2010年1月31日日曜日

期末試験




火曜日から3日間、刑事弁護論、民事裁判実務、民事法総合、の3科目の期末試験が始まります。


 民事系の2科目は、怖ろしいです。平気で落としますから。民事法総合に至っては、去年の三年生の既修クラス50人中、11人が不可となりました。


その11人は再試を受け、その中の5人ほど(不正確です)が留年となったそうです。


 この民事法総合という科目は、300点満点で、民法、民訴、会社がそれぞれ90点づつ、残りの30点が要件事実だそうです。


幸か不幸か、この30点に関してはわたしは他の連中よりも勉強量が多いです(2倍勉強させられたので)。


 要件事実については、先週伊藤裁判官に質問したおかげでわたしの理解が劇的に進化しました。今思えば顔から火が出るくらい恥ずかしい質問ばかりでしたが、あの日以来、要件事実の本が凄く良く分かるようになったんです。


 その上、恥の上塗りですが、和田先生の『民事訴訟法から考える要件事実』という本を読んでいたら、なんと!わたしが伊藤裁判官に質問した箇所がちゃんと本に載っていたんです。


 ほんと、かゆいところに手が届く、スゴイ本です。


でも、他の科目、特に民法と民訴は不気味で怖いです。
写真は、天神北、元水城予備校横の、10割そば『玄』。ざる大盛り390円。
ゴボウ天そば390円。メチャ安で美味しいです。




☆木曜日までお休みさせていただくかもしれません。よろしくお願いします。

2010年1月28日木曜日

要件事実

今日午前、民事裁判実務の教官である伊藤裁判官に質問しに行きました。
オフィスアワーと言って、学生からの質問時間を予め指定しているのです。
実務家教官は、みなし教官として、文系地区にある大学院棟(ローではなく、むかしからの大学院)の一室が準備室にあてられています。
そこで、10時半から12時まで、と時間を限って教官がスタンバイしているわけです。
わたしが11時過ぎに行くと、学生が一人質問していました。
しばらくしてその学生の質問が終わり出て行くと、今度はわたしの番。
5個ほど質問事項があったのです。ですが、どれも見事に粉砕されました。
分かった!という感じではなく、こちらの質問に対して逆に質問が来て、千鳥足みたいによろよろとこちらが答えると、それがわたしの質問に対する答だった、というわけです。つまり、よ~く自分で考えてみろ、そしたら自ずと答がでてくるでしょ、と言われた訳です。
やっぱ、厳しい人です。裁判官の中でも超優秀らしいというのは本当です。噛んで含めるような教え方はしてくれません。そんな簡単なことくらい自分で考えろ、という感じです。
でも、質問しに行って良かったです。おかげで要件事実の考え方の核の部分が分かったんです。茂木健一郎さんの言うところの、アハ!体験です。
で、夜、試しに要件事実の参考書をパラパラ見ていたら、自分の本の読み方が変わったのが分かりました。見るところが違ってきたんです。
 でもでも、それだったら初めから『ここがポイントだぞ!』って教えてくれても良かったんじゃないでしょうかね~。遠回りしすぎました。
 ともあれ、要件事実という物に対するアレルギーはほとんど消えてくれました。
その意味では伊藤裁判官に感謝します。将来、最高裁判事になってほしいです。

2010年1月26日火曜日

風の清冽さに感動+ロー生活最後の授業

昨夜から今日にかけて、冷たい風が吹いています。でも日差しが暖かいのでこの冷たい風がすごく気持ちが良いです。
春は名のみの風の寒さよ、、、です。


 毎週火曜日の午前中、ローの自習室を業者さんが掃除してくれます。丁寧に掃除機をかけてくれるのです。その後、わたしの背中の方に窓があって、その窓を開け放ちますと、この、おいしい風がサーっと自習室に入ってきます。その冷たさと清浄なイオンシャワーにくるまれ、全身リフレッシュです。大好きな高原にいるようでした。





☆午後、トラブルが発生しました。わたしの周りの4つのブースが停電したんです。1時間、暗い中で勉強してました。故障原因はコンセントが外れていただけ。暗いところで本を読むと集中するのが難しいです。



☆夕方6時10分から、ローでの最後の授業があります。精神医療と法、です。

☆で、今はもうすぐ午前0時。あっけなく終わりました。留年しないという前提でローの授業がすべて終了しました。何の感慨もありません。不思議です。たぶん、心は後期試験と本試験に向いているからだと思います。

ずいぶんと無駄なことをさせられたなあ、という気がします。わたしは塾や専門学校で教えてたことがありますので、勢い教えること、教え方については辛口になってしまいます。

九大ローは文科省に忠実すぎると思いました。ソクラテスメソッドなんてクソ喰らえです。教えることに関して一番大事なことは、その法体系の構造をイメージとして学生の頭の中に構築させることができたか否か、だと思います。

 具体的イメージ、感覚が一番だと思うんです。ローでそれをやってくれた先生は、最後の最後の土壇場でパワーを発揮した院長と、わたしが入学する前にすでにこのローを離れられた、民事執行法のW先生と同じく行政法のO先生くらいです。W先生とO先生は、本や辰巳、それから講義録音を聴いて感動したのです。

 あ、忘れてましたが、太田検事も良かったです。体系的な授業で、実戦的でした。

むかし、塾講師をしてたころ、主に社会科を担当していました。その頃わたしが使っていたキャッチコピーはこうでした。地理という科目は、人と自然との関わりを知る学問だ。どっちが主人公かというと、もちろん人の方だ。月や南極みたいに人がいないところの勉強は社会科ではしない。公民は人と人との関わり方を知る学問だ。そして、歴史は、昔の地理と昔の公民の勉強のことだ。と言うことは、社会科というのは結局、人について勉強する科目だ、と。

ただ、同じ人についての勉強でも、国語は人の内面を知る学問で、社会は人の外面を知る学問だ、と。

人について知ることは結局自分や自分の周りのことを知ることに繋がる、他人を知って自分を知る、それが社会科の勉強なんだ、と。

もうちょっと聞いてやってください。

例えば、江戸時代260年間は、4つの時代に分けることが出来る。最初の50年間は幕府確立期。次に、確立されたので安定期に入る。それが元禄時代。ちなみに安定期は世界中どこでも同じように安定期で、フランスではルイ14世の時代。でも庶民の暮らしまで豊かになったわけではないから、元禄文化は一部豪商を中心としたお金持ちの文化。その後が熟成期である文化文政期、ようやく庶民の暮らしも安定してきて、庶民文化が栄えた、そして幕末期。

こういう風に4つに分けると江戸時代が頭に入り安くなります。それから、当時は日本におよそ260余の藩がありました。地方分権ならぬ、地方主権時代です。

ですから、日本には260の首都があり、各藩は自分の首都に文化を真剣に育て自分の領地を富ませようとしました。これが中国朝鮮と決定的に違うところです。中央集権、専制政治の中国朝鮮では地方は中央官僚の収奪の場でしかありません。都市文化が地方に栄えると言うことはほとんどありませんでした。

もっと言わせてもらうなら(がまんしてくださいね)、日本が日本たり得る決定的なポイントは、日本の歴史には鎌倉時代があったのに、中国は奈良時代で停まっている、韓国は平安時代で停まってしまった、ということです。

武士の時代があるかないかが決定的なんです。中国は未だに律令制度、つまり、皇帝唯一人のために国土と国民が奉仕する、役人は皇帝のためだけに仕える、という制度を続けています。今の皇帝は共産党です。

韓国は、それよりも進んで、国王の周りにヤンバンという貴族集団がいて自分らの利権を守るのに必死でした。これって日本の平安時代と同じです。

ところが、日本では西部劇の世界が平安中期から国中で繰り広げられました。中央の役人の力が衰え、自分の田畑は自分の力だけで守らなければならなくなったんです。ですから、当時の田舎は食うか食われるか、他人の領土を力で奪い取り、負けた方は一族皆殺し、でした。

そういう実力本位の世界では、合理的精神が支配します。とにかく生き抜くには力がすべてであり、少しでも力を蓄えるためには無駄は排除される必要があったのです。

そういう合理的精神が日本にはあったんです。そういうむき出しの力の文化と貴族の雅な文化が融合して今の日本文化が出来上がったのが室町時代です。

足利尊氏が関東に幕府を開かなかった主な理由は、自分自身の力が弱かったためです。自分に脅威を与える有力な武士集団が多く存在したので、天皇の力を利用せざるを得なかったわけです。秀吉と同じです。

それはともかく、室町文化こそが今の日本文化の元なんです。

☆ちょっと熱くなりすぎて恥ずかしいです。行政法のO先生の授業はこんな感じでした(録音で聴いただけですが)。O先生は行政事件訴訟法の構造を何度も何度も、具体例を挙げてこれでもか、と説明してくれました。こんなにありがたい授業はありません。そういう授業を他の先生もやってくれていたら、九大ローの合格率は70パーセント超え間違いないのに。一橋にも勝てるのに。

ローの最終授業を終えたということでわたしも少々感じる物があったんでしょう。いつもより饒舌になってしまいました。

☆☆良かったら左上のスライドショーをクリックしてみてください。いろんな写真が見れますよ。さらに、出てきた写真をクリックすると、拡大できます。



2010年1月24日日曜日

空気がおいしい日だった











素晴らしい気候の一日でした。春のようで春でない、冬の厳しさもあり、来るべき春のときめきもあり、と、良いとこ取りの日でした。




 今、民事法総合という授業の期末試験対策兼受験対策に、民訴の判例を読んでいます。三分の二くらい読み終わりました。




 全部読んだら次は民法の判例と類型別という難しすぎる要件事実の本、それから刑事弁護論という、刑訴の授業のおさらい、そうこうするうちに2月2日からロー最後(になって欲しい)の試験期間が始まります。




 そうそう、頭痛の種だった、精神医療と法のレポート、ほぼ書き上げました。




書いた後読み直すと、遙か昔、刑事政策という科目が旧司法試験科目だった頃に書いていた答案みたいになっていました。




 精神障害者は、社会国家から迫害され、家族からも邪魔者扱いされ、そして自分自身が自分の障害に苦しむという、三重苦の中にいる、当時『精神障害者と犯罪』という刑事政策の出題対策用に作っていた答案集のサビの部分です。そのフレーズを思い出し、さっそくレポートに書き入れました。と同時に、精神障害者は世の中の究極のマイノリティ、社会的弱者の中でも一番弱い人々なんだなあ、というのが分かりました。




 とにかく、精神障害者といってもほとんど私たちと変わりません。むしろわたしたちよりももっと繊細な心の持ち主であるがために、他人からのいじめとか虐待とか無視とかに対して傷つきやすいのです。そしてダムが決壊するように、脳が爆発して信じがたい行動を起こしてしまうのです。自分の家族をみんな包丁で刺し殺したり、まわりの物が自分に話しかけてくるという幻聴に発狂しそうになって大通りの真ん中に立って中空に向かって叫び続けたり、ばい菌に対して極度に過敏になって毎日何十回も石けんで手を洗い続けたり、、、、という異常行動にでます。




ですが、たいていはしばらくすると症状が落ち着いてきて、治療の効果もあって数年経つと一般人と変わらないくらいにまで回復します。




心が風邪を引いたような物なのかもしれません。




 しかも、家族全員を刺し殺した患者さんは、犯行時自分が何をやっているのかを他人事のように完全に認識していたそうです。つまり、人格が分裂していたのです。それで、回復期になった後でも自分の取った行動を記憶していて、その記憶にさいなまれるのだそうです。




 程度の差はあれ、私たちだって似たような物ではないか、という気がします。








☆後で分かったことですが、この精神医療と法という授業がわたしの2年間のロー生活で(留年しない限り)最後の授業となります。




 そう思うと、2年なんてほんとあっと言う間だったなあ、と思います。
写真は動植物園前。ゴリラの鼻くそってなんだろう?

2010年1月22日金曜日

知らぬ間に700越え+火事だ~




このブログを始めてから投稿が700回を越えました。正式には704回目です。



思えば遠くへ来たもんだ、です。こんなに長続きするとは思いもしませんでした。ここまで来れた理由はなんと言っても皆さんの励ましのお便りのおかげです。心より感謝申し上げます。今後ともよろしくお願いします。




★で、今夜11時半過ぎ、近所で火事らしき事件が。そこら中から消防車が10台近く押し寄せてきました。裁判官官舎の真横当たりです。


ところがどこを見渡しても火の気が見あたりません。結局、よく分からないまま


20分くらいで撤収していきました。


★明日、択一模試(自主的な)があるのですが、期末試験対策に追われ、断念しました。要件事実、民訴の判例、民法の判例、刑訴の復習、と、これらを本試験対策に充てることにしたのです。全然進みません。どないしょ。

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鳩山さ~ん

 がっかりです。戦後最高の総理大臣だと思っていたのに。
今の民主党は太平洋戦争中の東条内閣みたいです。王様は裸だ、と誰も言いません。怖ろしいことです。
 小沢氏の個人的問題(刑事事件ですが)になんで政党全体が巻き込まれなければならないのか、しかも民主党議員のほとんど(例外は渡部黄門様と村越拓議員のみ)がだんまり、そればかりか検察批判まで。
 わたしも検察が正義の味方だとは思いません。国家権力の砦ですから。足利事件の冤罪も志布志事件も検察が犯した失態ですから。
 でも、おかしいでしょ。不当捜査かどうかすら確かでないのに、捜査が不当だと決めつけています。政府大与党の幹事長といえば天下の公人です。一点の曇りも無きよう、民主党自体が率先して検察よりも徹底的に調査するのがスジではないでしょうか。
 また、不当捜査かどうかは裁判で争うべきです。検察だって命がけでやっているはずです。いい加減な証拠で捜査なんかすれば後で自分の首を絞めるだけですから。つまり、どっちの言うことが正しいか、そしてそのやりとりを国民みんなが見て知る事が出来る裁判で徹底的に争わせるべきです。
 鳩山さんはなんかはき違えています。がっかりがっかり、情けないくらいがっかりです。
 しかもあろうことか、取り調べの可視化をここで出すか!です。冤罪防止のために何十年も可視化の努力をしてきた人たちに泥を塗る真似をしてくれました。怒り心頭です。
 民主党は小沢党と改名しないと。これがほんとの羊頭狗肉です。
今からでも遅くないです。民主党は小沢問題を徹底的に調べて国民に報告すべきです。
☆あるジャーナリストは検察が捜査情報をリークすることを問題視しています。検察によるマスコミ操作だと。しかし彼はこうも言っています。検察に盲目的に従っているマスコミこそが問題だ、と。同感です。
☆枝野さん、頑張って民主党をまともに戻してください。わたしがみるところ、枝野議員は将来の総理です。
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2010年1月20日水曜日

春が来た?




大寒の日なのに。4月のそよ風が。生暖かくって風も吹いてきたのでもうじき雨が降ってくるでしょう。


そういえば、今朝7時、あまりに朝焼けがきれいだったので、ローに行く途中で大濠公園に寄って美しい空と水面を撮ってきました。



今は正午、ローで書いています。1限目の民裁実務の最終講義でした。伊藤裁判官の九大での講義のラスト。4月から転勤で福岡とお別れです。みなさんとどこかの法廷でお会いしましょうとの〆の挨拶で終わりました。拍手をしました。わたしだけでしたけど。一人拍手に伊藤さんはうつむきながらはにかみながら微笑んでいました。


 終わってから自習室で勉強、暑くて暑くて。長袖カッターの袖をめくった時の感覚はもう春そのもの。


 早めの昼ご飯を、と、愛妻弁当を持って農学部食堂へ。テーブルに座ると、わたしの前のテーブルに大柄な若い女性3人組が来て、食べながら大きな声でおしゃべりしてました。最初は博多弁かなあ、と思ってましたが、良く聴くと韓国語でした。と、今度は左のテーブルから若い女性二人組の話し声が。こちらは中国語でした。でも今日聴いた中国留学生の話す中国語はとっても耳心地がよかったです。中国の昔の時代劇に出てくる美人が話す、優しげで歌うような話しぶりでした。正しい中国語ってきれいな言語なんだなあ、と感じ入りました。


でもでもでも、もしも彼女たちが黙って食事していたとすれば、もはやどこの国の女の子か全く見分けがつきません。これほんとです。


午後、あまりの暑さに耐えかねず、しばらくぶりに泳いできました。案の定、運動不足のせいで後半足がつりました。







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2010年1月18日月曜日

浅川マキ、ミッキー安川、小林投手







ショックショック、ショックです。




少年時代を思い出しました。浅川マキさんはまさに全共闘時代、薄暗い下宿、汚い工場地帯、うらぶれた色街、昭和40年代の影の一面を象徴していました。まさにブルースの女王です。亡くなられたと聞き、ユーチューブで久しぶりに浅川節を聞き直すと、しみじみと昔がよみがえると同時に、彼女の歌が全然古びていないことに驚かされました。いや、この歳になって初めて浅川マキがスゴイ歌手だったことに気づきました。




 ミッキー安川さんについては、いまでもキョーレツに覚えていることがあります。中学時代、中一コースという月刊誌を定期購読していたのです。その雑誌にミッキーさんのアメリカ留学時代のおもしろ話が毎月載っていたんです。




それがまた荒唐無稽というか、胸がすくような日本男児ここにあり的中身で、毎回興奮してミッキーさんの活躍に身を躍らせていたんです。




 当時アメリカと言えば遙か彼方の日本よりもお金持ちであこがれの国でした。日本人は劣等感にひしゃげていました。それが、ミッキー安川さんは一人アメリカに乗り込んで行って日本人を舐めるな、って言ってくれていたんです。



今でも覚えている逸話があります。



アメリカの大学の寮のトイレでの話です。日本ではしゃがんでする時代でしたがアメリカはすわってやるタイプ、それで、アメリカ人達は大ちゃんと小ちゃんを同時にすることが出来ない、同じように座っていても大ちゃんと小ちゃんとは別々にし、よーいどんで同時に大小をやっちゃうことができない、と聞いたミッキーさんは、日本人は同時に出来るぞ、と言い張りました。そうしたら、アメリカ人達からそれならやってみせよ、ととっちめられ、ならばやって見せよう、と、みんなが見ている前で便器に座ってやって見せた、そうしたらみんながビックリ仰天した、ざまあみろ!だ、という話でした。



この話を中一コースで読んだときは衝撃を受けました。一番のショックはミッキー安川がたった一人で堂々とアメリカ人達と渡り合ったという勇気でした。



それから、この話を想像したときのおかしさです。みんなが見ている前でよくもまあ出来たなあ、凄い人だ、と尊敬しまくりました。






実は、1週間ほど前から、わたしの頭にミッキー安川さんが浮かんで来ていたんです。今頃何をやってるかなあ、ミッキー安川は?と。これほんと、ですよ。



ま、浅川マキさんのことは思い浮かびませんでしたが。






ところが小林繁投手のことは何故だかチラッと頭に浮かびました。






ひょっとしてわたしって何かしら霊感があるんでしょうか。ただ、受験前のせっぱ詰まった状態だから持てるのでしょうか。






☆☆いま、チビチビと『閉鎖病棟』についてのレポートを作っています。



   我ながら出来が悪いのが見え見えでイヤになります。






☆☆夕方、香椎までちょいと買い物に。夕暮れが素晴らしかったです。



   千早にJRの新駅が出来ていたのには驚きました。以前は操車場跡でなんにもないガラ~ンとした空き地だったのが、いまではもの凄い街が出来つつあります。




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2010年1月16日土曜日

閉鎖病棟




帚木蓬生(ははきぎほうせい)の小説です。精神医療と法という授業のレポート課題の対象に選びました。でもいま、葛藤中なんです。



このレポートは期末試験に替わるものなので、これを出さないと単位がもらえません。ところがわたしはもう必修科目以外について必要な単位はすべて取り終えていますので、この科目の単位を取る必要性がないんです。



なので、レポートを出すまいかとも思います。受験勉強の方がよっぽど大事ですから。



しかし、意地というか、メンツというか、はたまた川副先生に対する礼儀というか、出さないとかっこ悪いなあ~とも思います。



ま、そもそもそんなことで悩む方がよっぽど時間の無駄とも言えますが。



それで、レポート用紙2枚程度の、形だけのレポートにすることにしました。



じゃあ一体何を書くかなあ、と思案しながらお風呂に浸かっていたところ、!、が降りてきました。



この小説は患者さんの家庭環境、生い立ち、周囲特に親族との軋轢を多く描いています。家族や親戚からつまはじきにされた患者さん達は厄介者と扱われて精神病院に入れられます。入院時は、発作が爆発して社会で大騒動を起こした直後なので脳が沸騰している感じで自己コントロールが出来ませんが、しばらく経つと落ち着いてきて、一般人とほとんど変わらない状態にまで回復する人が多いです。ところがそういう風に病状がほとんど平癒したにもかかわらずその後何と数十年間もの長い間、病院に留まっています。



自発的に退院する患者さんはごく少数なんです。



理由は、家族が退院に消極的なためです。再び発作が起きてとんでもないことをしでかさないかという不安、前回(と言っても素十年前の話ですが)の発作で隣近所に迷惑を掛けてしまったため退院させることに周囲が不安を抱くため呼び戻せない、それから、患者さんの財産の横取りを目論む親族が退院を妨害しようとして、病院の担当医に退院をさせないように求める、などです。


 実際、統合失調症(むかし、精神分裂病と言われたもの)の患者さんの中には、どこかから声が聞こえてきて自分に家を燃やせと命令したので家を燃やした、とか、家族中が自分をいじめていると錯覚して家族全員を刃物で刺し殺した、とか怖ろしい行為をした人もいます。


 でもそう言う人たちも、入院後数年経つと落ち着いてきて幻覚幻聴を見ないようになっていき、終いにはほとんど一般人と同じ状態に戻ります。


 また、潔癖症が昂じて何度も何度も手を洗わないと気が済まないひと、毎朝続けてコップ10杯の水を一気飲みしなければならない女性、一日中掃除を続ける男性、など、いろんな形で一般人よりも少しだけこだわりが強い人も多いです。


 こういう人たちは、遺伝的なものによる人も中に入るということですが、大概は後天的な環境とか人間関係の軋轢、差別、いじめ、などで少しずつ心が痛んでいったために発症したものだそうです。


そう言う人々が何十年間もの間、毎日毎日同じ病棟で集団生活しているのが精神病院です。




この小説は、読み始めの頃は退屈で、一体何を言いたいのか、とイライラしました。


ですが、後半から、どうも、精神病患者とされている人たちの方が心が細やかで繊細で対人関係にとても傷つきやすいナイーブな人たちであることがわかってきました。むしろ、彼らは人間の原点に戻ったのではないか、とすら思うようになってきました。


一般社会人は分厚い殻を纏っているのに、それが無い人たちは他人からの精神的加害をまともに受けてしまい、こころが傷ついてしまってコントロールが出来なくなったのではないか、と思いました。


 脳梗塞にかかった友人が、発症時、まるで自分の脳がやけどを負った感じがした、と言っていたのを今でも強烈に覚えています。


 統合失調症になった人たちも、心がやけどをしてしまったのかもしれません。




で、この小説のあらすじなんですが、、、、、、、、。


知りたいですか、みなさん?


焦らしているみたいで申し訳ないんですが、わたし自身、書きたくもあり、書きたく無くもあり、の心境で、迷っております。




どーしよーかなー?
写真は、多々良川とたまごプリン


2010年1月13日水曜日

魁皇新記録と大雪




今、午前7時です。朝6時に自宅を出たところ、車の上に雪が3センチほど積もっていました。



でも道路は大丈夫でした。無事ローに到着し、自習室に上がると、すでに数人が勉強していました。室温は22度。外は吹雪いていたので暖かさがありがたいです。早速電気毛布をオンにして下半身に巻き付けました。これもまた極楽気分。



遅れている倒産法と行政法の基礎の基礎を今頃やっている最中です。焦りの気持ちをぐっとこらえて基本、つまり条文と定義趣旨要件効果、そして法構造を鍛え上げなければ。


午後、生協の本屋に行こうとして一階に下りたところ、N先生と鉢合わせ。


ヤバイ、と思いつつもにこやかに挨拶をしました。


年末から、ゼミに出てこいと言われながら避け続けていたのです。


10分ほどローの廊下で立ち話というか、お説教というか、激励?をもらいました。


 その後吹雪の中を生協本屋まで。雪が真横から当たってきました。


 本を注文しようとすると、生協のおばちゃんが、その本なら明日2冊入荷するけん、あんみつさんの分をとっといてやるけんね、と言ってくれました。


なんと私の名前を憶えてくれているんです。すごいです。


 その後5分ほど吹雪の中を歩いてドンキホーテに。この前自習室でヘッドホンしてモーツァルトを聴いていたところ、音が漏れてたらしく、女の子から注意をもらったんです。友人からもらったO先生の昔の講義録音(感動もの!)を聴く傍ら、時々、合間に。頭の良くなるモーツァルト、というCDを聴くので。


 それで音漏れのしにくいヘッドホンを買いにドンキまで。


 2800円のやつを買ってノートパソコンにつなぎ、モーツァルトを聴くと、なんともの凄く音が大きく聞こえたんです。ええっ?と驚きました。ヘッドホン次第で音量がこうも違うとは。


 


☆今朝の民事裁判実務でこの前の小テストが返却されました。ちょうど9割でした。


やっぱり伊藤裁判官は意地が悪いなあ。難しい問題が数問あって、満点阻止の意図がありあり。


前回の小テストの不出来と合算すると、一息ついたかなぁ、という感じです。


この授業では危なく遅刻するところでした。ローの校舎を出て学部の校舎に向かおうとしたそのとき、急にお腹が、、、、。で、あわててローのトイレに駆け込んだのですが、おなかは痛いのになかなか出て行ってくれず、仕方なくほとんどでないまま、つまりお腹が痛いまま学部の教室へ(民裁実務の授業は学部の教室で行われているので)。入ると同時に授業が始まりました。そして直ちに出席簿順に答案返却が始まり、わたしは前の方の順番だったので、直ぐ受け取って伊藤裁判官に断りを入れてローのトイレに飛んでいきました。


今度は素直にお出ましくださいまいした。いや~、ほんとにやばかったし、苦しかったです。



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2010年1月11日月曜日

パソコンが変です

調子が悪くなっています。突然シャットダウンしたり、画面が乱れたりします。

怖ろしいです。パソコンのトラブルほどイライラし、かつ困るものはありません。

今、パソコンが壊れたら片腕、いや、両腕をもぎ取られるようなものです。

☆休祭日のローは勉強しやすいです。なにせ鬱陶しい授業がありませんし、ロー生の数もそれほどでもないので。そういうわけで土日月の3日は感謝の気持ちで机に着いていました。ただ、全然捗りません。一度、いや何度もやったはずの民訴の知識が落ちているのにガックリ。
自分がアホになっているのがよく分かりました。

☆どうかパソコンが壊れませんように。

☆☆強烈に驚愕したことが!グーグル地図で福岡のある場所を検索したら、なんとなんと福岡の街の実写画像が!それも、ありとあらゆる路地まで写真で見れるんです。その上まるで自分がその場所を歩いているかのように写真が移動したり回転したりするんです。
だったら我が家も見れるンかいな、と地図を移動させて最大に拡大すると、なんとまあ、本当に我が家が写っているじゃないですか!
これは凄すぎます。びっくりにもほどがある、なんて。いやぁ参りました。
そういえばプライバシイがどうとかと言ってたなあ、って思い出しました。
たしかにこれは一つ間違うとアブナイかも。だってものすごくリアで、動く写真が画面にでっかく現れるのですから。
みなさんも一度御覧になればお分かりになります。え?もう知ってました?

2010年1月9日土曜日

再び10番答案と2500番答案




昨日からもう一度比べ読みしてみました。1週間前辰巳の無料講座でこういう名前の無料講座を聴いたんですが、もう一度考えてみる機会に出会ったからです。



 尊敬する先生から去年の問題の貴重な解説を頂戴したのです。その解説がまた相変わらず鋭かったんです。しかもとても分かりやすいんです。



それで、ついでに日本評論社から出ている解説本ももう一度読みましたが、こちらは話がこんがらがっていてすっきりしていません。



答案を読み比べてみてよく分かったのは、単刀直入が大事だ、ということ、点数が低い答案ほど回りくどくなっています。また、自分が今何を言おうとしているのか、という目的的な書き方をすること、さらに、基本的概念をきちんと把握すること、原則論、趣旨論を現場でひねり出せる力を身につけること、です。



それから、超優秀答案でも結構穴があること、もわかりました。



行列の出来る法律相談所に出ているツルツル頭の菊地弁護士が刑事法の答案解説をしていましたが、抜群でした。彼の言うとおりだなあ、と感心しました。




やっぱ、考えることですねえ、勉強って。
☆写真は十日戎。福岡県庁の真横にあります。博多の人間って、こういうお祭りが好きですなあ。



2010年1月8日金曜日

自白


たった一日で約束を反故にしてしまいました。目が覚めたら8時。あちゃ~っ。

やっぱりだめだなぁ、オレって。

弁明させてください。小テストの興奮が残っていて昨夜はなかなか眠くならなかったんです。仕方なく!焼酎のお湯割り(超薄めの)をあおりましたが、なぜかしら却って覚醒してしまう始末でした。

 今日は久しぶりに民事法総合の授業。会社法の西山先生が担当。1年ぶりに西山先生の授業を受けました。ローの院長の激務からもうすぐ解放されるせいか、元気はつらつでした。気合い入りまくりでしたが、相変わらずの西山ワールドが展開されてしまいました。本題から外れまくり、寄り道がすごいんです。東海道五十三次を江戸から出立したのは良いが、1日経ってもまだ品川にもたどり着かない、で、何をしてたかと言うと、歩き始めて直ぐ、旅の装備の点検だとか道順だとか道ばたで座って旅の目的を蕩々と論じる、というような物でした。

旅は楽しいかと問われると、イエス、でも、京にまで辿り着けそうか、と訊かれると、ウ~む、というものでした。

★一昨日、女房の友人の旦那さんが亡くなりました。奥さんが朝、旦那さんを起こしに行くとすでに冷たくなっていたんだそうです。

わたしよりも2歳上だったそうです。他人事ではないなあ、と怖くなりました。

☆わたしの尊敬する先生からメールを頂戴しました。ありがたいことです。感謝。

2010年1月6日水曜日

なんだかなぁ

民事裁判実務の第2回小テストが今朝ありました。


3問?が。どうも満点は無理みたいです。くやし~ですっ!


一番緊張したのは、朝起きれるか、でした。このテストに寝坊したら落第、留年確実でしたから。


それで、昨夜は入念に?準備しました。コタツ寝です。夜12時にコタツで横になり、さらにホットカーペットをオンにして寝ました。


目覚ましを朝4時半にセット。目覚まし時計が鳴り、起きるとすぐに熱いお風呂に入り、体温を上げました。脳が活発に活動するには脳内温度が上がる必要がある、ということらしいので、それには体全体をあっためれば、という発想です。


そんで、風呂から上がって30分後、6時前に出立。


途中、ローソンでおにぎりと牛乳を買っていきました。


ローに着いたのは6時半。すでに数人が勉強していました。


ロー内は暖房が切れていて案の定おへそから下と首筋が冷や冷やしました。


そこで、ジャジャーン!秘密兵器登場!電気毛布を持ってきてたんです。


これがまあ、大ヒットで、下半身に巻いてスイッチオンすると、じわ~っとあったかいものにくるまれて、嗚呼、涙が出るほど気持ちよくなりました。私の居る場所はすぐ左に緊急出口のドアがあり、そこから冷気が押し寄せてくるのです。


この電気毛布のおかげでこれから卒業まで平日は毎日6時にローに来ることにしました。

実際、今日の問題は後半戦が民訴の問題で、かなりしんどいのがいくつか出されました。伊藤裁判官、優しい顔してキツイことやらはりまんなあ。

終わるといよいよ倒産法に取りかかりました。やはり合格者答案の分析は大事だなあ、と実感。
その後は行政法。やはり苦手科目を勉強すると落ち着きます。今月中に両科目マスターできるかも、との期待が持てそうです。

昼ご飯に10分ほど歩いて390円のごち盛りうどんを食べてきました。寒い中を歩くのは気持ちが良いです。エビ天とワカメと肉と生卵が入ってたった390円なのは、やはりデフレなんでしょうか。

よーし、明日も6時にローに着くぞ!エイエイオー。

2010年1月3日日曜日

一歩一歩
























































わたしの今年のスローガンです。

それ以外にないでしょう。イチローが200安打出来たのもコツコツとヒットを打ち続けたからです。


わたしも毎日コツコツやります。


田舎では、姪っ子が成人式のリハーサルでビシッと晴れ着姿に。日本文化の粋ですな~。惚れ惚れとしたあで姿。



そして今日、今年初めてローに行くと、氷の世界。暖房が入っていないんです。足下も首筋も背中も指の先もぜ~んぶ冷たくなってしまいました。


温度計は18度を指していましたが、体感気温は5度くらいでした。


民事裁判実務の小テストが今度の水曜朝一にあり、何が何でも満点近く取らなければならず、テキストと民訴法の条文とコンメンタールを読み込んでいました。
途中でうたた寝してしまいましたが、凍死するところでした。


余りの寒さに夕方早々と退散。外に出ると夕空がもの凄くきれいな茜色に染まっていました。


女房の実家で晩ご飯を食べながら龍馬伝をチラッと見ました。ドキュメンタリータッチで出だしの掴みはOKでした。去年の直江兼継はイマイチだったのと正反対。ただ、昔漫画で読んだ『おーい龍馬』とほとんどそっくりで、驚きました。
ただ、龍馬が見ている世界の広さが岩崎弥太郎やら武知半平太らとは桁が違うことには心を動かされました。
心を動かされたと言えば、田舎で読んだ『閉鎖病棟』ですが、患者さん達は一般人とほとんど変わらないのにはドキッとしました。彼らはむしろ一般人よりも繊細すぎて傷つきやすい人たちなんだなあ、とも。病院の外にいる私たちの方が異常なのかもしれない、異常というのは、対人関係について鈍感、もっと言うと他人を傷つけることにおける無神経さの程度がひどい、と言いたかったんですが。
詳しくはまた後日お話しします。




☆それにしてもNHKってブームを作り出すのが得意だなあ、と感心します。坂の上の雲で明治維新を、冬のソナタとチャングムで韓流ブームを、って。



☆行政法はなんか掴めそうな気配がしてきました。


 倒産法はまだまだ、まだまだ、です。