2009年5月31日日曜日

明日から6月というか、もう一日の朝です







朝晩はぐっと冷えますね。3月の方がむしろ暖かかったのでは、と思います。ただ、今日は本当に素晴らしい日よりでした。なのにわたしは京都に行くの、ではなく、御牢内へ。今日中に同志社大学にいる先生に課題を三つ送らねばならなかったのです。それと明日提出の要件事実のレポートも。で、こいつらはなんとかロー内でやっつけました。




今夜10時です。これから法曹倫理の予習レジメを作らねば。明日午前のゼミに間に合わせるために。それが終わると(多分無理)次は刑事弁護論の水曜提出の課題の予習、それが終わると(絶対無理)民事法の所有権留保の予習、それが終わると(ありえないのでもう飽き飽きしてきました)歴史と法の火曜日提出の課題、、、、、、、




もう、異常異常です。なんでこんなにあれもこれもやらねばならないのか分かりません。そういえば去年の今頃はほとんど毎晩机で寝ていたのを思い出しました。今は4時間ほど布団で寝れてますからちょっとは良くなったかも。




 実は6月下旬に要件事実論のコンパがあり、その会場探しも仰せつけられました。ゼミの振り分けも。そういう雑事が増えてますます困惑していました。




要件事実論を受講して良かったのかどうか、と。




そしたらスゴイボーナスがもらえました。実力者の卒業生と知り合えることが出来たのです。その人はまじめで努力家で謙虚で人格円満、大した人です。



そうか、大した人のことを大人(オトナ)というのか、なるほど。








話変わって、このところ交通事故をほぼ毎日目撃しています、もっとも事故後の現場を車で通ったというだけですが。




それでも頻繁に見かけます。そうしたところ、今度は自分が危うく事故るところでした。原因は憎むべき自転車右側通行です。




博多の街では自転車通行している人の過半数は道路の右側をはしっています。なんででしょう?なんで車両である自転車が右側通行をするのか、誰かがOKしたんですか?




こんな危ない走り方はないのに。現にわたしが一昨日の夜女房の実家からクルマを走らせようとしたとき、四つ角を左折しようとしたところわたしから見て左側の道を右側通行してきた自転車と危うくぶつかるところでした。その若者は、もちろん無灯火、しかもわたしの車が四つ角の中心にちょっと頭を出していて当然ヘッドライトを付けていたので、そのバカ者は普通に前を見ていたら四つ角の10数メーター前からわたしの車を認識していたはずなんです。なのにそいつは止まろうともせずに平気で自転車を漕いできました。で、普通ならわたしが左折する方が先のはずなのにそいつは四つ角で止まろうとしなかったので、もうちょっとでそいつの自転車がわたしの車の左側面にぶち当たるところでした。ソヤツはこっちが悪いみたいな表情をするんです。




ふざけんな、と言いたかったです。でも、そんな奴らばっかりなんです、今の博多は。若者だけじゃないんです。おばちゃんもお母さんもお姉さんもおじちゃんもおじいちゃんも、みんな右側通行してるんです。




狂っていると言いたいです。自分たちのやっていることは道路交通の安全と迅速を甚だしく害しているってことをちっとも認識していないんです。




朝、7時台にクルマを走らせてると、修猷のセーラー服たちががんがん右側通行しながら高校へちゃりを走らせてます。と、中には左側を走っているのも。そう言うとき両側をちゃりで挟まれてクルマを運転するのは恐いです。




このように自転車通行のルールはモラルハザード状態になっています。そのうち大変な大事故が起こるようになると心配しています。






ここまで書いて法曹倫理のレジメ作りを始めたのが11時ころ、で今3時です。やっと終わりました、法曹倫理だけが。後は無理無理無理。



この後寝て、朝7時に起き、9時から模擬裁判の打ち合わせにでなければなりません。小倉弁でいうと、しゃーしぃーです。博多弁ではしぇからしか、です。








2009年5月29日金曜日

短答式




2年ぶりにやると、悪夢を思い出していや~な気がしました。



旧司のときの焦りと絶望感と恐怖です。



来年またやってくるのかと思うと、今のうちに体験しておいて良かったです。



ほかの学生達も異口同音でした。



この文章は正しいか間違っているか、とだけ問われると、うむむむっと緊張します。文字通り白か黒か、なんで、一か八かです。直感を信じるだけでした。直感というのは、原則論と本件における例外の必要性との調和点を瞬時に判断すること、だと思います。要するに自分の持っている調和点が条文判例と同じかずれているか、ということでしょう。



答合わせは未だしておりません。1週間くらい経ってからおそるおそるやります。



昨日福岡高裁で、危険運転致死傷罪で若くて愚かでズルイ福岡市職員が懲役20年の実刑判決を言い渡されました。このバカ者は大量に飲酒した上で猛スピードで大型車を走らせ被害者家族が乗っていたランドクルーザーかパジェロかという頑丈なクルマに追突し、その弾みで重いクルマはゆっくりと橋から冷たく暗い博多湾に落下していったのです。



結果的に幼い三人の子が亡くなりました。お母さんとお父さんは懸命にわが子らを真っ暗な海に潜って何度も何度も探しだしましたが、手遅れでした。



加害者のバカ者は逃げました。そして平然と自分の犯行を隠蔽しようとしました。飲酒運転がばれるのが恐くて大量の水を飲もうと、ケータイで友人に水を持ってこさせたのです。



第一審判決は業務上過失致死で懲役7年半。世間は怒りました。けれど、福岡地裁の言い分は、これはタダのよそ見運転にすぎない、と。飲酒したから危険運転になるというわけではない、と。



これに対し福岡高裁は危険運転致死傷罪が成立すると判断しました。つまり、タダのよそ見運転ではない、故意に危険な運転をしたんだ、と認定しました。



わたしが感嘆したのはその根拠でした。高裁判決はつぎのように言いました。



この道は左に傾いている。だから単によそ見運転だけだったらクルマは自然と道路の左端に寄って歩道に乗り上げるはずだ。なのにこいつはまっすぐにクルマを走らせていた。と言うことはこいつは決してよそ見運転なんかしていなかったのだ、と。自分の意志でまっすぐに走ったのだ、それも猛烈なスピードを出して。


、、、、っと、すみません。長くなりそうなので、以下は朝日新聞ネットからもらってきたのを転載します。


あー、これって盗用じゃないの?とお思いでしょうが、こういう判例を纏めてダイジェストにしているのは実は裁判所なんです。新聞社の記者にはこのような腕前はありません。予め裁判所が作っておいて新聞各社に渡しているのです。現に不特定多数の裁判官から聞きました。ですからむしろ新聞社こそちゃんとこの裁判内容のまとめは裁判所からもらいました、と断ってから新聞に載せるべきなんです。


そうそう、本題はこっちでした。この高裁判決の素晴らしいところは、探偵のように事実を注意深く丁寧に探求したところです。まあ、検察官、警察の丹念で地道な捜査の賜物なんですけど。次の朝日の抜粋の中の赤字部分です。




福岡市東区で06年、飲酒運転で3児を死亡させたとして危険運転致死傷罪などに問われた元同市職員、今林大(ふとし)被告(24)の控訴審判決が15日、福岡高裁であった。陶山博生裁判長は、業務上過失致死傷罪の適用にとどめて懲役7年6カ月(求刑懲役25年)を言い渡した一審・福岡地裁判決を破棄。「酒の影響で正常な運転が困難な状態で事故を起こしたと認められる」として危険運転致死傷罪と道交法違反(ひき逃げ)の罪を適用し、懲役20年を言い渡した。弁護側は判決を不服として、上告する方針。
 01年の刑法改正で施行された危険運転致死傷罪の適用の可否については、一、二審で裁判所の判断が分かれるケースが相次いでいる。
 判決は、危険運転の要件となる「正常な運転が困難な状態」とは、「現実に道路・交通状況に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態にあることだ」として、一審と同じ判断の枠組みを維持した。しかし、事故原因は脇見運転だったとする一審の事実認定を否定して、正反対の結論を導いた。
 判決はまず、一審判決が事故原因を脇見運転とした点について検討。現場の道路が左側が下がっていることから、直進するためには絶えずハンドルを右側に微調整する必要があり長い脇見は不可能だと指摘。事故原因を11.4~12.7秒にわたる脇見とした一審判決の認定は誤っているとした。
 そのうえで「被告は先行車の存在を間近に迫るまで認識できない状態にあり、道路と交通の状況などに応じた運転操作を行えなかった」と指摘。アルコールの影響で正常な運転が困難な状態で事故を起こしたとして、危険運転致死傷罪の成立を認めた。量刑の理由で陶山裁判長は「相当量の飲酒をしたうえ、一般道を時速約100キロで走行した行為は危険。結果は誠に重大で、厳しい被害感情ももっとも」などと述べた。
 弁護側は、事故は被告、被害者ともに「不意打ち」だったと主張。被告の脇見運転だけでなく、被害者の居眠り運転や急ブレーキなどの過失が重なって被害が拡大したと訴え、無罪か大幅な減刑を求めていた。しかし判決は、道路の状況などから「(被害者側が)居眠り運転をしていたとは考えられない」と退けた。
 一審の福岡地裁は、危険運転致死傷罪のほかに業務上過失致死傷罪を起訴罪名に追加するよう検察側に命令。08年1月、業務上過失致死傷と道交法違反(ひき逃げ、酒気帯び運転)の組み合わせでは最高刑に当たる懲役7年6カ月を言い渡していた。




これぞ刑事裁判だ、と思いました。真実は現場にある、のです。出来の悪い法律の解釈ばかりに目を奪われて、肝心の事実を探ろうとしなかった第一審裁判は多いに非難されるべきです。


ただ、イマイチよくわかりにくそうなので、不肖わたしが解説します。


第一審は、うっかり運転、前方不注意運転に当たる、だからちゃんと前を見ずに運転したところに過失はある、けど、それ以外ない、わざと危ない運転をするつもりで走らせていたのではない、と判断しました。


これに対し、第二審は、そうではない、被告人はちゃんと前を見て運転してたんだ、さもないと道路が左に傾いているのだからよそ見しながら運転してたんなら自然とクルマも左の歩道に乗り上げていたはずだ、なのに被告人は道路をまっすぐに走らせている。これはよそ見運転をしていなかった証拠だ。


被告人は意図的に、つまり分かっていながら大量に酒を飲んで猛スピードを出して直線道路をまっすぐ走らせている。そんな自分が危ない運転をしていることには十分気づいていたはずだ。だから危険運転をする意思があったのだ、と。


もっともなことだと思います。


彼の悪質性は事故後の隠蔽工作によく表れています。




日大の板倉教授は、重すぎると言ってます。人を殺しても10年なのに、殺す意思がないのに20年の懲役となるのは重すぎる、と。


支持できません。人を殺したのにたった10年の懲役にしかならない方がオカシイのです。もちろん、犯人の情状などを総合考慮した上で軽くしたのでしょう。つまり、殺人で10年というのは特例であってそれを比較の対象にするべきではない、と言いたいのです。
今夜1時、外の気温は19度。寒いです、マジで。
こういう時のお風呂と、布団に潜り込むとき、って極楽です。
明日は朝から夕方まで要件事実漬け。また必ず当たります。で、中山先生から、フフフッと笑われてしまうのです。この笑いがコワイのです。

2009年5月28日木曜日

○×







明日、民事法総合演習の中間テストがあります。この科目は民法、民訴、商法の3科目総合科目です。先生が数回ずつ替わります。



で、明日のテストが○×テストなんです。なんでも90問を90分で解くのだそうです。よく分からないのですが、各問題ごとに○か×のどちらかを付けていくのではないか、と思います。なんとなくタイムショックみたいです。



で、出典は何か、みんなあれこれ推測しています。大方は、過去問、条文だろうと。



あるとおもいます(この言葉、好きなんです。プラス思考だから。詩吟をやるお笑い芸人さんの決めぜりふです)。



わたしも昨夜布団で過去問民法を何問かぱらぱらとめくっていました。ですが、旧試験よりも難しいかもしれない、と感じ、しばらく眠れませんでした。



意地悪さもかなり滲んでました。



仕方がないので明日夕刻にあるテストまでは必死に択一過去問を解くことにしました。条文だけ読んでも頭に残らないのは確実なのです。



今朝のインターネットと法の授業で、重たいレポート課題が出されてしまいました。3000字のレポートを書け、というのです。もう、いい加減にしてよ、と思いました。



今夜はとても寒いです。今夜11時ですが、室内温度は21度です。窓を開けると冷たい風がひぃーっと入ってきます。









2009年5月27日水曜日

実力養成

こうやって実力は付いていくのか、と実感しました。4月始め、倒産法の何たるかさえ不覚にも分からなかったわたしでしたが、毎週毎週鍛えられてくると、さすがの忘却犯であるわたしでさえ段々見えてくるようになりました。
恐怖って勉強の為の最強の原動力かもしれません。希望、夢、願望、幸せ、といろいろな動機があるでしょうが、やはり恐怖では、と思いました。その上試験まで後1年を切ってますます恐怖を切実に感じ始めてきました。
 倒産法の授業では朝から6時間使って予習したところ、じゃないところが当たってしまいました。予測が大ハズレ。しっかり予習した箇所よりもずーっと前の、先週やるはずだったところが当たったのです。で、思い出し思い出ししながらウソを答えてしまいました。でもこの授業はわたしにとってとても重要な授業です。
できれば毎週当たって毎回ウソを答えていきたいとすら思いました。というのは、先ほど述べたように、今恥をかいておけば来年の試験の時にきっと役に立つ、と確信しているからです。
時間がない以上、ショック療法を採用するしかありません。恥をかくとそのときのことは決して忘れませんから。
 ただ、この次わたしが当たるのは多分3週間後です。それまでにしっかりと倒産法の力をつけておくぞ、と力んでおります。
 その後の授業は憲法。これがまた中身の濃い授業で、渡邉康行先生と言って、もの凄い実力者です。ただ、外見上はなよなよしてて、おかまっぽいのです。それで一部のロー生はその外見に惑わされて先生をバカにしています。わたしからすれば彼らの方こそ大馬鹿です。この先生、中身は強烈な自信に溢れていると感じました。また、それにふさわしいスゴイ実力を持ってらっしゃいます。ですんで、この先生の授業の時はとりわけ予習が大変です。
 そういうわけで、水曜日という日はハードな授業が二つあり、それらが夕方4時40分から8時までなのに、朝7時過ぎにはローに来ます(今日は寝坊して8時半でした)。

2009年5月26日火曜日

睡魔と闘って負けた

法曹倫理、紛争と心理、歴史と法、と午後から3コマ連続授業、サボったり内職したり爆睡したりする学生が結構居ます。
わたし、こういう周辺科目に限って前の方に座るのです、なぜか。
多分わたし固有のバランス感覚だと思います。必修科目、試験科目では前の方は結構満員になります。ところが周辺科目ではみんな最後尾に座り、前の方は無人地帯となりはててます。そういうとき、先生が可愛そうに思ってしまうのか、無意識に前の方に座ってしまうのです。
今日はこの3コマ全て強烈に眠くて仕方なかったです。
座席と言えば、土曜の要件事実で、先生が、去年の合格者の統計を出していて、それによると要件事実論の授業では黒板に近いところから前2列に座っていた学生の合格者は8人、真ん中は6人、そして最後尾の2列に座っていた学生で受かったのは2人だと。
だから前に来い、というわけです。
天の邪鬼であるわたしは、ならば来年その2人に入ってやろうじゃないの、なんてムキになってしまいました。
第一、前2列に座っていても受からなかった学生もいたのですから。それに、中山先生の声は人並み外れて大きいのです。ですから後ろに座るのが特等席なんだ、なんて言い訳がましいですか。
いよいよ超忙しい週末が近づいてきました。明日は朝7時にはローに着いている予定です。夕方4時までになんとしても倒産法と公法の準備態勢を整えておかねば。
ところで、ちんたら、という言葉の語源、ご存じですか。ちんたらちんたら仕事するんじゃね~ぞっ!なんて叱られるときに使う言葉です。
鹿児島の焼酎醸造過程で出来た言葉だそうです。
むかしの焼酎作りはおっとりしてて、鉄釜で麹を沸騰させ、蒸気になったアルコールを細い管を通して瓶にしたたり落とすのです。
そのときの釜が薪の火で熱くなってちんちんという音がし、勢いが良いのに反し、瓶にしたたり落ちてくる量はたら~ったら~っとわずかばかり。
そういうじれったさをさして、ちんたら、言うようになったそうです。
以上、朝通学途中のラジオから流れてきた雑学でした。

2009年5月25日月曜日

リンゴからオレンジへ







今年に入ってほとんど毎日食べていたリンゴですが、とうとう季節が終わり、最近ではおいしくないです。香りも味も落ちてしまいました。また、割ってみると中は赤く変色していたり、シブい味のするモノまで。



仕方なく昨日オレンジを買いました。せめてすがすがしい香りだけでも楽しもう、その代わりきっと酸っぱいだろうな、とあきらめながら。



で、今日の紛争調停技法の休み時間に食べてみたところ、これがまあ甘いのなんの。すっかり気に入りました。



今日はその調停技法2コマ連続授業の前に、隔週ある刑事弁護という授業でまたまた不意を突かれて当たりました。先々週、40分近く質問をぶつけられたので、まさか今日はないだろ、と完璧に油断、というか、居眠りをしてました。と、突然この前のデジャブが。わざわざマイクまで渡され、9分くらいしゃべらされました。



わたしの話法は、ショートアンサー主義です。結論しか言いません。それには訳があります。昔塾で教えてたときに学んだことです。先生が生徒に質問するということは、その生徒の学力を試すために聞くのではない、ということです。その生徒と言葉のキャッチボールをしあうことでクラス全体に理解をさせようとするためです。



いわば当たった生徒は先生の授業の道具の役割を担うわけです。そしてクラス全体がよりよい理解をするためには推理的要素が必要です。つまり、なんでだろう、という理由を学生に考えさせることが重要なんです。



そのためには、先生が質問したら、当たった学生は答だけを言うのが一番です。なぜなら、学生が答しか言わないとき、先生は当然『なんで?』と聞き返すわけですが、そのとき他の学生達も自分の頭の中で、なんでだろう、と自ずと考えるからです。先生の狙いはそこにあるのです。



まあ、餅つきのような息の合った掛け合いが出来たら先生としてはウレシイ限りです。



それが逆に答を言う前に先に理由から言い始めるとテンポがガラガラっと崩れてしまいます。理由って言い始めたら結構長くなるでしょ?それで先生がイライラし始めるのです。



ですから、芸術的な回答は、出来るだけ単語で答えることです。ただ、それがどんぴしゃのキーワードだったら超カッコイイ答になるのですが、これがもしハズレたら、めちゃめちゃ恥ずかしいことになります。



今日のわたしの答え方は、60点かなあ。なにせ不意打ちを食らってとっさに気の利いた言葉が出てこなかったためかなりあたふたしたもんで。



でもクラスの他の学生達は不思議に思ったでしょう、なんでこうしょっちゅうわたしばかり当たるのか、と。わたのほうこそ一番知りたいです。




停電
















大学全体が停電だそうで、ローに行かずに家で宿題をやってました。





間に合いません。





明日朝7時にローに行ってやるつもりでいます。





夕方、女房の実家まで散歩がてらちょっと歩きました。風が冷たくてびっくりしました。とても気持ちの良い風でした、わたし、そのうち風ソムリエになろうなな。





街中でツバメが頑張っていました。どこにエサがあるんだろう、不思議です。






2009年5月23日土曜日

忙しすぎて

一日があっという間に終わってしまいます。


雑用が多すぎてたまらんです。要件事実論では召使い状態でてんてこ舞いだし、模擬裁判ではみんな異様に真剣に取り組み、手を抜く、とか、相手方と談合する、なんてことをしてくれません。民事法では民事執行法の勉強をしなければならず、歴史と法ではレポート課題が来週火曜日提出、金曜には民事法の中間テスト、来週末までに倒産法の課題提出3通!もう一つの倒産法実務では8番目に当たることが確実、それも倒産法上一番難しいところが。その上その日の公法総合演習用の予習課題がどっさり、木曜には刑訴の予習課題、、、、もう、いい加減にしてくれ!!です。


みなさんにも経験がおありでしょうが、あんまり忙しすぎると、感情がどっかに行ってしまって自分がまるでマシーンになったような、自分を外側から見てる感覚に襲われませんか。もう、次から次へと無感覚に処理していく、気が付くと夜更けになっている、でもなかなか思うように捗らない、それでもやり終えるしかない、一体何時になったら自分の勉強が出来るのか、焦る気持ちばかり膨らんでいくのです。


朝、コンビニで買ったおにぎりすら食べるのを忘れるくらい、追いまくられています。要件事実論の世話人役を押しつけられたのが大きいです。内心こそっと密かに教室の隅で目立たずに地味にやっていく予定だったんです。予習も2時間くらいで終わらせて他の科目に響かないようにしたかったんです。

自主提出の起案も出したくなかったんです。なのに『Aさんは出してないねえ』なんて先生から言われると、出さないわけにはいかないじゃないですか。

『ワシはこんな所に来とうはなかった!』と直江兼継も言ってました。ほんと、その通りです。いやもちろん、ローにではなく、要件事実論の授業に、です。
土曜日がほとんど潰れるのです、この授業で。

と、ここまでは昨夜書きかけて寝てしまいました。
で、今夜もへとへとで、続きを書けません。ただ、今日午後、今年受験した卒業生6人が中山先生に呼ばれてローに来ました。
受験体験や勉強方法などを話してくれました。ほとんど未習の方々でした。
驚いたのは、1回目の試験に落ちて今回2回目だった、と言う人が何人かいたことです。やはりメチャクチャ大変な試験なんだなあ、と実感しました。
しかもロー卒業後はもっぱら一人で勉強を続けなければならず、相当追い込まれます。
2回目受験した人たちは未習でした。と言うことは、ローで3年、卒業後1年、計4年かかったことになります。いや大変です。しかも未だ合格発表前なのです。もしも今年もだめなら、、、、と、彼らの心中を察します。新試験は卒業後5年以内に3回だけ受験できます。それでダメならもう一度ローに入り直すか、再来年から始まる予備試験というのに通らなければなりません。これがまた極めて狭き門になりそうです。
 もうだめです。目が潰れそうです。おやすみなさい。忙しすぎて写真も撮れません。

2009年5月21日木曜日

夢のクルマ

新型プリウスは、燃費がなんとリッター38キロです。わが愛車は10キロ。
もの凄いです。
この新型プリウス、昔からわたしがイメージしていた夢のクルマに近いのです。それは、屋根にソーラーパネルが貼り付けてあって、その発電力で室内の換気をするのです。
ところが、トヨタは2年後くらい先にとうとうわたしの夢を実現してくれそうです。そのソーラーパネルで発電した電力でクルマを動かすのです。なんてこった、です。しかもプラグインといって、家庭のコンセントからコードを引っ張ってきてまるで電化製品のようにジャックに差し込めば簡単に充電もできます。
 ガソリン消費はますます減ります。リッター50キロくらいまで行くのではないでしょうか。そしたら、100キロ走るのにガソリン代はたった240円で済みます。我が愛車だと800円かかります。
で、単純に10万キロ走ったら、24万円と80万円、うっひゃ~です。
 
今日は夕方、猛烈な夕立がありました。雷も。そんな中で勉強するって、なんだかウキウキしてしまいます。わたし、雨とか嵐とか雷とか霧とか雪とか、そういう自然現象の中にいると嬉しくなって興奮状態になるんです。みなさんはどうです?わたしの母は、とにかく雷が怖ろしくて、雷鳴が轟くやいなや家の中で縮こまっています。飼っているわんこもそうです。二人?そろってブルブル震えています。
結局ローに夜10時まで居て要件事実の起案と模擬裁判のチャート図を作ってました。明日、民事法の授業で民事執行法の知識が必要なので、そのためにわざわざ高価な民事執行法の講義テープを買ったのですが、ちょびっとしか聞けてなく、焦っています。

2009年5月20日水曜日

明日から裁判インコ開始

裁判員制度について、みなさんはどうお考えでしょう。わたしははっきり言って反対です。その理由は、①裁判員という素人が刑事裁判の、しかも重大犯罪に関与することについての能力の問題の他に、②公判前整理手続という制度が気に入らないからです。
 まず①について、素人がいきなり殺人だとか強盗強姦殺人なんかの事件の陰惨で凄惨な犯行現場やら被害者の遺体なんかの写真を見せられて正常な判断が出来るだろうか、極めて疑問です。裁判にも素人的判断が必要だだなんて言ってますが、素人は重大犯罪に遭遇するなんて一生に一度あるかどうかなんですから、そんな滅多にお目に掛からない異常な行為について素人的判断なんてのが出来うるのか、ごく普通のおじさんおばさんたちに、お前が殺したんだ、と目の前の人間を弾劾することができますか。
②しかし最も危険なのはこちらです。5日間くらいで集中的に審理をして判決まで出す、と言うことだけ見るといかにもスピーディで大変結構な制度のように見えます。でも素人が5日間で判決まで出せる、なんてあり得る話でしょうか?
これにはカラクリがあるんです。裁判員さんたちは旅館に泊まるお客さんにすぎないんです。体一つで旅館に行けばちゃーんと部屋と料理がお膳に並べられている。客さんは自分たちの目の前に並べられた料理をただ座って食べるだけなんです。
材料の調達、調理、盛りつけ、配膳、それらは全て専門家である裁判官、検察官、弁護人達が非公開でチャチャチャッと事前にやってしまっているのです。
ですから裁判員達は決して生の事件を見ているのではありません。専門家達が、これがあなた方が味わう生の事件ですよ、なんて言いながら予め調理済みのものを生の事件だとして食べさせられるだけなんです。しかも食べやすいように調理されてしまっているので、かえって真実から遠くなるという危険性が増大します。
 裁判所は、審理の迅速化のためには整理が必要だと言います。けれども今までは二人証人尋問できたものがこれからは一人で十分だ、と『公判前に整理』されてしまう結果、被告人の防御の保障も弱くなるのです。
 ふつーに考えても、今まで何ヶ月もかかっていた審理が急に5日間で判決まで出るなんて、どう考えてもオカシイとおもいませんか。
 わたしの対案は、裁判官を倍増することです。いや、三倍増です。弁護士も検事も増員させます。そしたら各一人当たりの担当事件の負担も減り、それこそ迅速で集中的な審理が、しかもじっくりと審理できるのです。費用は、そうですねえ、自衛隊のF163機分くらいですか。安いもんです。

もっとも、裁判員制度にはメリットもあります。国民が裁判に主体的に参加することは民主主義発展のため(国民の意識向上)には良いことだからです。
 でも、ですよ。だったら今の裁判所の傍聴席は満員ですか?和歌山毒カレー事件とかホリエモンなんかの有名な事件以外、ほとんど場末の映画館じゃないですか。市民の司法への参加を言うのだったら、まず傍聴席を満員にすること、さもなければ法廷をテレビ中継することから始めるべきです。それだけで国民の司法参加効果は格段に上がります。 もっと言わせていただくなら、小中高の必修課外授業にすればよいじゃないですか、傍聴を。そういう増員とか傍聴教育もしないでいきなりおまえは明日から裁判員だ、だなんて急に言われて、はいそうですか、と言えますでしょうか。国民をバカにしてるんじゃないでしょうか。仕事をほっぽらかして裁判所に来いと命令してるんですよ。
 まったく、机上の空論、地に足が着いていない出来損ないのヒドイ制度です。
早晩裁判員制度は換骨奪胎されて形骸化すると思います。日本でもかつて大正時代にはアメリカと同じ陪審員制度があったのですよ。でも使われなくなってしまいました。同じ轍を踏むことになると思います。

 みなさんはどうお考えでしょうか。

2009年5月19日火曜日

チューター会議飲み会











箱崎の由緒正しい焼鳥屋さん、藤よしで開かれました。総勢8人。1年生、2年生、3年生が数人ずつ集まってチューター役の先生とお話するのです。




良いことだと思います。




チューターの先生は木佐先生という行政法の先生です。おそらくロー一番著作の多い先生です。個性的な先生です。




先生への質問役はもっぱら最年長のわたくしめが担当しました。どの先生も本質的には話し好きです。しかも若い学生達と飲んだり話したりするのが好きです。




でも、ギャップというか、若い学生には話のネタが少なく、若干盛り上がりに欠ける所があったかも。




わたし自身はとても興味深かったです。参加して大成功でした。とりわけ、弁護士になった後仕事があるか、とか、どうやってスキルを手に入れるか、とか、有益な話を聞けました。




それと、この焼鳥屋さんは相当古くからやっているので、仲居さん達というか、おばちゃん達の平均年齢はおそらく70歳代ではなかったかと。




それが店の雰囲気とマッチして昭和ワールドにどっぷり浸ることが出来たのです。居心地良かったです。ただちょっと高かったかも。締めのご飯類も出ませんでした。替わりにデザートとしてスイカが出ました。今年初スイカでした。

2009年5月18日月曜日

新型インフルエンザ







パンデミックが始まったみたいです。ローの学生で先週金曜に実家の大阪に帰り、今日昼戻ってきたヤツがいます。彼はマスクをしてやってきました。




ちょっと恐かったです。神戸や大阪で感染が拡大しているようなので。




でも、この新型インフルエンザの毒性ってどれくらい強いのでしょうか。なんかマスコミははっきり言ってくれません。ですんで、恐怖心だけが一人歩きしているのではないかとも疑ってしまいます。




はたしてエボラ出血熱とかコレラみたいなおっそろしい病気なんでしょうか。そこんところが今ひとつ分からないのです。




 話変わって、きょうの夕方からの紛争調停の技法という授業で、レビン先生が言ってました。去年卒業し、司法試験に受かった修習生からメールが来た、その内容は、今やっている修習でレビン先生の授業で学んだ調停技法の知識経験がとても役に立っている、と。



その通りだと思いました。メシの種なんです、この授業は。だのに若いロー生にはそれがわかっていません。おそらく、調停の本質が人間心理の観察、洞察にあることに気が付かない、というか、彼らの多くが小さい頃からそういう人間観察経験をしてきていないことに理由があるのだと思います。



なんて、不遜なことを吐いていますが、そういうわたしだって塾講師やバイトでいじめられしごかれたからやっとのことで分かりかけてきたにすぎないんですが。今でも塾でこき使われていた時のことが夢に出てきます。



 あ、それと、若い人たちは本を読みません。小説もドキュメンタリーも。好奇心や興味の幅が狭いです。



 そういう人たちには、山岡壮八の徳川家康を是非読んでもらいたいです。



今週は楽だなあ、なんて油断していたら、なんと倒産法の提出レポートが3題もあることに気づき、いっぺんで地獄に戻ってしまいました。それから、民事法の中間テストが民民訴商の択一試験なんだそうで、これまた新試験の択一問題を解いて練習しておかなければ。



しかも要件事実の自主提出の課題も。自分では出したくないのですが、先生が『なんでAさんのレポートがわたしの手元にないのかなあ』なんて意地悪な言い方をされるので、レポートを出さざるを得なくなり、またまた手間の掛かる事が増え、うんざりです。

2009年5月16日土曜日

要件事実論って、、、







だんだん分かってきたかなあ、なんて思っていたところ、見事にすくい投げを喰らいました。



要件事実論の先生は中山先生、元裁判官です。多くの現役裁判官、弁護士を指導してこられたとんでもなく有名な先生です。教えることが大好きで、朝10時半からのAクラスの授業が12時の終業時が来てもなお20分近くオーバーします。その後、学生達の質問攻めに会います。おおむね丁寧に答えます。ただし、教科書に書いてある基本について質問すると、口調が変わります。もっとちゃんと基本書を読みなさい、と叱咤します。



その後、10分くらいしか休まずにすぐ次の午後1時からのBクラスの授業が始まります(同じ中身の授業を2回するのです)。



それが2時半に終わるはずなのにまたしても20分オーバーします。で、また学生の質問を聞きます。そして休みをとらずにノンストップで補講をします。それが大体1時間。スゴイです。しかも2クラス合計80人の学生の名前と顔を全員覚えています。



 先生は、毎回、その日の授業で分からなかったところや感想などを8人ほど指名して翌週月曜までに紙に書いて提出させます。それをもとに次回追加説明をします。またそれ以外に5人ほどを指名して彼らには次回の予習を担当させて、分からなかったところを同じように書いて提出させるのです。



先週わたしは、当日授業で分かったところを自分なりに纏めて提出しました。きっと先生に評価されるだろう、なんて期待しながら。



 ところがどっこい。今日の授業で、わたしが書いた中身を先生は読み上げ、一つ一つどこが良くないか、それは厳しく指摘されたのでした。



 わたしは子ネズミのように小ちゃくなってしまいました。けちょんけちょんと言ってもいいくらいダメだしをされたのです。



 かなり恥ずかしい思いをしました。



 まあその後先生はフォローはしてくれましたが。みんなもAさんのように自分の理解したところが正しいかどうか指導を仰ぐことが大切だ、なんて。



 



 今日先生が仰った言葉で、痛烈に我が身を突き刺したモノがあります。



それは、『量は質を変化させる』と言う言葉でした。



何度も何度も練習したり書いたり読んだりすることで、理解や答案の質が向上するのだ、と言うことです。グサグサッと来ました。



またしても体が縮んでしまいました。



 それにしてもこの要件事実の授業ではマジ、毎週先生はわたしをターゲットにしてくれます。もうあきらめて先生との逢瀬を楽しむことにしました。
今日は雨が降ったりやんだり晴れたりとめまぐるしく変わりました。でもなんとなく夏の匂いもしました。



2009年5月14日木曜日

寒くて暑くて爽やかで






一日でのうちでころころと気候が変わります。今朝はちょっと失敗しました。薄手のウィンドブレーカーだけで大丈夫だろうと思ってバイクに乗ったところ、ローに着いて朝一の授業が始まると鼻水がでるわくしゃみは止まらないわで、また風邪をぶり返したか、と怖ろしかったです。



朝一の授業というのは、インターネットと法というもので、鹿児島、熊本のローとネットでつないで同時授業を行うものです。1ヶ月前と比べて出席者数ががた減り。内容は為になるのですが、どうもパワーポイント授業というのは、便利なようでイマイチ頭に入りにくいです。先生のホームページにアクセスすると、そこに本日の授業に関するパワポで作成されたレジメが出てきます。それをダウンロードできますし、保存も出来ます。



大学から無料でパワポソフトを入れられたのでわたしのパソコンでは先生が造ったパワポレジメを自由自在に利用できます。たしかにそういう点はありがたいです。膨大なレジメをいちいち写す必要がないからです。



でも、パワポって、逆に自分の手を使わない分脳みそにも入りにくいです。また、パワポの画面の中にぎっしりと判例のまとめが載っているので、情報量が多すぎてとても消化できません。授業が終わった後、今日はいったいメインは何だったのだろう、と分からなくなります。



 昼間、模擬裁判の打ち合わせがありました。これがまた変な感じでうっとうしいんです。手探りで実際の民事裁判を体験していくのですが、やり方に習熟していないので、先が全く見えません。わたしは原告団に属しており、11人でグループを形成しています。で、事案が分かったような分からないような事案で、わたしならこうするけどなあ、というアイデアがあるのですが、うまくみんなと共有できていません。



それで明日昼までにわたしが第1準備書面を作成してみんなにプレゼンしなければならなくなり、苦しんでいます。仕方がないので、思いの丈を全部書き込んでやりました。明日みんなに袋だたきに合いそうな気がします。みんなどんな顔をするか、楽しみです。



来週からなぜか飲み事が多いです。チューター会議といって、1年2年3年各4人くらいずつが一人の先生のもとに集まって仲良くなるというシステムです。縦の関係で面識を造ろうと言うことだと思います。良いことです。見たところ、新入生が上級生から何かを積極的に学ぼうという気風が少ないです、このローには。もったいないことだと思います。



 その点、いまやっているこの模擬裁判はわたしが知らない、未習クラスの学生が大半なので知り合いになれる良いチャンスです。優秀な学生が結構いますし、刺激になりますから。

 そういうわけで、準備書面作りのために夜10時までローにいました。まだたくさん残っていました。みんな本当に自習室が好き


2009年5月13日水曜日

気が付けば500越え

この前投稿が400を超えた、と言ってたのに、今日のこの投稿ではや508投稿です。いやはやなんとも。こんな怠け者のわたしがよくもまあ500回も続いたモノよ、と驚いております。
これからもごひいきのほど、よろしくお願いします。
 さっき、別の投稿を下書きしていたのですが、長ったらしくなってしまったのでカットしました。
 ひと言で言うと、今日の租税関係の授業で運良く答えることが出来てホッとして嬉しかった、ということだけです。それだけのことを長々と書いてしまったのです。ちょっぴり自慢心が出ていました。反省。
 ただ、この租税法の先生、ワタナベ先生は若いのにとても優秀な学者です。エルエーとハーバードと、2回も留学してます。その先生の質問に答えられたので増長してしまったのでした(とまた自慢が!)。答え自体はショーモないだれでも知っている事柄です。ですが質問の仕方が分かり難かったので誰も答える人がおらず、たまたま質問の真意に気付いたのでその当たり前の答えを言っただけなんです。
 もっとも、学生から自主的に手を上げて答えさせる先生でしかも答えた学生には出席簿にチェックを入れるので、手を上げて答えないと成績に響くのです。わたしは今日の授業で、このノルマをクリアすることが出来、とてもホッとしました。しかも、わたしがしゃべった時間はわずか8秒ほど。それでも先生は「オッケー」と言ってくれたので、とっても儲かった気分になったのです。
 今週のハードな授業はほぼ終わりました。いや~うれしいっす。
残るは民事法、抵当権の問題です。これは判例とテキストをじっくり読めばなんとかなりますし、有り難いことにその時間もありそうなのです。
 咳もようやく止まり、体調も回復して来つつあるのでやっと一息付けそうです。

新司法試験

13日、水曜日から新試験が始まります。来年わたしが受ける試験です。
さぁ!あと一年。身が引き締まる思いです。
と言いつつ、咳が止まらず往生しています。きょうも昼から3コマ連続授業で授業中咳こんでしまいました。
 明日は破産法の授業があるので朝からひたすら教科書と条文の読み込みをしなければなりません。体力が持つか、不安です。
ではみなさまおやすみなさい。

2009年5月11日月曜日

択一試験






















今年は妙に易しかったのだそうです。西南大学が試験会場で、わたしはローから慌てて自宅に戻り、そこから早足で西南大学まで、14分間。試験が終わるのが午後5時、わたしが汗びっしょりで着いたのが5時3分。まだ誰も会場から出てきていませんでした。







と、建物からぞろぞろと受験者たちが出てきました。そこには沈黙しかありませんでした。ウキウキしている人は皆無。若者も若干いましたが、メインはおっさん連中。白髪姿が多かったです。ツルツルも。







福岡の受験生は1000人ちょっと。その中から択一合格は100人を切るでしょう。悲惨な試験です。







何人か知り合いと話しましたが、結局総勢5人で打ち上げ。この光景はもう何十年も変わりません。中の一人、O君は飲み始めてしばらくするともう沈没。相当きつそうでした。







来年の今頃はわたしも新試験直前かと思うと、身が引き締まります。







自宅に辿り着いたのは夜10時ころ。さすがにわたしもバタンキューでした。














 今日の授業では、40分近くわたしともう一人とが集中的に先生から質問攻めを受けまして、これまたへとへとになりました。







刑事弁護論という授業で、上田先生という有名な弁護士が教官です。お題は本庄市保険金殺人事件の弁護人に対する検察官からの懲戒請求事件です。







昔有名になった、愛人を何人も囲ってパブをやらせ、彼女らを支配し、競わせてしまいに客にトリカブトや風邪薬を大量に飲ませて殺した(無理矢理自殺させた)事件です。男はマスコミの取材に対して自分の経営するパブで有料記者会見を毎夜開いていました。







で、弁護人が拘置所内にいる共同被告人から彼の書いたノートを受け取ってもう一人の愛人だった被告人に渡したことが、証拠隠滅や虚偽の供述のそそのかしにならないか、と言う問題でした。







 わたしは弁護人はどんどん渡して良い、という説、もう一人の当たった学生は、いや弁護人はそんなモノを受け取ってもう一人の被告人に渡してはならない、と言う説。先生は私たちに両説の見地からそれぞれの主張と相手に対する反論を言わせたのです、授業中、みんなが聞いている中で。それが30分以上続き、そのあと先生はわたしだけに向かってまたしてもいろいろと突っ込んできたのです。







なんでオレだけこんな目に合わなきゃならないんだろう?不思議でしょうがなかったです。それくらい授業の前半はほとんどわたしがしゃべっていました。







 ただ、一点、口から出まかせ的に無意識にわたしの口から出たセリフに先生は激しく反応されました。そしてわたしのしゃべったことをそのまんま黒板に書いたのです。えっ!これはしまった!まずいことを言ってしまったかも、とわたしは動揺しました。先生はわたしの言ったことを書いてそれでわたしをジクジクといじめるつもりだな?と思ってしまいました。一体いつまでオレをいたぶったら済むのだ?でももうよか。なるようになれ、だ。しかしまあなんで40分間もオレばっかり当て続けるのかなあ?と頭の中は後悔とあきらめと、でもなんとか食い下がってやる、ギブアップ宣言だけはせんぞ、という腹をくくったところもありました。






 と、先生は、「さきほどAさんが極めて的確に言った言葉ですが、、、、」と、なんとなんとわたしのセリフを高く評価してくれたのです。我が耳を疑うとはこのことでした。瓢箪から駒でした。ああ、これでこの40分の苦闘が報われた、と内心でガッツポーズしました。といっても本当にまぐれ当たりだったんですけど。












その授業の後は、レビン先生の調停技法が2コマ連続。こちらは段々と面白くなってきました。実際に調停の練習を学生同士グループ分けして実施するのです。とても良い教訓を得ました。













2009年5月9日土曜日

明日は試験

従来型司法試験もいよいよ明日ゴングが鳴ります。択一試験です。今年も1万8千人が受験するそうです。で、明日の択一に受かるのはおよそたったの千人だけ。18人に一人しか択一に受かりません。
その後、7月中旬に、択一試験合格者1000人が論文試験を受けます。で、その中から論文試験に受かるのは約100人。10人に一人です。
当初の総受験者数からすると180人からたった一人だけが論文試験に受かるのです。その後は口述試験がありますが、こちらはほとんど落ちません。
とんでもない試験です。絶望という二文字が頭から離れないような怖ろしい試験です。
そんでもって明日の択一試験というのがまた強烈に難しいんです。この世の中には異能の人というのがいて、例えば超暗記力とか暗算能力とか、スゴイ才能を持った人がいます。択一試験でも、めったやたらに早く解くことが出来る人がいます。そんな人にはとてもかないません。そういう特殊能力を持った人が日本には数百人以上います。そういう人に勝たなければならないのです。
しかも、そういう人に限って、論文作成が苦手なんです。ですからそういう人は毎年択一には受かるけど毎年論文に落ちる、というわけで、年々そういう人が溜まっていき、終いには数百人以上になって今日に至っているわけです。
 わたしはとても太刀打ちできません。無理です。ローに入るとその旧司法試験ルートではなく、新司法試験という全く別の独立したルートの試験があり、こちらは逆に択一試験よりも論文試験の比重が圧倒的に高いです。しかもこっちは択一試験と論文試験が同時にあるので、受験生は両方の準備を同時にやらなければなりません。そして、択一試験の点数と論文試験の点数を合計して総合点を出すのです(その際、択一試験の合計点はかなり縮小されるので択一試験でとてつもなく良い点をとってもそれほどアドバンテージになってくれません)。
というわけで、わたしには新試験の方が合ってます。その上約1万人が受験して2500人も受かります。旧試験と比較にならないほど受かりやすいです。
明日旧試験択一試験を受ける人たち、あんたらは偉い!それしか言えません。

話変わって、、、、

朝7時に自宅を出てローにバイクで行くときは冬用ジャンパーで。午後になるとロー内では半袖のTシャツ姿も。一日の気温差の激しさのせいか、風邪を引いている学生が多いです。

今日は土曜日ですが授業もあってます。わたしは要件事実論を受けています。この授業は中山先生という元裁判官、現公証人の先生が午前中1コマ、午後も同じ授業を1コマ教えてらっしゃいます。

とにかく教えることが大好きな先生で、同じくらいというかそれ以上に学生のことが大好きな先生です。予習も完璧な上、学生の名前と顔をちゃんと頭に入れて来られるのです。しかもその日の授業が終わる際、10人ほどに指名して今日の授業の感想、疑問点を紙に書いて次の月曜に提出させるのです。

 ここで気をつけなければならないのは、たくさん書くとエライコトになる、ということです。なんとなれば、先生はその紙をつぶさに読み込んでこれまた頭の中にたたき込んで来られるので、次の授業ではたくさんの感想、疑問点を書いた学生が集中して当たるからです。

 今日の授業に関しては、わたしはなんのしがらみもなかったので、そう毎回毎回当たるわけ無いやろ、なんてくつろいで授業を聞いていたのが大間違い。よほど先生に目を付けられたのか、今日もまた当たってしまいました。

 要件事実というのは、ここだけの話ですが、なんでそうなるの?と言う疑問を持ち始めたらもうきりがないくらいワケの分からん道具です。とことん突き詰めたなら理由が分かって思わず膝を打ってしまうくらい納得するのですが、なぜかきちんとした理由を書いてくれようとしない、えげつないくらい不親切な科目です。

 中山先生はそれをなんとかしておバカな学生に分からせようと、くどいほど繰り返し噛んで含ませるようにして教えてくれます。ほんとに有り難い先生です。

風邪はすっきりと治ってくれません。まだ根っこが残っている感じです。
なのに明日は朝から団地掃除。その後課題予習、そして夕方、択一試験を受験した友人とお疲れ会を。

2009年5月6日水曜日

サヘル・ローズとシューベルト






















発熱で頭が回らない状態ですので、これから先はうわごとを吐いていると思って読んでください。









このところ、クルマでローに行くときは車内でほとんどいつもシューベルトを聴いています。









なぜかというと、すがすがしい音楽だからです。シューベルトってきっと清潔感あふれる人物だったに相違有りません。というか、純粋なんですよ、良くも悪くも。モーツァルトのような天才のひらめきも濃密さも少ないし、ベートーベンのような迫力と情熱も少ないし、スラブ系作家の情緒も少ない。けれども、誰よりも純なんだなあ。朝聴くと5月の朝の少し肌寒いけど澄み切った青空にぴったりなんです。もっと言うと冬が終わりかけてもうすぐ春だというときの早朝、きりりと引き締まった空気のような音楽です。









決して11月の秋の青空ではないんです。11月はというとこれはもうスラブ系の独壇場です。秋冬はチャイコフスキー、ドヴォルジャック、ラフマニノフ、スメタナ、敢えて付け加えるならゲルマン系ではブラームスくらいかなあ。









 話を戻すと、シューベルトがこれほど素晴らしい音楽家だとは思ってませんでした。深い音楽性哲学性は無いかもしれません。でも音がピュアーなんです。聴いていると頭の中の不浄なものが洗い流される、そんなすがすがしさを実感します。今までドイツ人の作曲家はあまり好きではないと思いこんでいたわたしは穴があったら入りたい思いです。








 そういえばロー生でフランスかぶれがいて、1950年代の文化大臣だった作家のアンドレマルローの言葉を引用してました。マルロー曰く、インドはリリジョナルだが日本はスピリチュアルだ、と。つまり、インドと言う国は宗教が濃密な国だが日本は自然のどこにでもスピリットつまり精霊が潜んでいる、と言う意味だそうです。








 その言葉を思い出して、ああなるほどなあ、シューベルトってどっかスピリチュアルなところがあるなあ、と感じました。シューキョー、とコテコテにキリスト教に入れ込んでいるわけでもないんです。いつも遠くを見つめている、世俗と切り離された純粋な魂を感じるのです。









 









 話題を変えて、この前偶然NHKを見てたら、絶世の美女、これこそかの楊貴妃である、とアゴが外れるほどの美人が出演していました。









 イラン人のサヘルローズさんです。昔で言うならペルシャ人です。









ちょっと肌は濃いめですが、背筋と首筋がすらーっと伸びて、8等身、小顔、面長、目はパッチリ、鼻は小振りでちょっと上向き、口は上品でやや肉厚気味、









実にノーブルな顔立ちです。嫌みが全くありません。すっきりした顔立ちです。どちらかというと中性的な感じさえします。









かの大唐帝国の玄宗皇帝の愛姫楊貴妃もペルシア人(ソグド人とも)だったのではないでしょうか。というのも、楊貴妃の出身地は蜀の国、今の四川省、と西方です。しかも玄宗皇帝から皇帝の座を奪おうとした安禄山はソグド人、つまり今の中央アジアのサマルカンド付近にいたペルシア系民族出身でした。







さらに安禄山はなんと楊貴妃の養子になって出世したのです。この二人には何か共通するモノがあったはずで、それはわたしのみるところ、どちらも同じ民族だったのではないだろうか、ということです。ゆえに楊貴妃はサヘルさんのような容姿だったのではないだろうか、と思ったのです。       







 海音寺潮五郎は、奈良時代にペルシア人達が大勢日本にやって来たであろう、と書いています。彼らは鼻が高く長く目も大きかったので、天狗のモデルとなったとも。そして彼らは定着しないでジプシーのような移動生活をして、歌舞や芸を見せて放浪していたので差別されてクグツという蔑称で呼ばれた、とも。多いにあり得る話だと思います。







 我が日本人ほど混血化の進んだ国民はいません。純粋の日本人の中にも一目見ただけでこの人はインド人、あの人は東南アジアの人、そっちの人は中国系、、、とどう見ても日本人に見えない日本人が一杯います。逆にどうかするとタイやベトナムのひとで日本人そっくりさんがいますし、ブータンとか雲南地方に行くとそれこそそっくりそのままです。中央アジアのウズベク族やウイグル族にも日本人そっくりがいます。







 はなしがアジア中にぶっ飛んでしまいました。ついでにトリビアを一つ。イランという国の名前は「アーリア」から来ました。つまり、イランはアーリア人の国、すなわちヨーロッパ系民族の国、と言う意味です。去年大学でエジプトに留学してきたという学生に話を聞いたとき、中近東のイスラム諸国はほとんどどの国も言語が共通しているが、唯一イランだけは民族が違い、言語も違う、と言ってました。イラン人ってどちらかというとヨーロッパ人にとても似ているということです。







 なんでサヘルさんのことでここまでずれたのか、ワケが分からなくなってしまいましたが、とにかくサヘルローズという女優さんは類い希な美女です。







後でネットで調べたところ、イランイラク戦争で両親と6人の兄弟全てを爆撃で殺され、がれきの下敷きになっていたのを後に養母となる女性に助けられ、その女性の元に引き取られたもののその女性は嫁ぎ先から追い出され(サヘルさんを引き取って育てたのも原因だとか)、親戚が日本にいたのでその人を頼って二人で日本に来たのだそうです。この養母と養女の親子の深い絆には感動しました。サヘルさんの大きな目からこれまた大粒の涙がこぼれだしたときは、広隆寺の弥勒菩薩を思い出してしまいました。仏像の姿もヘレニズム文化、つまりインドとギリシャが融合してアフガンやペルシアで生まれた文化ですからどこか似ているのでしょう。







 風邪の妄想も体力が尽きてしまいました。 長らくおつきあい下さりありがとうございました。おやすみなさい。

2009年5月5日火曜日

ノドが、体の節々が、




日曜、女房の実家の手伝いをしたら汗をかいてしまいました。で、風邪をひいてしまいました。




ヤワなヤツです。実家に電話すると、なんと父母義理の姉と、3人が熱を出したそうです。


今時、発熱したなんて言うと豚インフルエンザと疑われてしまいそうでこわいです。


昨日はゼミがあったので無理してローに行きました。図書館2階のゼミ室でやっているのですが、2階ロビーで偶然旧試験からの知り合いに出会いました。わたしよりもおっさんです。その人の連れで、韓国からの留学生と知り合いになりました。日本語ぺらぺら。行政法の大学院にいるそうです。


 夕方、ゼミが終わり、天神の辰巳に民事執行法の講義テープの申し込みに。3万5千円。この学者さん、和田吉弘さんといってもの凄く良い先生です。東大出、司法試験合格、裁判官、大学教授、と優秀を絵に描いたような人。しかも講義がうまいんです。


 辰巳では4月末までフェアーをやっていて、それまでに申し込むと2千円ほど安くなったのです。辰巳の責任者のお兄ちゃんは融通が利かないので、フェアー価格でない一般価格で取りました。


 ちょっと東京の本社に電話して頼めばフェアー価格にしてもらえたものを、と彼のへたくそさにがっかり。


 で、辰巳からローに帰る途中、夕立が降ってきました。風邪を引いている上に雨に降られたらたまらん、とバイクをコンビニに止め、中で雨宿り。


 雨が小降りになるのを待ってローへ。着いたら発熱しだしたので切り上げて帰宅。夜9時から今朝8時まで11時間寝ました。うがいは10回以上して寝たし、半熟卵とバナナのお陰でのどの腫れは大分納まりました。ただ、リンパ腺が腫れたようで節々が痛みます。熱は、たぶん37度くらいだと思います。体温計で測り始めると気になってしまうので計りません。


 今日はそういうわけで自宅にいて明日提出の課題の清書と破産の勉強をたら~りたら~りやってました。


2009年5月4日月曜日

大学ノートの裏表紙に、さなえちゃんて書いたの






















中学高校と、深夜のラジヲから流れてました。RCサクセション。ご存じない方も多いでしょう。忌野清志郎さんがフォークをやっていた頃の歌です。









当時は、正直、すぐ消えるバンドだなあ、と思ってました。変な声と変な歌、妙にだらだらしてて気持ち悪いなんて思っていました。なんてったって拓郎が一番でした。高田渡とか高石友也、岡林信康はおっさん臭く、陽水は暗すぎ、清志郎はキワモノと見ていました。フォークソングは学生紛争と一体になって社会全体の雰囲気を表していました。







その後、四〇台で復活、良い歌を歌うようになっていて驚きました。明るくて元気が出る歌でした。わたしの好きな歌手になっていました。







寂しいです。あの変な声と変な歌い方がもう聞けないなんて。







ガンってほんとに恐いです。














土日は田舎に帰り、行きと帰りの途中、女房の実家で片付けの手伝いを。結果的に休み二日間の使い方としては充実していました、自分の心の気がかりが消えたと言う意味で。







明日からまた勉強できるので、大変有り難いです。しかも、今週の授業は木金土だけ。行政法と倒産法はモラトリアムが出来、嬉しい限りです。







田舎で飼っているバカッチョ犬、チャコはただいま抜け毛の真っ最中で、ちょっとさわるとバンバン抜けます。お陰でシャツもフリースもズボンも毛だらけ。







 そんなチャコと朝散歩に出ると、家の近所の田んぼでチャコが立ち止まったまま動かず、ウウウゥ~と畦に向かって唸っています。またちっちゃな虫とかを見つけたんだろう、と思いつつ、犬の目線の先を見ると、細くて小振りのヘビが草むらの中、じっとしていました。ああ、どこに出もいる青大将だろう、と高をくくりつつ、でも初めて見る形だなあ、頭が妙に小さいというか細いというか、体全体のバランスからして小顔なんです。しかも赤い目がとても小さくて、かえって不気味な感じがしました。体の色は薄い茶色、これは何の変哲もない色でした。ところが、わたしがそばに落ちていた棒を拾ってそのヘビを突いたところ(ヘビからおよそ六〇センチくらいの距離でした)、そのヘビはゆるゆると頭の向きを変えてわたしと逆方向にジワッジワッと動き始めました。そして、しっぽをわたしに向けました。







すると、そのしっぽがまるでガラガラヘビのようにピンっと立ち上がり、そして何と震えるように震動し始めたのです。そのとき、シリシリっとかシャカシャカっと言う音が聞こえてきました。







オッ!これはなんか危ない感じがするぞ、と思いました。そこで犬をそのヘビに向かってけしかけようと、首輪に結びつけたひもを引っ張ると、犬は地面を踏ん張って断じてそっちには行かんぞ、と、強固な意志をもってわたしに抵抗しました。







そのとき、不覚にもデジカメを持っていなかったので、ヘビを撮る事が出来ませんでした。







家に帰ってオヤジに言うと、「それはマムシじゃ。見つけたらうったたいて殺さにゃ!」と。







えー!!あれがマムシなのか!家からわずか四〇メートル先の田んぼにあんなのがいるのか!







と、ぞ~っとしました。で、デジカメを忘れてて良かったなあ、とも。だってもしも至近距離から撮っておこうなんて気が持ち上がったら、きっとモット近くによって写そうとしてたでしょう。そしたらどーなってたか、想像しただけで震えが来ました。







わたしの人生がもうちょっとであっけなく終わるところでした。やれやれ。

2009年5月2日土曜日

クラス全員集中
















今日夕方の公法総合演習の授業はもの凄かったです。①誰一人爆睡も内職もせずに全身耳にして先生の講義を集中して聴いていました。②先生が数日前に出しておいた問題を予習してきて、先生に当てられた学生が答える、というやり方だったのですが、ほとんど全員すげ~量の予習をしてきていました。そこまでやるか、と思うくらいでした。③その、先生が出した設例がまたスゴク良い問題で、本試験さながらでした。考えれば考えるほどいろいろと問題点が現れてきて良問というか傑作ではないかとさえ思いました。④そして、学生の受け答えがもう、スゴイのひと言。予習というか勉強というか、理解の幅と深さに驚嘆しました。⑤最後に、先生の解説がまた広く深くで、、、、、。





これ以上書くと差し障りが出そうなので。





いや、内心焦りまくりました。このままじゃあ負けてしまう、と。





今日は朝8時にローに着き、夕方4時半まで授業がないのでひたすら自習室で倒産法と行政法の本を読んでいました。ところが、4時半からの倒産法が休講になったので、結局朝8時から夕方6時までほとんど机にしがみついていました。でも、やはり一番能率が良いのは午前中です。この生活を10年前、いや20年前にしたかった、と思いました。