目論む親族が退院を妨害しようとして、病院の担当医に退院をさせないように求める、などです。


 実際、統合失調症(むかし、精神分裂病と言われたもの)の患者さんの中には、どこかから声が聞こえてきて自分に家を燃やせと命令したので家を燃やした、とか、家族中が自分をいじめていると錯覚して家族全員を刃物で刺し殺した、とか怖ろしい行為をした人もいます。


 でもそう言う人たちも、入院後数年経つと落ち着いてきて幻覚幻聴を見ないようになっていき、終いにはほとんど一般人と同じ状態に戻ります。


 また、潔癖症が昂じて何度も何度も手を洗わないと気が済まないひと、毎朝続けてコップ10杯の水を一気飲みしなければならない女性、一日中掃除を続ける男性、など、いろんな形で一般人よりも少しだけこだわりが強い人も多いです。


 こういう人たちは、遺伝的なものによる人も中に入るということですが、大概は後天的な環境とか人間関係の軋轢、差別、いじめ、などで少しずつ心が痛んでいったために発症したものだそうです。


そう言う人々が何十年間もの間、毎日毎日同じ病棟で集団生活しているのが精神病院です。




この小説は、読み始めの頃は退屈で、一体何を言いたいのか、とイライラしました。


ですが、後半から、どうも、精神病患者とされている人たちの方が心が細やかで繊細で対人関係にとても傷つきやすいナイーブな人たちであることがわかってきました。むしろ、彼らは人間の原点に戻ったのではないか、とすら思うようになってきました。


一般社会人は分厚い殻を纏っているのに、それが無い人たちは他人からの精神的加害をまともに受けてしまい、こころが傷ついてしまってコントロールが出来なくなったのではないか、と思いました。


 脳梗塞にかかった友人が、発症時、まるで自分の脳がやけどを負った感じがした、と言っていたのを今でも強烈に覚えています。


 統合失調症になった人たちも、心がやけどをしてしまったのかもしれません。




で、この小説のあらすじなんですが、、、、、、、、。


知りたいですか、みなさん?


焦らしているみたいで申し訳ないんですが、わたし自身、書きたくもあり、書きたく無くもあり、の心境で、迷っております。




どーしよーかなー?
写真は、多々良川とたまごプリン