2009年8月3日月曜日

原爆




わたしの父は長崎で被爆しました。19歳だったそうです。高射砲陣地にいて、昼飯を麓まで取りに行き、にぎりめしの入ったもっこを同僚と二人で担いで陣地に戻ろうとしたときにピカッと光ったんです。爆心から900メートルでした。もっこを担いでいた二人のうち、前を担いでいた兵隊さんは即死し、後ろを担いでいた父はその兵隊さんの陰にいたおかげで生き延びました。といっても失神してしまい、気がついたときはトラックの荷台に大勢の負傷兵と一緒に転がっていたそうです。全身大やけどを負い、佐賀の熊の川温泉という、古湯温泉の近くで1ヶ月以上湯治治療を受けたそうで、ケロイド状になった皮膚は温泉のおかげで溶けてきれいに直ったと言ってます。被爆の後遺症はないみたいです。




奇跡に近いと思いました。




なんでこの話をするかというと、理由が二つあるんです。




①アメリカ人10数人が原爆投下謝罪の旅を企画したところ、ほかのアメリカ人たちから凄い非難を浴びせられたのだそうです。




原爆を投下しなければアメリカ兵がもっと多く死んでいた、とか、日本兵の残虐行為はどうなるのか、というのです。




ならば彼らに問いたいです。戦争当事国の国民は兵隊と同じで皆殺しにしても良い、ということなのか、と。赤ちゃんも子供も少年少女も老人もみんな殺して良いのか、と。戦争になったらどんなことをしても良いのですか。




 この目で原爆被害を見るべきです。ふつうの暮らしをしていた町と人が一瞬のうちにこの世から溶けて消えたのです。赤ちゃんや少年たちには生きる権利が無かったのでしょうか。そんな馬鹿なことはありません。




戦後65年立ってもまだこのような考えが大手を振ってまかり通っているとは。




中国の反日感情もそうですが、国家的な洗脳だと思います。教育の『成果』です。



残虐行為を行わない戦争なんてあるはずがありません。日本だけでなく世界中のどこの軍隊もひどいことを山ほどやってます。



なにも原爆被害だけが特別と言いたいのではありません。スーダンソマリアルワンダナイジェリアイラクイランウィグルミャンマー、、、世界中で今もひどいことが行われています。その全てがヒドイんです。ですが、原爆は、第一に一瞬のうちに全てを、文字通り何から何までこの世にあるものを全部溶かし、焼き、壊し、地獄にします。第二に運良く生き残ったヒトは逆に運が悪く苦痛にのたうち回りながらじわじわと死んでいきます。第三に、その土地は放射能に汚染されてしまい、後になっても被爆が生じます。



 つまり戦争の暴力の極限が原爆です。そう言う意味において原爆は地獄の魔王なんです。



 ですから、被爆の様子をこの目で見ようとやってくるアメリカ人に敬意を表すると共に彼らが帰国後原爆の悲惨さを周りに伝えてくれることを祈ります。




 




②父が今度の広島原爆の日、近所の小学校で被爆体験を語ることになったのです。その小学校の卒業生である父に学校の先生が体験談を語って欲しいと頼んでこられたのです。父は張り切っています。うまくしゃべることが出来れば良いのですが、多分子供らには分からないような話しぶりをしてしまうんじゃないかと心配です。わたしも塾講師時代、とくに小学低学年の子供を教える(調教する)のにどんだけ大変だったか。




しかしまあ、原爆体験を語り継ぐということは大変重要だと思います。世界で最初の原爆が落とされ、世界で最後の原爆が落とされたのはこの日本なんですから。








ところで今日の刑事弁護論、刑訴の問題でした。あまりパッとしない答案になってしまいました。現行犯逮捕になるかならないか、というところで学生の間で真っ二つに分かれたみたいです。




要件事実の方が緊張しまくりました。刑事弁護論は必須科目で、落としたら大変なことになるのに、要件事実は選択科目なので、べつに落とされてもほかで取れば良いわけで、こっちの方が楽なはずなんですが、ひどい答案を書くと中山先生から軽蔑されそうでついつい力の入れ具合が逆になったのです。




しかしどうも中山先生に軽蔑されることになりそうです。問題文がイマイチよく分からなかったんです。後でほかの優秀な学生に聞くと同じことを言ってましたが。また、予想外の所からも出てました。優秀な学生も悩んだと言ってました。
試験前3時間ほど、悪名高い類型別という本を読んでたら、なるほどねえ、と感心したところが試験に出てしまい、これだけはラッキーでした。






★夜10時頃ローを出ようとして、一階のトイレで用を足し、トイレ前に置いてある亀の置物をデジカメで撮ってました。入り口は男女共通なので、そこで写真を撮ってたりすると覗き魔と疑われそうで、あんまり撮るチャンスがないんです。たまたま夜10時頃で人気も少なくなったので今じゃ!とばかりデジカメを構えていました。
すると知り合いの学生が青い顔をしてうろうろしているんです。と、彼がわたしに、1時間前トイレに置き忘れてた財布を今気付いて取りに戻ったところ、なんと財布の中身の現金だけ抜き取られていた、と言うのです。うっそー、です。ローの中に泥棒がいるなんて。彼が可愛そうで心が痛みました。と同時にローの学生に盗人がいるなんて、怒り心頭です。口惜しいです。そんなヤツが法律家になろうとするなんて、絶対許せません。即退学に処すべきです。マジ許せないです。
☆写真はトイレ入り口に置いてある亀です。川嶋先生が定年退官された先生から貰ったのだそうです。なんでもその先生が研究室を片付けてたときに要らないと言って捨ててあった亀を、たまたまそこを通りかかった川嶋先生が見つけて貰ってきたんだそうです。
それはアメリカの連邦地裁で売ってたおみやげだそうです。なんで裁判所に亀なのか、川嶋先生曰く、裁判所は亀にならねばならぬ、という戒めがあるんだそうです。つまり、ウサギのように急いで裁判をすると正しい裁判ができないからだ、亀のようにのろくてもしっかりきちんとやるべし、という教訓なんだそうです。その戒めをロー生に伝えるべく、トイレの入り口に飾っているということでした。へ~、です。