2008年11月9日日曜日

日本シリーズとワールドシリーズと紅葉と大相撲




日本シリーズは西武の勝利、おめでとう。ほんのちょっとしか見ませんでしたが、西武の選手って若い、ほんとうに若いと思いました。勢いの勝利でしょう。

原監督が優勝監督にならなかったためWBC監督問題にケチがつきました。ナベツネは頭が痛いでしょう。

替わってアメリカのワールドシリーズ。

優勝したフィラデルフィア・フィリーズの監督は、チャーリー・マニエルと言います。大男です。彼のことで忘れられないシーンがあります。

昭和54年、近鉄対ロッテの試合、藤井寺球場、デーゲームでした。たまたまテレビで生中継を見てました。

すると、ロッテの八木沢投手の投げた球が打席で構えていたマニエル選手のあごを直撃したのです。


口か鼻か、それとも両方からか、血しぶきがバッと飛びました。


マニエル選手はパンチを食らったかのように一瞬後ろによろけました。けれども倒れずに血を滴らせながらピッチャーズマウンドへと詰め寄っていきました、赤い顔をますます赤く染めて。元々暴れん坊で、赤鬼というあだ名がつけられていたのが本物の赤鬼になってました。


後で分かったことですが、顎の骨が砕けていたそうです。


2週間後、アメフトのような顎を保護する特注のヘルメットをかぶって復帰しました。




 そのマニエル選手が今年のワールドシリーズで優勝監督になったんです。


懐かしいあのマニエルが。おめでとう、と言いたいです。


彼は優勝後のインタビューで、日本でプレーした6年間がなければ今の自分はない、と答えました。


日刊スポーツで大リーグ関係のコラムを書いている女性が居ます。鉄矢多美子さんと言います。彼女は若い頃川崎球場のウグイス嬢をしてました。ちょうどマニエルがプレーしてた同時期です。


それで鉄矢さんがアメリカの大リーグを取材しに行くと、マニエルが良く声を掛けてくれ、大事に扱ってくれるんだそうです。自分が異郷で苦労した経験がそうさせているのでしょう。で、彼女のことを今でもミス川崎と呼ぶのだそうです。



 マニエルは選手達から絶大な信頼を勝ち得ているそうです。人前では決してミスを指摘して恥をかかせることをしない、いつも選手を信頼して自主性を大事にする、しかし大リーグで随一のきつい練習を課す、そのときは徹底的にしごきまくるそうです。というのも、日本に来たとき、余りの練習量過多に仰天して、初めは相当抵抗したのだけど、最後には練習の大事さを学んだからだ、と。



 わたしが思うのは、異なる環境にチャレンジすると、違う価値観で動いている世界があること、自分の考えだけが正しいとは限らないこと、その反対に世界中どこでも共通する考えもあること、自分を客観的に見れるようになること、また、異郷での苦労で人の温かさが分かるようになること、、、、と、マニエルさんは日本でたくさんの物を手に入れることができたから優勝することができたのだ、と思うのです。


マニエルは外見は怖ろしかったですが、内面は繊細で知的だったんですね。



わたしも、ローに入って同じような思いです。去年までは、ローなんて下らん、と偏見を持っていました。やはり、事実に基づかない判断はしてはならない、そういうのを偏見というのだ、と、マニエルの喜ぶ顔をみてつくづく反省しました。

 今日はローに行かず、リーガルライティングの宿題をのんびりやってました。

で、わかったこと。それは、自分は意外と文章をしっかり読んでいないということです。問題文は3枚あるのですが、問題の所在がやっとわかったのは5回目に読んだときです。

読むのが嫌なんですね、きっと。なんとかして端折って読もうとして居るんです。そういう手抜きをしたがる自分がいます。

でも結局は何度も読む羽目になるので手抜きをした方が余計に手間が掛かっているのに。


3日前頃から街路樹が急激に色づき始めました。朝は寒いです。それと、大相撲九州場所が始まりました。これもまた博多に寒い季節がやって来た印です。お相撲さんの近くに寄ると、鬢付け油の良いにおいがします。


追:要件事実で、原告が今目的物を所有している、と言う事実は効果であって要件事実ではない、と言う意味がやっとわかりました。ダメナボク。