2009年12月31日木曜日
平成21年12月31日(木)
あと4ヶ月後には司法試験を受けると思うと、お腹がきゅ~っと締め付けられます。
やるべき事をやるのみ、です。夢も希望もなかった昔と比べたらありがたいことです。感謝して来年の受験を迎えたいと思います。
このブログを覗いてくださったみなさま、
来年が皆様にとって良い年でありますよう、心から願っています。
わたしにとっても、ですが。
また来年もよろしくお願いします。
2009年12月30日水曜日
10番答案と1000番答案
2009年12月28日月曜日
おーばかもん
2009年12月26日土曜日
択一模試また受けて
本番も朝9時半から始まるので対策を練っておかないと。
先週に引き続き、点数が悪かったです。今の心境は、窮鼠猫を噛む、のネズミの気持ちです。
今日一緒に受けたのは18人。他の連中の点数はよく分かりません。というより、自分自身のふがいなさにがっかりです。
まだ行政法も倒産法も未成熟なのに。
ただ、救いは論文試験における受験生のレベルです。全国1位とか2位なんかの最高答案を読むと、旧試験時代にはなかった親近感を持ちます。下らない学説羅列や判で押したような呪文みたいな論証がないんです。
問題文に応えようという答案ほど良い点数をもらっています。イイ感じです。
要求されている知識は多くないと思いました。
それに対して択一問題は全範囲に渡ってまんべんなく訊いてくるのです。
いやマジで狂ったように勉強しなければならないなあ、と覚悟しました。
今夜は徹底的に復習です。
2009年12月24日木曜日
講座と本
わたしの体内満足度計は、講義を聴いたりレジメを見たりして1個でも『!』の箇所があればその講座は満足した、という甘いものですが、今回は!の数がかなり多いです。
旧試験時代には講座を10個取ったらそのうち、!があるのは1個、多くて2個くらいしかありませんでした。
ところが新試験は違います。一体どこにその理由があるのかと考えました。おそらくローの勉強の質のお陰だと思います。もちろん試験問題が質量ともに大きく変わったせいでもありますが。
付け焼き刃とか下らない論証を暗記するばかりでは受からないようになってきたんです。もの凄い数の判例をしっかり理解し要点を整理しておかないと新試験には太刀打ちできません。
そういう風に勉強が実質的になってきたのが、合格者講義の中身にも反映されたのだと思います。
ただ、費用のかかる点は昔とちっとも変わりません。それどころか、受験予備校が淘汰されてきて寡占状態となり、T研究所がふっかけてくる値段はむちゃくちゃな額です。0が一つ多くなりました。
たとえば択一模試を受けたら1回で1万円も取るんです。そりゃないだろ、と憤慨しています。
一方、本もまた素晴らしい物がどんどん出てきました。でも実務家や実務家出身の学者が書く本の方が圧倒的に良いです。
☆今日のネットニュースに、アメリカの研究で、10分くらいの軽い運動をした後、脳の機能が向上するとのこと。昼休みにジョギングをすると午後眠くならない、とも。驚きました。逆かと思っていました。食後は軽くうたた寝をした方が良いと思ってました。
こんどの択一模試で試してみようかなあ。
☆今日はクリスマスイブ。女房の実家で晩ご飯を食べた帰りにキャナルに寄ってクリスマスイルミネーションをパチパチ撮って来ようと思っていたのに、きれいさっぱり忘れて帰ってきました。というのは、明日のゼミに出すレジメのことで頭が占領されていたからです。
問題そのものは事業譲渡、利益相反行為、特別利害関係人、株主に対する利益供与、取締役の責任、とメジャーな論点のてんこ盛り問題で、それだけならどーってことないんですが、出題された先生の指示が難解というか、意味がよく分からないんで、煮詰まっているんです。
それで思い出したんですが、今年や去年の新試験合格者答案で、全国2番の答案なんかを読むと、深みはありませんが、本当に明快で読みやすいです。事案に即して書いてあるので自分の頭を使っている、暗記の吐き出しではないことが伝わってきます。
それでまたまた思い出したんですが、論理とはなんぞや、について論理学の本に書いてあったのは、論理とは思考を省略するための道具である、というのです。論理的な文章を読むと、読み手は内容理解に苦労しなくて済みます。
逆に論理的でない文章を理解するのには苦労します。
そういう風に、論理とは相手に楽をさせるためのツールだと書いてありました。
なーるほどなあ、と納得しました。
2009年12月23日水曜日
冬至
2009年12月21日月曜日
ソユーズ野口聡一さんとともに
2009年12月20日日曜日
択一模試
2009年12月18日金曜日
雪だ、合格だ
ただ、健康には十分に気をつけておかないと。今日のゼミでは5人参加のはずが二人も風邪で欠席しました。
2009年12月14日月曜日
これからずーっと雨と雪だって
2009年12月13日日曜日
会議
3時間半も続きました。合格者がほとんど、在学生はわたしともう一人だけ。
なんでも在学生の支援団体を作るから働け、ということでした。
勘弁してください、です。
ただ、合格者、今では修習生ですが、彼らは凄く前向きというか、積極的で頭が下がりました。若いのに偉いな~、彼らは九大の新しい伝統を作り出すかもしれないなあ、と少し感動すら覚えました。
帰り際、上田先生がから『あんみつさんは~さんの弟さんなんですね、お兄さんの方が若くみえますね』と言われてしまいました。わたしは思わず『上田先生!それはないでしょっ!』と言ってしまいました。上田先生とは、刑事弁護論の教官をされている弁護士さんで、うわさでは最高裁判事候補だったそうです。この前の刑事弁護論の授業で、参観してた裁判官(エリートです)が上田先生に向かって90度のお辞儀をしてるのを見ました。
そんな先生に向かってつい叫んでしまったのでした。
今日は朝から団地掃除で、掃除の間だけ雨が降らず、終わってからやっと降り始めました。あ~あ。
朝ご飯の後会社法の問題4問をずらずらっと見渡していました。なかなか良い問題です。
夕方まで会議に拘束された後、女房の実家に行ってカニ鍋と焼きガニのぜいたくな晩ご飯を頂きました。めちゃくちゃ美味しかったです。感謝。
さすがに夜11時になると掃除と会議の緊張とで疲れが出てきてうとうとしかけています。
2009年12月12日土曜日
寅年
2009年12月10日木曜日
奨学金返還猶予願い
学生係に行ってこんなに気分が良かった日は有りませんでした。
受付の若い女性の応対がとても親切丁寧だったんです。船津さんとネームプレートに書いてありました。
わたしが提出した文書にはいくつも記載漏れがあったのですが、彼女は辛抱強く、かつ、お願い言葉で指摘してくれました。
あんまり感動して気分が良くなったので、今まで十数回ここに来ているけど、今日のあなたの対応が一番素晴らしい、と彼女に言いました。
船津さんは微笑んでくれた、ようです。残念なことに彼女がマスクをしていて目だけしか分からなかったんで。
☆今わたしが読んでいる本、はじめての行政法、という入門用の本ですが、とても良いです。
☆行政法のノートが行方不明になり、立ち往生してます。普段から始末が出来ていないツケが回って来ました。あ~あ。
写真が撮れなくて
2009年12月8日火曜日
2往復も
2009年12月3日木曜日
受験願書
黄色い街
2009年12月1日火曜日
ずぶ濡れの12月
ちょっとヒドイんじゃない?民事法の問題って
結局、レジメを作り終えたのが夜中の3時。
違和感だらけです。一部請求と相殺の問題、既判力が及ぶ範囲について、問題作成者である先生の見解と判例の外側説とがずれているみたいなんです。
平成6年11月22日判例の読み方が分からなくなってしまいそうです。
とにかく、しんどいです。
もう頭がフラフラです。寝ます。おやすみなさい。
2009年11月26日木曜日
Yes,we can!
ってオバマ大統領がスローガンにしましたが、我が国にはもっと昔に同じ言葉をスローガンにして藩財政を立て直した藩主が居たんですねー。
それはあの『為せば成る、為さねば成らぬなにごとも、成らぬはひとの為さぬなりけり』と詠んだ米沢藩主上杉鷹山、ようざん(治憲、はるのり)です。母方のおばあさんが、米沢藩4代藩主綱憲(あの吉良上野介の息子)の娘です。つまり上杉鷹山は綱憲のひ孫にあたります。
この上杉鷹山は元々は宮崎の高鍋藩主の次男です。高鍋藩主は秋月氏です。秋月氏はもとは福岡県甘木地方の秋月というところに割拠していました。939年の藤原純友の乱を鎮圧しに都から派遣されてきた大蔵氏(渡来系で、阿智使臣の子孫と名乗っています)が乱を鎮圧した報償として太宰府に近い秋月地方を領地にもらったのです。また、鷹山の実母は黒田氏の姫です。
実は女房の実家の祖先も秋月なので、上杉鷹山さんがグッと身近に感じました。
それにしても、イエス、ウィーキャン、とオバマさんが叫んでいるのは、『為せば成る!』って言ってるわけかあ。なんか不思議な感じがしますねえ。
☆今日また、民事法の課題が出ていました。既判力と相殺の問題。ややこしいです。しかも、答案を書いて木曜日に提出しろと。しかもまた刑事弁護でも新作の課題が出ていました。よく読んでいませんが、伝聞例外みたい。リミットは来週火曜日。適当にやって終わりにしたいのですが、なかなか。
こういうものは一気にやっつけてしまわないとズルズル引きずって大切な時間を潰してしまいます。というわけで土日で一気に終わらせ、、、、たいなぁ。願望
絶滅希望種
☆☆☆今日の民事法の講義は民訴、将来の給付の訴え、とくに敷金について、そして訴訟承継でした。もっぱら敷金についての話でした。最後の詰めの部分がいつもイマイチ分かり難いんです。
この授業は3年生100人を3クラスに分けて授業するので先生は同じ授業を3回もぶっ続けで講義しなければ成らず、きつそうです。よく分かります。45分授業に換算すると6コマぶっ続け、となりますから。へとへとになりますよ、全力で授業すると。
以前教えていた塾では、夏期講習冬期講習で、朝から晩まで45分授業を連続15コマ授業したことがありました。今思うとゾッとします。というか、よくまあそんなことが出来たなあ、と自分に感心します。いまでも時折その当時の夢を見ます。前にも言いましたが、学部やローの先生達は一回、予備校講師のやってる授業やわたしがいた塾(現在生徒数1万人の巨大塾になってます)の研修に参加してみるべきです。人に教える、ということもスキルが必要なんです。学者の先生達は他人の授業を参観したことがあまりないようです。それなのに自分のやってる授業は大した物だと思いこんでいる人がかなりいます。
それだから、自分の授業のやり方を他の教官(特に実務家教官)から批判されると烈火のごとく怒ります。でもねー。人に何かを教えることって、ある種のサービスであり、ボランティアであり、人間関係形成なんじゃないかなあ。
言ってなんぼ、ではなく、分かってなんぼ、だと思います。その点では、やはり仕事上対人的行為の多い実務家の方が教え上手です。ただ、裁判官教官はどこか、一枚、いや二枚くらいのシェルターがかかっている感じもします。つまりどんなことをしてもお前らぼんくらを分からせてやるぞ、という気迫は弱いです。これくらいわかっとるやろ、との前提で話をされるのです。ぼんくらたちはそもそもの前提で躓いているのが分かってらっしゃらない、という感じです。
それに比べると検察官教官は、口が悪くてぶっきらぼうですが、なにがなんでもわからせるぞ、という熱い気持ちがこちらに伝わってきます。
弁護士教官はアカデミックな雰囲気にあこがれを抱き続けている万年青年みたいな感じです。というか、不思議なことに弁護士教官が一番学者的です。
一般的には裁判官が学者に近いという感じもしますが、九大ローではそうでもないみたいな気がします。ピュアーな弁護士さんが多いです。情熱もまたスゴク熱いです。
と、ここまで書いていて、あれ?と思いました。肝心の、本来的な学者教官についてイメージがポッと湧いてこなかったからです。そうかあ、ということは、九大ローというところは学者以外の教官達で持っているとも言えるのかなあ、と。
おっと!ここらで止めておかないと。
☆今W先生から頂戴した民事訴訟法から考える要件事実、という本を読んでいます。もの凄く良い本です。去年この本が出ていたら再履修の憂き目に合わずに済んだ物を、なんて。実際この本は頭にすっと入ってきます。また、読んでいて凄く楽しいです。実に気持ちの良い本です。