2010年12月28日火曜日

8000万円







長らくサボってしまい、申し訳ありませんでした。下書きはいくつも書いてたのですが、いつも気に入らなくて途中で止めてました。








足利事件で再審無罪を勝ち取った菅谷さんが受け取る刑事補償費用です。




拘束期間が6395日(!)、一日あたり1万2500円の費用、で合計約8千万円です。




安か~、って思いました。




6395日というと、約18年間です。その18年間、菅谷さんは檻の中に閉じこめられ続けてきたのです。




ただでさえ気が狂いそうな長さなのに、それ以上に、やってもいない犯罪の犯人にさせられて閉じこめられたのです。いや、想像するのもコワイです。




その代償がたった8千万円。なんで?と思いました。




しかも、自腹で頑張った弁護人への支払ももの凄い額になりそうです。








本当にこれで良いんでしょうか。








☆このところ、いろいろと雑事が多くてイライラが募っていました。でももうすぐ大晦日、正月。おしりに火が付いて真っ赤っかであっちっちです。、




今もローに居ますが、このままずっとローの自習室に居て寝泊まりしたいくらいです。田舎に帰る時間がもったいなくてまたイライラしそうです。ですが年老いた両親を安心させるためには一泊はしないと。




☆☆ところが大晦日はどうも九州でも猛吹雪らしく、はたして無事にたどり着けるか、ちょっと、いえ、だいぶ心配です。




福岡から宇佐に行くには3ルートあります。一番長くて一番景色が良いのが日田ー湯布院経由、次いで、海岸線に沿って、福岡ー北九州経由ルート、これは、高速に乗れば早いですが、値段が高いです。




一番近くて安いのが福岡県のど真ん中を突っ切ってほぼまっすぐ宇佐に行くルートです。




ところがこのルートには難所があります。焼山峠です。福岡と筑豊の飯塚を隔てる焼山峠は、大雪地帯なのです。




数年前も大雪で、北九州経由で帰りましたが、そのときはもう、大渋滞もいいとこでした。



明日の大晦日は多分北九州経由で帰ることになりそうです。平地でも雪が積もる、なんて言ってますから相当な難行苦行になると覚悟してます。






☆ことしもあっと言う間に過ぎていきました。来年の受験まで、もっと早く過ぎていくのでしょうねえ。恐いです。



☆☆ネットニュースを見ていたら、ロシアのプラウダという新聞がもの凄いことを書いてました。長さが240キロメートルもある巨大宇宙船が3隻、地球めがけてやって来つつあり、2012年には木星に到着する、って。それを見た瞬間、だったら今オレがやってる勉強はどうなるんだ?地球が滅ぶというのにこんなことやったって意味ないじゃん、とマジで怖ろしくなりました。



だって、プラウダと言えば、ソ連時代の国営新聞ですよ。その新聞が嘘っぱちを書くはず無いじゃん、と信じるのも無理はないでしょう。



後で知ったのですが、プラウダという新聞は今では東スポのようなものになっちゃったそうです。



一瞬でも信じてしまった自分が恥ずかしいです。ですが、ひょっとしたら本当かも、という気がして、実を言うと今でも少し動悸が止まりません。



大晦日になってこんな下らないことで皆さんの目を穢してしまい、反省しております。






☆☆空腹でヘロヘロです。夕食後は何も食べないことを誓ったので。もちろん、お酒もスウィーツも、あめ玉も。例外が一つだけあります。カロリー糖質0の寒天ゼリーです。



これは本当に美味しくて、ありがたいです。






☆☆☆皆様の来年が良いお歳であることを願っております。

2010年12月14日火曜日

来年にちなんでこんなんなってます




最近いろいろと体に変調が生じておりまして、悩みが尽きません。


微熱が出たり引っ込んだり、血糖値が上がったり、果てはひどい結膜出血が生じたりと、勉強の足を引っ張ること甚だし、です。


おまけに実家では両親ともインフルエンザと肺炎もどきで入院、一緒に暮らしている兄夫婦もそろって風邪でぐったり、それでも入院中の父母の面倒を見るためゲホゲホ言いながら看病をしてくれています。


わたしも田舎に帰って手伝いたい気持ちは山ほどなんですが、この体力ではいっぺんで自分が風邪かインフルエンザを貰ってしまうこと間違いなし、なので苦しいです。




で、今日は、えいやっ!と言う気持ちで病院を二つ掛け持ちしてきました。一つは眼球の検査、というか、血糖値と結膜出血との因果関係を聞きに。もう一つはインフルエンザの予防注射に。


結膜出血の方は、血糖値とは関係ないから大丈夫、そのうち直るよ、と医者からほとんど一笑に付されてしまいました。


インフルエンザのほうもクリニックに入ってからたった10分でサヨナラしました。あっと言う間に問診と注射が終わり、拍子抜けしました。


結局掛け持ちで半日使ってしまいましたが、終わってローに戻ると幾分か晴れ晴れとしました。


行政不服審査法の復習をしていたところ、心地よい睡魔が襲ってきて安堵感にくるまれながら夢の中をたゆたっていました。


 


ただ、インフルエンザの予防接種の効果が現れるのは2週間後だと言われました。なんだ、それじゃあ年末にならないと実家にもどれないじゃないか、と甘い予測をしてた自分にがっかり。




お見苦しいですが、みなさんに現在のわたしの目の様子をお示しいたします。
前向きに考えるなら、うさぎのような目になったということは来年が当たり年だとこじつけること、も、できるかも、かも。

2010年12月6日月曜日

炎の中で




































昨日の日曜、年末行事になっている来年の干支の置物を買いに愛宕神社に女房と昼前に出かけました。




愛宕山の頂上に神社があるのですが、その下の方にある駐車場一帯が普段と違い何故だか大渋滞。




そう広くもない駐車場の真ん中の通路をタクシーが2台占領して動かないうえ、後ろからも前からも続々とクルマが押し寄せてきたのです。




わたしたちのクルマはその真ん中に巻き込まれてしまい身動きが取れない状態が数分続きました。神社の鳥居の前の広場みたいなところにはクルマが10台くらいしか駐車できないのです。




仕方なく、駐車しているクルマが出て行くのをじっと待つしかありませんでした。それでも後ろから後続車がじわりじわりとわたしの車に近づいてきて早く行けと言わんばかりに接近。



そればかりか前方からもクルマがこれまたじわじわっとこっちに向かってきて、もう、雪隠詰めもいいとこでした。車体同士、ほんの数センチしか隙間がない状態でした。



こりゃ失敗したかなあ、と後悔しはじめたそのとき、有り難いことにわたしのクルマの直ぐ左後ろに駐車してたクルマがなんとか頑張って脱出路を確保して出て行ってくれました。おかげでスポッとバックでその位置に駐車することができました。やれやれ。


その駐車場所の真裏にある茶店がお目当ての店。そこでうさぎの置物を売っているのです。この店で干支の置物を買うという行事は今年で多分6年目でしょうか。気に入った置物を選ぶために去年よりもずっと早めに買いに来たわけです。


で、店の人に今日の猛烈な人出は一体どうしたことか、と尋ねると、境内で火渡りの神事が行われているかららだということでした。でももうすぐ終わりますよ、と言われたので、日本人の特筆すべき性癖である好奇心をたっぷり持ち合わせているわたしら夫婦は、ならば直ぐに見に行こう、と鳥居の向こうにある何十段もある石の階段を急ぎ足で上って境内に。


境内に入ると大勢の人だかり。太鼓と法螺貝の勇壮な囃子の中、修験者の方々が薪を炊いてました。


ナイスタイミングでした。火渡り神事というのは燃やした薪を左右に分け、道を造り、その道を裸足で向こうまで渡るというものでした。


わたしよりも好奇心の強い女房が、せっかくだから渡ろうよ、と言い始めました。それで婦唱夫随がモットーの我が家の習わしに従い、わたしも渡る羽目に。


実際に渡ってみると、足の裏は全く熱くありませんでした。逆に道の左右に寄せられて燃えてる薪のバチバチとはぜる爆発、熱、煙で、渡っている最中これはヤバイと怖ろしくなりました。渡り終えると修験者の方がお祓いをしてくれ、記念品を渡してくれるのですが、その場所で何人かが列を作って待っているためわたしは熱と煙に取り巻かれたままで立ちすくむしかありませんでした。



もうちょっとでスモークハムになるところでした(言い過ぎました)。



でも、終わるとすがすがしい気持ちに。そのあと神社にお参りすると、テレビ東京のクルーがやって来てインタビューを受けました。答え方が向こうの要求するのと違っていたので多分ボツになったでしょう。


何を願って渡ったんですか、と聞かれたので、え~、受験関係で~、と返事したのをいぶかしく思ったみたいでした。このおっさんがなんで受験なの?という感じでした。


外国人も多く見かけました。彼らは奥ゆかしく振る舞っていました。日本人の風習をリスペクトしている様子が見え、好感を持ちました。中の一人の女性は自ら靴を脱いで火渡りに挑戦していました。


この山伏、修験者たちの姿格好はどうも古代イスラエルのユダヤ教の神官の衣装とそっくりだそうです。また、愛宕神社に置かれている牛の置物についても、ユダヤ教神殿には牛の像が置かれていたということで、不思議な感じを受けます。


午後、なんだか悪寒を感じつつバイクでローに行くと、今度は福岡国際マラソンのゴール直前の渋滞に巻き込まれました。ランナー達が平和台競技場に戻る最中に出くわしたのです。


福岡人はお祭りが好きなので、国際マラソンも沿道に本当にたくさんの応援の人垣が出来ます。


みんなは山の神、と言われた今井選手を応援していました。残念ながら最後で失速、5位でした。



ローではなんか朦朧としてきて、これはひょっとしたらインフルエンザかもしれない、ともの凄くおそろしくなりました。辰巳の講義DVDを観ていたのですが、我慢できず、途中から爆睡してしまいました。


本当に怖ろしかったです。喉の痛みがないのに突然気分が悪くなってきたので、てっきりインフルエンザだと。


それで、今日はローに行かず自宅にてやり残したものをジトジトやってます。

2010年12月5日日曜日

願書







































さっき書き込みました。締め切りは来週火曜日。ぎりぎりに出そうと思います。今年受験した経験から、番号が遅いほど端っこの席になりそうなので。

なにせ本番の会場はかなりの広さの部屋でして、スミの方が断然居心地が良く、空気もきれいっぽいんです。

ボールペンで丁寧に、ミスをしないように書いているとだんだんお腹がキリキリと痛み始めてきました。

緊張で手が震えそうになりました。

追い打ちを掛けるように、記入要領どおりに書き込んでいると、記載例に載っている欄が願書の記入欄に見あたらないんです。なんじゃこりゃ?と不安がモクモクと。


そんなバカなと思い、法務省のHPを開けてみるとそこに記載例の訂正が載ってました。


正確無比を誇るはずの法務省でもポカをするんですねー。


面白いことに、いや、悲惨なことに、今年の願書から、ローを1回卒業したのかそれとも2回卒業したのか、を記載させる欄が登場しました。オーマイガーっ。



行政法と倒産法はまずまず身についてきました。去年さっぱり分からなかったところがわかるようになってきて、どちらも面白いなあと思い始めてきました。


それは良いことなんですが、だんだんと本番が近づいてきてかなり焦り始めてきました。


TACの論文と短答の答練が毎週あるのがキツイです。この2週間、74問すべて商法だけの短答、74問すべて民訴だけの短答、会社法2問の論文、と、拷問のような答練を受けて、イヤになりました。

さっぱり分からない問題が何問も何問も続くのでへたばりました。復習が大変です。



※着物の寸法が小さくなって体に合わなくなることをなんと言います?

 ①ちんちくりん

 ②つんつるてん

わたしは①のちんちくりんだとばっかり思っていました。でもどうやら②のほうがメジャーらしいです。


ホンマカイナ。みなさんはどっち?


大相撲九州場所、女房が観てきました。前から5列目の特等席。1万4千5百円!ただし、頂き物のチケットで。
京都出身のクラスの仲間が地元に戻るというので送別会を。久しぶりの飲み会でした。酒もビールも魚もみな抜群でした。
ファン太は最近発情してまして、女房のお袋さんの腕を恋人にして腰をしきりに動かしています。
可哀相ですが、本人の健康のために近々去勢手術を受けさせようとみんなで相談しています。
犬は去勢しないと中年以降病気になりやすいのだそうです。


















2010年11月25日木曜日

あの町この町日が暮れる







野口雨情作詞。むかしばあちゃんがよく歌っていました。



今日、TACの論文問題をローの自習室で書き終え、遅い昼ご飯と気分転換を兼ねてバイクでちょっと遠出してきました。天晴れ!と言いたくなるような雲一つ無い秋の青空。



空も空気も風も素晴らしい、宝物のような一日でした。



うどんを食べに行ったのですが、店が閉まっていてがっかり。近くに有名な建物を発見したので見に行きました。



圧倒されてしまいました。



そこは宇美町にある炭坑跡地にそびえ立つ、縦坑櫓跡です。



行政法で有名な判例があります。宇美町給水拒否事件というやつです。



宇美町と言うところは昔大きな炭坑があったので、地下は坑道が縦横無尽に走っていて、井戸を掘っても飲めない水しか出ません。それで、水道に頼るしかないのですが、近くには水源がないのです。それで宇美町は飲料水需要が増加しないよう、新たなマンション建設を制限しようとしたという事件です。






近くに行ってみると、完璧に圧倒されてしまいました。これはアートだ!シュールなアートだっ!と心がブルブル震えました。



地下で掘った石炭を地上に引き上げるための唯のコンクリートで組み立てられた構造物に過ぎないんですが、巨人のような圧倒的な存在感と同時に、孤独感、いや、虚無感を漂わせていました。



なにかが心に突き刺さりました。






虚無感と言えば、CGですけど、小惑星探査機はやぶさの再現で出てくるイトカワという小惑星をみたとき、嗚呼、これぞ宇宙の孤独だあ、と底知れぬ孤独感を感じてしまいました。
あの漆黒の、寒冷な小惑星の表面に自分が取り残されたとしたら、、、、、、なんて思うと心底孤独を感じてしまいました。
ハインラインというアメリカのSF作家の小説を思い出しました。いまではほとんど見向きもされていませんが、アメリカ人の孤独を表現することが出来た大作家です。
なーんて、毎日充実して勉強しているのに、ふと我に返ると、鴫立つ沢の秋の夕暮れ、的叙情に耽ってしまいました。


ちょっとヤバイですか、こういう心の持ちよう、って。
※ちなみに、宇美町の宇美、とは産み、という意味です。神功皇后がこの場所で応神天皇をお産みになったことが町名の由来です。スゴイ由緒ある地名ですなあ。

2010年11月16日火曜日

イヤ驚いた!




①岐阜県の16歳の通信制高校生がなんと、公認会計士試験に合格したんだそうです。


 すごいです。毎日12時間勉強し続けたんだそうです。・・・・・・・・・です。




②白鳳が負けました。これは、驚きというよりもホッとした、というところです。というのもわたしの田舎がある大分県宇佐市は、あの双葉山のふるさとなんです。双葉山の69連勝は破られたくないなあ、と内心ハラハラしてました。白鳳さん、ゴメン。




③昨日日曜日、筥崎宮横のローソンで小倉風焼きうどんとパック牛乳を買いました。日曜日の学内では生協が休みで、近くに食堂もコンビニもありません。それでローへ行くすがら立ち寄ったのです。焼きうどんはチンしてもらいました。


 すると、案の定、女性店員がこう言いました、『袋、一緒に入れても良いですか?』って。


 これまでも何度も何度も同じセリフを(違う店ですが)聞きました。


 そのたびに怒りの炎がメラメラと。


 熱々の焼きうどんパックと冷たい牛乳を一緒の袋に入れることで一体どうなるか、想像が


 つきそうな はずですがねえ。どっちもぬるくなるじゃないの、ってことがなんで分からない


 んでしょうか。


 で、こちらもちょっと声を荒げて『べつべつっ!』とひと言。


 本当はガンガン言いたかったです。彼女たちはマニュアル通りに行動してるだけでちっと


 も客のことを考えてないんでしょうか。


 ただ、一度だけ、同じ状況で『袋を別々にしましょうね』と言ってくれた店員さんもいまし


 た。前原の店です。


 その人は50代くらいでした。


 思わず、ありがとうございます、と言ってしまいました。




④新しい福岡市長になったのは36歳の地元アナウンサーです。ほんの2ヶ月前までは普


 通のアナウンサーだったのに。




⑤気になる海上保安庁保安官ですが、やっぱり逮捕せず、でした。これは驚きませんでしたが、わたしが一番驚いたのが、テレビに出ているコメンテイターというか、その類の人たちの意見です。


まず、鳥越俊太郎と上杉隆、彼らは、ビデオ流出行為を肯定的に評価していました。国民の知る権利を実現することがマスコミの使命である、マスコミが出来なかったことを保安官はやった、というのです。


方や、大谷昭宏とかは、けしからん論です。国家の秘密を公務員が自分の勝手な判断で流すなんて、というのです。


驚きました。大谷氏の考えを貫くと国家が、これは秘密だ、と決めてしまえば公務員は一切国民に知らせてはならないということになります。信じがたい発言だと思いました。


西山記者事件の反省を全く欠くとしかいいようがありません。




つまり、国民にとって国家という権力はアブナイ暴力装置であり、いつ自分たちに襲ってくるかわからない極めて危険で凶暴で怖ろしい力だという前提に立っていないんです。


マスコミは何のためにあるか、それは国民に国家の秘密を伝えることにある、と、鳥越俊太郎は言ってます。たまには良いこと言うじゃないか、と感心しました。




要するに、今回の尖閣ビデオ事件の核心部分は国家が情報を秘密にしたことが全く持って国家権力の横暴であること、中国漁船衝突問題、ひいては領土問題について国民の知る権利を奪った許すまじき悪行であること、これに尽きる、と思います。


わたしはこの保安官を100%支持します。


みなさんはどう思います?

2010年11月12日金曜日

規範衝突、って







①けさ、TACにいく途中、福岡市役所横のローソンでふわホイップロールを買って自動ドアに向かいました。出ようとしたら外からOLが怒濤の勢いで突進してきてドアを抜けて店内に。思わず避けました。



そこで思いました。普通、出る人と入る人では出る方が優先じゃないか、でもその一方で、レディファーストというのもある。一体どっちが優先するんだろう、と歩きながら考えてました。



皆さんはどう思いますか?






②海上保安庁の保安官による衝突ビデオ流出事件もまた、規範の衝突だなあ、と思いました。



国民の知る権利と国家秘密保持、あるいは公務員関係の統率との衝突です。



とはいっても、本当に秘密なんでしょうか、あのビデオは?






この一件はいろんな論点が山盛りで面白いです(不謹慎ですんません)。例えば、もしも検察が起訴したら、公訴権濫用となるのではないか、とすら思います。というのもチッソ河本事件じゃないですが、那覇地検は一方で故意に巡視船にぶつかった中国人船長をあっというまに釈放し、中国に帰してしまい、事実上の不起訴にしてしまいました。人命に関わるような暴力行為をした上、国民全体の財産である巡視船を破損させ、公務を故意に妨害した、そういう極悪人を見逃したんです。



その反対に、海上保安庁内ではほとんどオープンだったビデオで国民もどういう行為が行われたかのあらましを大体知っており、その上国会議員30人ほどがすでに見ていたビデオを国民に流した保安官の行為。



この保安官を起訴するとしたら、あまりにもバランスを欠くという気がしてなりません。






組織の規律という点からすると、たしかにこの人は規律違反をしてます。見せるなという政府の命令に反して流出させたからです。その点ではなんらかの制裁が科されても仕方ないかとも思います。






ですが、仮にですよ、例えば、どこかの警察署内で刑事が被疑者を拷問したビデオが撮られ、警察著長やら警察庁長官がこのビデオを誰にも見せるな、と命じて隠そうとしたとき、正義感に燃えるある警察官がこのビデオをユーチューブにアップロードしたとしたら。






以前、海上保安庁の巡視船と北朝鮮のスパイ船が交戦した事件。あのときはビデオを公開しました。



それが今回は非公開。なんで?



北朝鮮と中国との違いから?



全く持って腑に落ちません。






☆TACでは論文2時間、短答2時間半と、立て続けに受けました。民法の短答80問ぶっ続け、というのはかなり辛かったです。やってもやっても終わりが来ないんです。



ですが、なぜだかTACのビデオブースって我慢ができる場所なんですよ。ほんと不思議です。没入出来てしまうんです。集中力の欠如が甚だしいこの歳でもやれてしまうので、ほんと有り難い場所です。















2010年11月8日月曜日

合格者

昨日、合格した女性とランチしながら話を聞きました。3科目も途中答案で終わりながら高順位で受かったというので、一体どういうことをどういう気持ちで書いたのか、是非尋ねてみたかったのです。

また、普段どのようなイメージで勉強してきたのかも。

まあ、肝っ玉の据わった人でした。受験場での精神状態が素晴らしい。ダボハゼのようにガツガツ点を取ろうとしていないというのがスゴイです。

答案の中身もまた、勇気があるというか、ズバッと書くべきことだけ書く、という感じでした。



いろいろと収穫がありました。来年の受験に大いに役に立ちました。



いまわたしが勉強しているローの部屋は、机が16個あります。空気はまずまずきれいです。音がうるさいところが気に入ってます。また、わたしの座っている場所がドアの近くなので、背中の通路をしょっちゅう人が通ります。それもまた良いです。ザワザワしてた方がなぜか集中できるんです。

ローでは倒産と行政、家では答練の復習と会社、とせわしなくやってます。

最近手に入れたスキャンスナップというスキャナーが、情報整理にとても役に立つことに驚きました。

今までPDF文書って、イイ印象を持てなかったのですが、すっかり考えを改めました。

もっと驚いたのは、そのスキャナーに付いてたソフトが2種類あって、それらを単体で購入すると、合計5万2千円もするのですが、スキャナーを買うと、それらのソフト込みで4万2千円なんです!

機械とセットで買う方がソフト単体で買うよりも安い、と言うことなんです。飛行機に乗るだけよりもホテル代とセットで飛行機チケットを買った方が安い、というのと似てます。

 得したのか騙されたのか、なんか変な感じです。



で、そのスキャナーというのは、1分間に20枚も両面スキャンしてパソコンに取り込むことが出来るんです。

しかも、アクロバットという、単体で3万6千円もする付属ソフトのおかげで、PDF文書内の単語検索ができるのです。また、楽々なんとか、という単体で2万7千円もするソフトが、このPDF文書を自由に修正、差し替えでき、収納もまた楽々なんです。

 そうやってPDFにした文書をローのプリンターで印刷したところ、コピーしたのに匹敵するくらいきれいに印刷できました。満足満足。

これでコピー代が大幅に節約できるようになりました。

で、きょうのロー自習室は汗だく。勝手にエアコンが入ってて、机の上の温度計は30度を表示してました。そのせいで汗びっしょり、風邪を引きかけました。

倒産法と行政法が大分分かってきて楽しいです。なんとあの宇賀行政法が面白く読めるなんて!アンビリーバブーです。
倒産法概説は相変わらず分かり辛いです。分からないところは伊藤大先生の分厚い本を読んでますが、伊藤先生の本のわかりやすさにビックリ。
毎日ローに通うクルマの中で友人の女性から借りた倒産法の講義MDを聞いてます。1枚当たり4時間の講義が入っています。すでに1枚聞き終わりました。あと4枚。今月中には聞き終えるでしょう。

☆最近、魔の習慣に嵌ってしまって困ってます。それは、チョコレートを食べ過ぎることです。女房の実家がある田川市にある有名なチョコレート会社、あのチロルチョコのアウトレット店で女房が大量にチロルチョコの大入り袋を買ってきたのです。
そのせいか、チョコ中毒になってしまいました。以前はアーモンドクランチチョコとかマカダミアチョコなんかを食べてましたが、いまは唯の板チョコが好みです。
オレオも好きです。ですが、同じナビスコならレモンビスケットの方が美味しいです。

☆☆この前、はまやんさんのご実家から送っていただいたショウガ菓子も素朴で美味しいです。ただ、ショウガの辛さって強烈ですね。食べ終わったあと口の中が火事になります。そういうときに飲むお茶がまた美味しいんです。

2010年11月3日水曜日

夕方、久しぶりに空を見上げました。暮れなずんで少しだけ濃くなった青い空に荒い刷毛でザッと一捌けしたような大胆なタッチの雲が浮かんでいました。
 朝からTACに行き、論文と短答を一気に書いて解いて来ました。気が付くと4時半。
TACのビデオブースはとても居心地が良いです。ビデオはあんまり見ないでもっぱら答案書きをしています。
実は論文や短答の解説講義は、他のどの予備校もそうですが、ネットで随時見ることが出来ます。
わざわざTACのビデオブースに行って見る必要はないんです。ですが、あそこのビデオブースは簡単に集中できるんです。7時間以上いましたが、あっと言う間でした。

今日の問題は論文も短答も刑訴でした。いずれも今までで一番質の高い問題で、スゴク勉強になりました。
TACの受付には女性が5人ほどいて、みな感じが良いです。公認会計士や税理士、社労士を受ける人が多くて、しかも社会人の割合が高いため、夕方になると急に立て込みます。
わたしと言えば、パソコンでのビデオブース予約の仕方が分からなかったり、いろいろムチャ振りチックな要求をするためか、名前を覚えられてしまったみたいです。
で、夕方TACを出て、福岡市役所横にある駐輪場に置いていたバイクを引き出そうとしたとき、駐輪時間が6時間を超えると400円の料金がかかるのに、なぜか料金表示が200円になっていました。
それがもう嬉しくて、密かにヤッタ~マンポーズをとってしまいました。

☆夕方バイクを走らせていたら、塾のことを思い出しました。今頃生徒達はどうしてるかなあ、とか、新しい先生方は大変だなあ、とか、、、、、。

2010年10月26日火曜日

寒いというか、身が引き締まるというか

昨晩は木枯らしかと思うほどの冷たい強風。窓がガタガタ揺れて一層寒く感じました。

今日はローで行政法と倒産法を地味にやってました。

明日は朝からTACに行き、論文をタラタラ書いてきます。



☆テレビで、マラソンのキューちゃんが詠んだ短歌の話をしてました。正確には憶えてませんが、今まで毎日毎日走り続けてきて一体何万キロ走ったことか、そのことを思えば、明日の本番(のレース)なんてたった42キロじゃないか、なんてことないよ、というような中身でした。

それを聞いて自分が恥ずかしくなってしまいました。今年の本番、きつくてきつくて死にそうだ、だなんて愚痴っていた自分が情けなくなってしまいました。

で、TACの答練のスケジュールを見てみると、本番チックに、一日9時間半も受験する日が3回あります。そうだよなあ、それくらいやれば本番がキツイなんて感じなくなるよなあ、と、キューちゃんを思い出したのです。また、辰巳の答練も毎回解説講義まで入れると朝から晩まで続きます。

やはり慣れが必要なんですよね。
同じクラスにいた男性で毎朝5時にローに来る人がいます。お坊さんみたいな人です。スゴイです。

ウィルス

ロー内でウィルス感染がひどいらしく、事務室から対策CDを渡されました。で、検索を始めたところ、延々16時間もかかってしまいました。ローで検索を開始したものの、いつまでたっても終わらないのでしびれを切らして電源をオンにしたまま自宅に持ち帰りました。自習室での隣の座席の女性とお互い愚痴を交換し合いました。
ただ、その結果、14個のファイルが感染してました。

ロー内での情報伝達には大学内情報システムに入らなければならないのですが、そのためには一旦ウィルスソフトをオフにしなければ入れないのです。ただ、なぜか、ノート型パソコンに入れているウィルスバスターだとオフにしなければならないのですが、自宅のデスクトップパソコンに入れているOCNのウィルスソフトだとオフにしなくても入れるのです。
ですから、ローに持って行っているノート型パソコンを使ってロー内情報を見るためにはウィルスバスターを切らなければなりません。これが危険なんです
し・か・し・、なんとこのウィルスバスターというソフトはそもそも九大ローに入学したときにローからもらってインストールしたソフトなんです。
これではウィルスソフトをもらった意味がありませんよねえ。

今やっているのはTACの論文短答の受験とその復習(かなり時間がかかります)、倒産法概説第二版とその講義DVD、プラクティス行政法と宇賀行政法、です。
☆刑法の短答問題で、横領と背任の区別の論点、分かったつもりで居たのですが、改めて考えると謎と疑問がわき上がってきました。悪い癖で、いろんな本を読み比べてしまいましたが、曽根さんの本が良かったです。
☆昨日の朝、女房が朝9時発の飛行機で名古屋に出張するというので朝8時に女房の実家にクルマで行き、女房を乗せて福岡空港まで送るということにしてました。わたしの家から女房の実家まではクルマで20分以内で着くのですが、昨日は月曜で雨。
だもので7時20分に家を出たにもかかわらず女房の実家に着いたのはなんとその1時間後、8時20分でした。もの凄い渋滞でした。六本松から薬院までクルマでギッシリ。まったく動きが取れませんでした。しかたなく電話してタクシーで行くように伝えました。
女房はタクシーで博多駅に向かい、地下鉄に乗って空港に向かいました。これが良かった。
内心、空港までの道路も大渋滞しているだろうからタクシーで空港に行くのはマズイんじゃないかなあ、と心配してました。
夜、名古屋にいる女房と電話したところ、飛行機内にたどり着いたのは出発の5分前だったそうです。
危ないところでした。名古屋での会議に間に合って良かった良かった。

2010年10月20日水曜日

帰省

昨晩、田舎に戻りました。親父が入院して高熱を出していると兄貴が言うので慌てて帰省しました。昼間、TACで今週のノルマの論文答練第2回目を書いて夕方クルマで出発したんです。
少しずつ良くなっているみたいでしたが酸素吸収力が弱くなってました。それよりももっとガックリしたのはお袋がヨタヨタフラフラしてたことでした。
二人とも84,85歳と、頑張って生きてきましたが大分くたびれてきました。つらいです。
福岡から大分県の宇佐までは日中クルマで走ると3時間半ほどかかります。ですが夜ぶっ飛ばしていくと2時間15分くらいで到着します。途中、焼山バイパスと椎田道路という二つの有料道路が民主党のお陰でタダになったので時間と共にお金も合計900円浮きます。
ICレコーダで行政法判例百選講義というのを聞きながら走りました。クルマを走らせながら聞くのにちょうど良かったです。

☆今夜はホークスの敗戦を知り、嗚呼オレと同じだ~っ、と思いました。昔、旧司法試験受験時、750人が合格するという年に1000番台以内で落ちました。そのとき、来年は受かるな~、なんて愚かにも傲慢油断したんです。今年のホークスも全く同じです。マリーンズには勝てるだろうと福岡の誰しもが軽く考えてました。
そんなわけでホークスが負けたことはわたし自身にとってはガツンと一発喰らって目が覚めた思いでイイ刺激になりました。

☆先週デスクトップパソコンのDVDドライブが突然壊れてしまい、外付けのDVDをアマゾンで購入しました。市内のパソコン専門店よりも30%安かったです。で、田舎から帰ってきてすぐこれをセットしようとしたのですが、説明書をろくに読まずにセットしようとしたため何度も失敗してしまい、とうとう夜中の3時までかかりました。
アホか、ワシャ~。
これでようやく友人から貰った大事な倒産法の資料が使えます。

☆田舎で飼っているコーギーの雑種、チャコは相変わらず気だてが良かったです。誰に対してもフレンドリーなところが可愛いです。それに比べて我が家のチワワ、ファン太はね~。

2010年10月16日土曜日

温かなお別れ

塾のスタッフの皆さんからご丁寧な別れのご挨拶を頂きました。
今日は朝9時半から夕方6時まで後任の先生方の授業見学をし、先生方が立派な授業をされているのを見届けて、夕方生徒がほとんど帰宅した後、簡単ではありましたが心のこもったお別れのご挨拶を頂きました。
全教研前原教室というその塾の先生方は皆さんプロに徹してました。短い間ではありましたが忘れることの出来ない思い出が出来ました。感謝。

昨夜は行政法判例百選講義というネット講義を夜中まで受講していたので気づいたら2時。朝6時起きなので、授業見学中はずっとうたた寝してました。先生方、すんません。
このネット講義って、便利ですなあ。21世紀の受験だと感心しました。

☆明日朝一で短答の答練を受けにTACに行きます。これからずっと論文と二本立てが続きます。
☆塾の生徒のことやら準備プリントのことなんかを考えないで済むようになってほんとに肩の荷が下りました。生徒は大金を払って来ているお客さん(の子供さん)なんで、いい加減な授業は出来ず、しかも前原教室の社会科をわたし一人で担当していたので責任の重さは計り知れず、自分の日中の勉強時間に食い込んでくること甚だしかったです。
ではまた。

2010年10月15日金曜日

Oh!ゴージャスっ!

用あって市内のとあるローに出かけていきました。そこのロー生と食堂で話した後、ロー内をチラッと見てきました。


なんとまあスンバラシイ!エグゼクティブとはこのことか、と圧倒されました。


何もかも豪華でした。そのロー生が毎日常席にしている窓際の机なんか、JALのファーストクラスの個室みたいな(実際見たことは無いですけど)えもいわれぬゴージャス感を醸し出していました。


机も椅子もカーペットも照明も窓の大きさもその外の景色も、室内の空調も静かさも、もう完璧でした。


たぶん文句なしに日本一でしょう。


そのロー生は毎朝7時にはローに到着して勉強をしているそうです。この環境で朝一から勉強したら実力はグングン上がること疑いなし、です。


それに引き替えわが校は文字通り、バラック建てです。何と言っても建物の基礎が無いんですもの。ある学者が言うに、たった3日で建ったそうです。


建物の真下を走っている地下鉄の車両の振動がモロ校舎中を揺らすんです。

☆とうとう今日、土曜日をもって塾とさようならです。後任のお二人も立派に堂々と楽しい授業をおやりになってるので安心して去ることが出来ます。
ただ、いろんな生徒や先生から、寂しいと仰っていただけたのはうれしかったです。たったの4ヶ月間しか居なかったのに。有り難い限りです。若い生徒達を相手にしていると若さのエネルギーをもらうことができました。
感謝。

あいさつ

今日、中3のクラスでお別れのあいさつをしました。女の子達から、せんせ~なんでやめると~?やめんでよ~、と言われて休み時間中取り囲まれたりしました。
やっぱ、ウレシイですよ。鼻の下がでれ~っとなりました。
 後任のN先生とバトンタッチの儀式を生徒の前で行った後、教室長からN先生の授業をチェックしろと言われてたので、後ろの方に座って見学してました。
N先生は元々公務員専門学校等で教えてらした方ですんで、授業もスムースに進んでました。
すると、わたしが座っていた座席の横に居た男子生徒がわたしにルーズリーフを渡して、ここにサインしてくれ、と授業中にねだったんです。
仕方ないので、英語の筆記体でグッドラック、と書いてやったらひどく喜びました。
しかしまあ、あろうことか、今時の中学生は筆記体が読めも書けもできなんです。学校で教えていないんでしょうか。信じられません。
わたしがそいつに紙を渡すと、そいつはそのサインを書いた紙を周りの生徒たちに見せびらかし始めたんです。
そしたら自分も自分も、と紙をわたしに寄越すのです。
今は授業中だから後で書いてやる、と言って授業に集中させるのが大変でした。
で、休み時間になって寄せられた紙にサインを書いてやって、『合格!』と書いてやったところ、またしても、自分も自分もと、合格の二文字を書け書けと迫ってきました。

☆塾を出たのが午後10時過ぎ。N先生と近くの駐車場で立ち話をしました。授業の進め方とか、来年の受験のこととかを話し合っていたところ、わたしの古くからの知り合いとN先生の未来の奥様とが仕事上の付き合いがあることが判明し、またもや縁を感じました。
☆帰ってきたら知り合いのロー生から電話。その直前にそのロー生からのメールを読んで、すでに猛烈に怒り心頭に達していたわたしは電話で詳しいことを聞いて益々怒りが増幅してしまいました。
西新にあるローの民事系のある科目の講義がデタラメなことにビックリするやら呆れるやら。年に100万円以上もむしり取るローが提供して当然のサービスであるまともな講義が全くなされていないんです。
九大ローの講義も悲惨でしたがそれに輪を掛けたものでした。あんまり詳しく言うとそのロー生に迷惑が掛かるので詳しいことは差し控えさせていただきますが、はっきり言って、酷すぎます。授業中全く講義をしていないというのですから。じゃあ何をやっているのかというと、自分の自慢話ばかりだそうです。そのくせどんどん落第させると言っているらしいんです。
落ちたわたしが言うと言い訳になってしまいますが、ローの講義でまともなのは数少ないです。無益であるだけならまだマシで、人の合格の足を引っ張るようなものもいっぱいあります。そういうのってどのローにでもあるんでしょうか。一橋なんかはそんなのは一切なさそうですが。
☆明日もまた塾に行かねばなりません。中2の生徒に別れのあいさつをせよということで。正直言って、もういい加減にしてくれ、と言う気持ちです。
倒産法と行政法が山積みになっているのに。

2010年10月14日木曜日

初答練

TAC答練を受けてきました。といっても、受付で問題と解答用紙をもらい、ローの自習室に行って自分の机で書いたんですが。
数ヶ月ぶりに書くとやはりなかなか上手く行きません。ですが、やはり書かないとダメだ、と実感しました。
先月買った1万2千円するセーラー万年筆中字、なかなか良いです。ただもうちょっと太くても良いかなと言う気も。
今居る自習室は人の出入りが激しく、騒音などがなかなかうるさくて、とっても過ごしやすいです。え?と仰るかもしれませんが、以前居た別館の部屋は、狭い上に全くの無音部屋でして、息が詰まる思いがしました。
生活雑音って、やっぱあった方が心が落ち着きます。
そのうえ今の部屋にはダイキンの大型空気清浄機が設置されていてしかもわたしの座席の背中直ぐ近くにあるんです。これはウレシイ。

☆塾の後任の先生と一緒に塾から帰る途中、いろんな話をすることが出来、後任者が同業者で良かったなあ、ツイてるなあ、と思いました。
☆塾では全生徒に今度社会の先生が交代することがメールで発信され、昨晩から各クラスでお別れの挨拶を始めました。
やめないで!と言ってくれるのは中3の生徒くらいでした。わたしがこの夏一番苦心した学年なので言ってくれるとさすがに胸キュンとなりました。辞めないでくれと言ってくれた生徒は、教え初めの頃わたしの授業に向かって『そんなことを覚えて何の得があるん?』とかわたしが苦心して編み出した語呂合わせを鼻で笑ってたヤツらなんです。
そいつらは今回の学校の中間テストで90点という今まで取ったことのない高得点を初めて取ったんで、ようやくわたしのことを認めてくれたようです。
☆今週は後任の先生達の授業を見学して指摘するという、引き継ぎの仕上げです。
やはり若い先生はバイタリティがあります。自分のやってた授業はパワー不足だったなあ、と実感。

2010年10月5日火曜日

ロー生活

再開しました。ジョンレノンの歌のように、starting over です。
するといろんな人たちに遭遇しました。完全未修で今年1発目で合格した女性、受かるべくして受かったのに謙遜しまくってる人、今年落ちて明日大分の田舎に帰って独習で頑張る人、昔からの仲間のOくん、しまいには中山先生に文系の門の前でばったり。
あんみつさん、どうしているんかね?と聞かれました。また、今年の点数もしっかりと。
そして先生はこういいました。『あなたの答案はどうもあっさりし過ぎているからなあ』と。もの凄い記憶力です。わたしの答案を先生が見たのはもう1年も前のことです。
たしかに分かり切ったことを書くのがかなりしんどくなっていたことは確かです。うざったい、という気持ちでした。新司で重要なのはそんな当たり前のことなんかではなく、当該事実をいかに切り分けて分析するかという事実分析こそメインだと決めつけていました。

とまあ、しっかりと洗礼を受けたので明日からは落ち着いて自習室で勉強できるでしょう。わたしの座席は勉強室の入り口ドアに開いている10センチ四方の覗き窓を通して廊下からモロ見えなんです。しかもわたしの席は室内でも頻繁に人が通るところですので始終監視の目が光っているといったウレシイ状態です。
ただ、今週いっぱいは塾の引き継ぎのため、午前中で引き上げなければなりません。
もう少しで塾ともお別れです。最後に思いっきり授業をしたかったと言う気もしますが、なにせ今週は中間テスト対策でまともな授業は出来ず、対策プリントを配ってやらせるしかありません。
と言うわけでまた明日。

2010年10月3日日曜日

環境の変化

来週土曜日をもって塾をリタイアします。
後任の講師の先生が二人来ます。小学生担当と中学生担当です。
三日ほど前から引き継ぎを始めました。
で、何という奇遇か、このお二人の先生、なんとわたしと同じ業界の人間だったんです。二人とも福岡市内のロー出身です。 わたしの出た箱崎のローではありませんが、お二人はおんなじ西新のローご出身です。
そのうえ共通の知り合いがいるのも分かりさらにビックリしました。 彼の髪の毛の現状を尋ねたところ、更地になってるとのこと。わたしの方はまだ武蔵野の林でがんばっています。
塾のバイトって、教えるための事前準備、予習もさることながら、授業の組み立て、プリント作成、個別対応、とりわけ生徒一人一人の性格把握も大切で、作業がたくさんあって大変です。
ついこの前も小学6年生の女の子が塾を辞めていきました。その子本人は能力はあるのですが、どうも自分の勉強スタイルにこだわりすぎていて、なんでもかんでもノートにしないと気が済まないというタイプでした。また、すぐ『せんせい、わから~ん』と言うのが口癖でした。思い詰める性格なんでしょう。
わたしとしては、どこが分からないか、ではなく、今日の勉強でどこが分かったか、というプラス思考をしてもらいたかったです。
その子と正反対なのが同じ小6でも上のクラスの子たちです。わたしが授業中話したことが全部そのまんまなんの摩擦もなく彼らの頭の中に収納されていきます。砂地にまかれた水みたいなものすごい吸収力です。たぶん、理解力が高いんだと思います。
また、下のクラスと上のクラスの子供達の差として如実に表れるのが文章を音読させたときです。上のクラスの子たちは文章を正しくきちんと読むことが出来ます。
それに比べて下のクラスの子たちは、いい加減に読んだりふざけて読もうとしたり、たどたどしかったり、と、しっかりと読む力が足りないようです。
 これを自分の勉強にフィードバックさせると、薄い本をきちんと何度も読むこと、キーワードを掴むこと、の重要性を再認識させられました。

☆ TACという予備校(旧早稲田セミナー)の短答論文答練を申し込みました。計25万円余!アンビリーバブルです。バイトで貯めたお金を全部つぎ込んでも足りません。
女房に出してもらいました。ちょうどバイトを辞める翌週から答練が始まります。
今は倒産法と行政法を潰すことに。
☆一昨日の金曜日、ローで法務研究員(卒業生のこと)への自習室の座席割り当て発表がありました。明日月曜からロー通いを再開させるつもりです。
と同時に、TACには週2回通い、論文と短答を解きに行きます。
辰巳の答練とどっちにしようか迷いましたが、TACのビデオブースの環境の良さを選びました。

2010年9月16日木曜日

退職

昨晩教室長に話しました。辞めさせてくれと。
教室長は紳士で、わたしを最大限尊重してくれた方です。こんども、『う~ん』とは言ったものの、承諾してくれました。
ただ、退職1ヶ月前にその告知をするとの労働契約でしたので、後任が決まるまで最大1ヶ月塾に通います。
それで今日塾に行ったところ(月曜から土曜まで毎日行くことになってまして、来月からは日曜も行くことになっていました)、理科の先生がわたしに『あんみつ先生~、どうしても辞めなくちゃいけないんですか~っ?』と言ってくれました。
後ろ髪を引かれる思いでした。
でもね~。ほとんど毎日塾に行ってたら間違いなく来年もアウト、です。
しかも、よくよく数えたら、来年の試験まで後正味7ヶ月しかありません!
ここはスパッと辞めるしかありませんでした。

☆これから何をどれくらいやるか、塾に向かってバイクを45分間走らせながら考えていました。
糸島は秋の冷たい風が吹いていました。
 もう、長袖のカッターシャツだけでは寒いくらいです。行きはなんとかシャツだけで我慢しましたが帰りは持ってきた薄手の秋用ジャンパーを羽織りました。
☆いま民事執行保全をやっています。明日からは行政救済法も破産も同時並行してやり始めるつもりです。

☆昨日、パソコン修理の業者さんに自宅のデスクトップパソコンの修理を頼みました。
その人は個人の業者さんで、以前も依頼したことがありました。
わたしのパソコンにブルースクリーンというとても厄介なトラブルが発生したんです。
今日その人から電話が来て修理が終わって回復したとのこと。代金は2万円でした。
多分相場よりも安いんだと思います。
修理済みのパソコン、金曜日に受け取ることに。
☆今週月曜、女房が新車を購入。軽です。日産ルークスというクルマです。
今週月曜、わたしが傷心のまま受け取りに行ってきました。
車体はメタリックのスカイブルー、スカッとした良い色です。燃費も良いです。リッター22,5キロ。ですが、悲しいかな非力です。スタート時、目一杯アクセルを踏まねばなりません。
走り出したらOKなんですがねー。

2010年9月13日月曜日

落ちました

みなさんへのご報告が遅れてしまい、大変申し訳ありませんでした。
全てにおいて情けないです。
私のクラスでは46人?受けて21人受かったようです。
来年捲土重来を期すにあたり、この4日間いろいろ考えました。
自分の能力、とくに努力する能力、毎日継続する意志力、整理力、表現力に対する強い疑いがぬぐえませんでした。
そのうえ経済的問題もあり、このまま塾講師を続けるとエライコトになることは確実で、でもどうにかして資金を確保しないと、と二律背反状態をどうやって解決すべきか、も悩みの種でした。

後者については、塾を辞めることを決心しました。受験生である中三と小六の指導を続けることは負担が大きすぎ、また早く辞めないと塾や受験生たちに迷惑をかけるので明日教室長に話をすることにしました。経済面は女房がなけなしの退職金の前借りをしてくれるということで、女房にとっても本当の背水の陣を敷いてくれることに。
前者の、自分の能力については、とにかく今年いっぱい、あと3ヶ月半の間、自分がどこまで頑張れるかやってみます。
卒業生もローの机を利用できるチャンスがあり、そうなったら毎朝8時にローに行って勉強し、かつまた
『ゼミ仲間』さんたちと切磋琢磨しようと思います。もっとも『ゼミ仲間』さんが合格されていらっしゃったら指導をお願いしたいです。

★本心では(未だに自分が落ちたことが信じられない)という気持ちが6割、(受験勉強開始時点が遅すぎたかなあ)と反省する気持ちが4割です。これくらい書けば受かるだろう、ドベで受かるだろうと、舐めていたところもありました。
3年生になった瞬間から自分は受験生なんだという意識を持つべきでしたが、ローの毎日の予習に追われてグズグズな状態で過ごしてしまったのがとても悔しいです。
科目別では、とにかく行政法と倒産法の攻略に苦しみました。
本番直前はこの2科目しかできない状態でした。
択一も憲民刑はほとんどゼロ。行政法と民訴刑訴会社しか出来ませんでした。ですんで、択一で落ちそうになりました。
★あと8ヶ月、来年の本番で100番以内を目指します。全てを徹底的に整理整頓することを目指します。なんて、だんだん気力が回復してきました。
これも、塾を辞めることに決心したこととが大きいです。発表の日、ちょうど塾では中3の授業が4時限も入っていて、授業が始まる直前、塾のパソコンからネットで法務省の発表を見たので、授業中フワフワと雲の上を漂ってました。こんなことをこのままずっと続けていかにゃならんのかと思い、このままでは間違いなく永久に合格の二文字が自分には現れてくれないことを実感し、塾の教室から逃げ出したい思いでした。またそれと逆に、ht
★自分の書いた答案をチェックして何が、どこが悪かったのか徹底検証するつもりです。

※このブログ、来年の試験終了まで閉鎖しようかな、とも思いました。ですが、続けます。その代わり、受験中心の内容になるのでつまらないもの(今までよりもなおといういみで)になるでしょう。写真も載せられないと思います。それでも覗いてくださる方がいらっしゃったら幸いです。

2010年9月1日水曜日

北海道は美味しい⑤

































































































































































































































































☆まず、写真から。面白いなあ、と思った風景、白樺とフキ、バスの停留所には吹雪除けの小屋が設置されていること、道路の上の方に矢印が。これは『ここが道路ですよ』と、雪に埋。った道のありかを示す標識。また、信号が縦に並んでいること。これは雪の重みに耐えるように。それから、二重玄関。寒さが玄関から入ってこないように。
魚は、イトウとニジマス。





阿寒湖温泉を朝7時半に出発し、バスは一路富良野、美瑛、そして旭川の旭山動物園へ。


富良野はあんまりピンと来ず、ただ、ファームトミタの花畑は見事でした。ラベンダーの季節はとっくに過ぎていましたが他の花がきれいでした。そこで驚いたのは中国人、韓国人観光客がスゴク多かったこと。家族連れでのツアー旅行みたいでした。


美瑛は良かったです。大地が大きくうねっていて丘陵が幾重にも続いていました。その多くは芝が植えてあるようで、もっと早く来ればそれこそパッチワークの丘にふさわしい光景となっていたでしょう。


ですがわたしはこちらのグリーン一色の方が好きでした。

その丘の上にぽつんと木が立っていて、その景色は本当に絵のようでした。


旭山動物園は旭川の山の中腹にあり、坂ばっかりでした。意外にこじんまりとしていました。


女房のお袋さんは坂のきつさにギブアップし、途中で園内バスに乗って行きました。私たちでもそうとうシンドイ坂でした。


動物園に入場するやいなや夕立が襲ってきて、傘がないわたしたちはずぶ濡れに。
しかも気温が19度だったので肌寒さも。


お目当ての、アザラシの水中トンネル、空飛ぶペンギン、しっかり見てきました。たしかに動物たちが生き生きとしていました。シロクマのダイブは見れませんでしたがシロクマ君を間近で見ることが出来、一番興奮しました。あの巨大な体と恐ろしい口でガラス1枚隔てた50センチ先から威嚇され、もの凄くビビリマシタ。


旭川の町はなんかひっそりとしていて活気が無さそうでした。


その後は一路札幌へ。そして札幌の南に位置する定山渓温泉へ。250キロ以上走ったはずです。


ホテルに着いたのは7時頃。


この旅で3泊目、最後の宿泊です。ホテル自体は一番上等でした。温泉も食事も部屋も。



ただ、温泉の泉質そのものは最初に泊まった温根湯温泉の怖ろしいホテルが一番でした。



それでも、夕食のバイキングには圧倒されました。何でもかんでもそろっていて全部美味しいのです。



和洋中ありとあらゆる料理が並んでいました。ステーキも目の前で焼いてくれるのです。小振りでしたが2枚食べました。大根おろしと西洋わさびをたっぷり付けるとめっちゃ美味しかったです。


なかでもこれは!と思ったのが、芋煮風うどんでした。だしがすごく美味しくて感動の域にまで。


このホテルには同じ北海道の北見から中学生たちが修学旅行に来ていました。えっ?なんで同じ北海道に修学旅行に?と疑問に思いましたが、考えてみると北海道は九州と四国を足した面積よりもまだ広いのですから、不思議ではないのかも。彼女たちと同じエレベーターに乗り合わせたのですが、きびきびしていてとても可愛らしかったです。すれていないんです。


翌朝の朝食バイキングもまた美味しかった。とにかく毎朝出される牛乳はほんなこてウマイッ!の一言。



それと、コーンスープがまたさらりとしててしかも濃厚で、この、牛乳とコーンスープだけは九州では真似できないなあ、と脱帽。毎日頂きたい、と思いました。



そして最後の観光地は小樽。これが超がっかり。こんなにしょーもないところだとは思いませんでした。


女房たちはひたすらおみやげのお菓子巡り。と、六花亭で有名人を見ました。裏千家の千の宗室さんです。お顔はかなりシワが多かったです。


新千歳空港でツアーが解散したあと、わたしは空港内のラーメン横町で味噌ラーメンを食べようと思いましたが、行列が出来ていて断念。


この空港はもの凄く広くて大変でした。どこに何があるのかよく分かりません。だだっ広いので疲れ果ててしまいます。



ANAボウイング700が福岡空港に到着して機内から出た途端、モワ~ッとした熱気に覆われてしまいました。


やっと無事に帰り着くことが出来ました。空港近くのペットホテルに預けていたわんこを、ホテルのスタッフがクルマで空港まで連れてきてくれました。わんこは4日振りの再会に女房たちをナメナメして興奮してました。この犬も我が家の一員なんだなあ。



※これで今回の北海道旅行も終了です。行って良かったです。女房は、有料の観光地がツアーに入っていなくて無料の場所ばっかり見させられて少々怒ってました。わたしは逆に北海道の普通の人たちの日常生活を見たかったので、バスをひた走るばかりのツアーも良いな、と思いました。道々でいろんな町を見ることが出来ましたし、北海道を、宗谷岬方面以外は結構見ることが出来、その大きさを実感することも出来、満足です。



今度は是非真冬の北海道に行ってみたいです。



2010年8月31日火曜日

北海道は美味しい④


























































阿寒湖温泉に到着したのは夕方5時半。ホテルの夕食が6時半からなので、温泉にはいるか町を散策するか迷いましたが、散策することに。


湖畔を見たあと土産物を売っている商店街をぶ~らぶら。アイヌのお守りのフクロウとかコロボックルとかひげを生やしたアイヌの神様なんかをモチーフにした彫り物が多かったです。


 一通り町を見尽くしたな、と思ってホテルに引き返しました。ところが実はこれが大間違いでした。大事な場所を見損なっていたんです。それは夜8時から始まった千本たいまつという祭りで初めて知ったのです。

 一旦ホテルに引き返し、夕食をとりました。バスツアーなのでみんな一緒に大広間で取りました。


大した料理ではありませんでした。ただ、味付けは良いのです。北海道の料理は本当に味が良かったです。ハズレが一つもありませんでした。前にも書きましたが、多分素材と水が美味しいからではないでしょうか。

 夕食後、女房と二人で千本たいまつに参加。


これは阿寒湖温泉の全ホテルが共同で催しているようで、集合場所は阿寒湖温泉で一番大きなホテルニュー阿寒の湖側でした。


そこには150人くらいの宿泊客が集まっていました。そこでスタッフからサラダ油に芯を垂らした灯りをもらいました(披露宴会場のテーブルに置かれているヤツ)。それは透明な筒の中に入っていて、提灯のようにして持つのです。


その提灯をもって湖畔を数分歩きました。到着したところは観光船の船着き場。すると、真っ暗な湖の向こうから小さな小舟がゆらゆらと岸辺にむかってやってきました。



アイヌの衣装を着た三人が乗っていました。一番後ろにはひげのおじさんが赤々と燃えるたいまつを高く上げて立っていました。
小舟が岸に着くと、たいまつを持ったおじさんがオリンピックの聖火台みたいなヤツにたいまつの火を移しました。


その後、参加者全員にたいまつが配られ、スタッフがたいまつに点火し、いよいよ行進が始まりました。

それまで、バックに幽玄な感じの音楽が流れていたのが、一転、いかにもアイヌの音階、というような歌に変わりました。その歌が流れ始めた途端、わたしのハートはググッと捕まれてしまいました。

スゴク良いんです、その歌が。下の動画で聴いてみてください。


最初持たされた小さな灯りと違い、たいまつは結構大きくて、炎がまた怖くなるくらい大きいんです。

そんなたいまつを150人が持って行進を始めたのですから、巨大な炎の固まりが町を練り歩いているようでした。


町を散策していた人たちもスゴク興奮してこちらを見つめていました。見物人たちに見られて私たち行進組もさらにヒートアップ。


で、このまま終わるのかなあ、と思っていた矢先、行進は商店街を左に折れて進んでいきました。


そこに何があるのかなあ、なんてのんきにしてたところ、100メートルほど進んだところに、なんとアイヌの村が!


4メートルもある大きな木製の門の上にでっかいフクロウの木彫りが飾られていました。スゴク躍動的で感心しました。足の恐ろしいかぎ爪が今まさに獲物に襲いかかろうとしている、自分がまるで逃げ場のない子ネズミになった気がしました。


門の中は登りの坂になっていて、約60メートルくらいあり、最頂部には神様をお祭りする祭壇が、その手前にはインディアンのトーテムポールそっくりの柱が数本立っていて、その前にアイヌの長老が座り、左右にアイヌの女性たちが控えて、紐の一方の端を口にくわえ、他方を手に持ち、指でビ~ンビ~ンと弾いて音を出す、アイヌ独特の楽器を演奏していました。


そのアイヌの長老の前に持ってきたたいまつを置いて、長老がお話をし、予め書いておいたお祈りの札を祭壇に入れてお祈りして祭りは終わり。



なまめかしい炎とそれが照らす独特の雰囲気に飲み込まれてしまいました。


アイヌの伝統をこうした観光のイベントに使うことに異を唱える人もいるでしょう。ですが、わたしはすっかり感動してしまいました。


昼間行ってきた知床のオホーツク文化をここで見ることが出来た気がしたのです。



明らかに私たちのヤマト文化とは違う独自の文化が存在するということにとても感動したんです。



わたしたちはこのような文化をリスペクトしなければならない、と強く思いました。




このブログを書いている今も、あのとき流れていたたいまつの歌とビ~ンビ~ンの響きが聞こえてきます。



翌朝、朝5時に起き、朝風呂に入り、6時半から朝食。7時半出発。目的地は富良野、美瑛、そして旭山動物園、とまりは250キロ走って札幌の南にある定山渓温泉へ。

※忘れないうちに。テレビのBS民放で、なつかしの『ジェットストリーム』、そう、あの城達也さんがナレーションした、深夜零時からの日本航空提供のラジオが、流れているのを知りました。テレビですから、城達也さんのナレーションにそのセリフにぴったりの場所が映し出されています。雰囲気良いです。

以下続く