2009年11月14日土曜日

奨学金返還説明会で







怒り爆発しました。




返還宣誓書を出せというので、その説明会に行きました。九大の大講堂で夕方から約2時間。参加した学生、院生は大体100人ほどでしょうか。




説明役は大学の職員の女性と育英会からやって来た女性課長。




最後の方で何か質問はないか、というので、頭に来たのでぶちまけてやろうと思いました。へんてこな事が多すぎるのです。




そしたら私よりも先に同じクラスの学生が質問に立ちました。内容はこうです。




育英会が要求するのは、返還債務について、連帯保証人と通常保証人の計2人を立てろ、連帯保証人からは収入証明書と実印、通常保証人からは実印を押してもらってこい、ということです。




 で、同じクラスにいる学生が質問したのは、もしも連帯保証人とか通常保証人を立てなかったらどうなるのか、ということです。




課長が答えるには、仮定の質問には答えない、とか、裁判に訴えるとか、お役人丸出しの返答でした。




 その後、わたしも質問しました。そもそも奨学金を借りるときにすでに連帯保証人を立てているじゃないか。それって、返還債務を連帯して保証するということではないか、だったらなんでまた更に連帯保証人の実印と収入証明書が要るのよ?と。二度手間じゃないか。もしもその必要があるというのなら、なんで2年前の申し込み時に連帯保証人を立てたのか、どちらか一つで十分ではないか、と質問したのです。返還のしおりには、原則として連帯保証人は2年前の申し込み時と同一人であること、と書いているのです。




 そしたら、どんな返事が返ってきたと思います?




大学職員が答えたんですが、2年経つと事情が変わっているかもしれないのでもう一度提出してもらうのだ、と。






でもオカシイと思いませんか。一般的な借金の場合、借りるときに保証人を立てるのは当然ですが、借りた金を返すときにまた再び同一保証人から実印を押させるって。



たしかに民法450条2項は、保証人に弁済の資力が無くなったら、資力のある人に代えてくれと債権者は言える、という規定があります。



でもそれならば、2年前に連帯保証人になってくれた人の資力の有無に関する書類だけ出せば良いはずです。



ですから、2年前に連帯保証人になってくれた人と同一人から実印と印鑑証明と収入証明を出してもらえという育英会の言い分はデタラメだ、と思います。



それで、大講堂でマイクを持って質問したのです。



 まだあるんですよ、ヘンなのが。



一つは、保証人になる人は65歳以上はダメ、配偶者は保証人になれない、



極めつけは、保証人は4親等内の親族であること、それ以外の人間だったら別に申請書を出せ、というのです。



これには何人もの質問というか、クレームが飛び出しました。むこうの言い分では、奨学金返還は長期にわたるので保証人になる人の年齢が問題だから、と言うのです。でもねえ、100歳まで生きる人だって大勢いますよ。



それに配偶者が何故ダメなのか、ワケが分かりません。



そして、学生が、自分の配偶者の父親、つまり義父は姻族1親等だから親族になるのではないか、と、まことに真っ当な質問(というより、確認でしょう)をしたのに対し、彼女たちはこう答えたんです、その場合は、『他人』に当たります、と!



思わず椅子からずり落ちそうになりました。オーマイガーッ!親族の定義は民法725条に書いてあります。



6親等内の血族、配偶者、3親等内の姻族、って。



ほんと、コイツらふざけやがって、と思いました。デタラメと言うより、自分勝手という方が適切な表現だと思いました。



 あ~、また入学前と同じように学生課の奨学金係で大立ち回りをしなければならないのかと思うと、うんざりしました。



 それにしても、今日の説明会には理科系の学生や院生が来ていましたが、彼らはすっかり手玉に取られてしまってました。ブツクサと文句を言い楯突くのはロー生ばかりでした。



 もう一度言います。育英会はヒドイです。

2009年11月13日金曜日

春のように











気持ちの良い一日でした。このままずーっとドライブしていたいと思ってしまうくらいでした。




要件事実の勉強はなかなか捗りません。民法の無権代理人による本人相続とか日常家事債務について、授業でやるのでちょっと復習してやろう、と思ったら意外に忘れていてぞっとしました。




また、来週、ローの入試があり、知り合いが二人受けるので、何が出そうか気になってました。そしたら民訴で引っかかる問題が見つかって、それにも引きずられてしまいました。




 要件事実に関する教科書には問題研究という優しく書かれた本と、類型別という悪魔のような本とがあります。




いま、悪魔の方を匍匐前進で読んだり纏めたりしています。たとえて言うなら、超濃縮ジュースです。そのまま飲んだらゲ~ッという吐きそうな味で、とても一気に飲み干せません。でも10倍に薄めたら俄然美味しくなる、そんな本です。




ならば、どうすれば10倍に薄めることが出来るのか、です。




繰り返し読む、一旦さーっと読んで、次に一行ずつ読み込んで、そしてもう一度さーっと読み流す、と言ったリズムでやっていくしかないです。








☆きょうの民事法の先生は小池さんといって、同じ大学出身の学者、40歳くらいでしょうか。面白くて楽しいのですが、頭が良すぎるのか、ついて行けないところがあります。この先生の授業は時間が経つのが早いです。それだけわたしも集中しているということだと思います。




概して裁判官や検察官の授業は面白いです。無駄がないし、実務感覚が学べるので。




☆☆ドイツ人がやっているパン屋兼スポーツバーが近くに出来ました。この前ここでバケットサンドを買ったら塩辛くて途中で止めました。けれども、その反対にアップルパイなどのスィーツ系は美味しいです。
元祖スイーツ系男子から見ても合格です。本物のドイツ菓子の味です。





2009年11月11日水曜日

平成11年11月11日午前11時11分


1がずらりと並びました。このときをねらって城南区役所に婚姻届を出したんです。
イイことが続きますように、と。で、結果は、、、、、、。


まあ、人間万事塞翁が馬だと、禍福はあざなえる縄のごとしだと、ゼロサムだと、そう思うことにしました。




今日は教官と面談を1時間。ローでの不平不満とか進路とか。行政法の先生で、京大大学院出身のフィールドワーク重視の先生です。


私自身はおもろい授業をやってくれるので好きです。例えば、トルコ風呂事件という行政法の有名な判例がありまして、東北地方のある街で、トルコ風呂を作らせないようにと、行政がむりやり建設区域の近所に教育施設をつくって風致地区に仕立て上げて営業不許可とした事件です。


その先生は現地に行っていろいろと写真を撮ってきたりして授業中にスライドで説明するのです。


学生の中には下劣だとか無駄だとか言って嫌悪するのが結構いました。ですが、わたしは、すっげーおもろいなー、と感心してました。


わたしはその先生に、ローの学者教官の授業のやり方のマズさを思いっきりぶちまけてきました。胸のつかえが取れました。




夕方からは合格者の女性チューターによる択一刑法ゼミ。彼女は論文試験で刑事系の成績が全国で79番でした(7000人中)。


どれくらい優秀なのか興味津々で受けたのですが、意外や意外、基本、つまり構成要件をきっちりと書くことで上の方に行けるのがわかりました。


あと、細かいところは大胆に飛ばす、という男っぽいところも大事なのかもしれないと思いました。


そうそう、面談で進路を聞かれた際、大分の田舎で地道にやりたいと言ったところ、地方にはいっぱい仕事があるよ、と励まされました。


☆今日は何故か暑くて仕方ありませんでした。まわりは寒そうにしているのに。バイオリズムが頂点の日なのかも。それで民事裁判実務の授業でも、何でも来い、先週の敵討ちじゃ、と待ちかまえていたら今度は当たらず仕舞い。

でも来週小テストがあるのでそこでは9割を目指すつもりです。去年落っこちた理由もこの小テストのせいだから。








2009年11月9日月曜日

ベルリンの壁







ちょうど20年前でした。信じられないことばかり起きた年でした。昭和が平成に代わった年でもあります。ベルリンの壁崩壊とソ連の崩壊、世界が変わったんです。
第一、わたしたち昭和世代は年号と言えば昭和、昭和の世がずーーっと続くものとばかり信じてましたもの。


ソ連が崩壊するなんてあり得ないと思っていましたから、ゴルバチョフ共産党書記長が自ら共産党政権を大政奉還したのにはもう、ノーベル平和賞10個分感激しました。ああ、思い出しました。ブレジネフ書記長でした。軍拡競争、宇宙競争、なんでも米ソは張り合ってました。チャイコフスキー音楽賞でアメリカのヴァンクライバーンが優勝したときはニューヨークの5番街をオープンカーで凱旋したんですよ。ヤンキーズのように。
ちなみにそのクライバーンは自ら音楽賞を創設し、今年、我が日本の盲目の青年が優勝したんです。大分脇道に逸れてしまったなあ。


 若い人たちは知らないでしょうが、その当時はいわゆるスパイ小説が花盛りで、ジョン、ル、カレの『寒い国から帰って来たスパイ』、とか、ロバートラドラム(ボーンシリーズの)とか、007シリーズもそうですが、とにかく手に汗握るハラハラ小説がもの凄く面白かったんですよ。映画で言うと、クリントイーストウッドの『ファイアーフォックス』という映画も良かったです。





 敵と味方がはっきりしていたんで分かりやすい(と思いこんでいた)時代でした。





 今、同じような雰囲気を味わおうとするなら、北朝鮮に潜入するような感じでしょうか。





 でも、ドイツは統一したのに朝鮮半島は未だに分断されたままです。もちろん、ドイツの統一についても、アメリカイギリスフランスは実は妨害しようとしていたんです。ドイツが統一されたら強大な国家ができるからなんです。それでもドイツは統一を果たしました。では朝鮮半島は?どうも韓国は統一に及び腰のようです。なんでだろう。









 逆にわたしが期待しているのは中国の分裂です。ソ連邦も分裂しました、というか、元の独立国家群にもどりました。中国もそうでなければならないと思います。土台、チベットも内モンゴルも元は別の国なんですから。それからウイグル自治区もウイグル族の国のはずです。





 そう言う意味では民族主義は否定できないと思います。





翻って我が国を見ると、沖縄の人々の苦しみは格段に大きいと思います。痛みの負担が大きすぎます。





米軍基地は無人島に移すべきです。





ん?またまた過激になってきそうなのでやめときます。


☆今日の暑さは酷すぎました。家族法の授業では何人も下敷きや扇子であおいでました。先生は授業に集中しててそんな学生たちの苦悶に無頓着。気の利いた学生が黒板横のエアコンスイッチをポンっと押しさえすれば良かったのに。
☆☆台湾の豚まんは美味しいです。豚の角煮まんも。箱崎は大分寂れてきました。九大がほとんど移転して学生が減ったんです。残っているのは文系くらい。あとローも。大学の敷地の9割は理系の敷地なので無人地帯が広がっています。そのため防犯対策に民間の警備会社を大勢雇っています。

2009年11月8日日曜日

リバテープ復活


救急絆創膏、最近ではバンドエイドとかいう舶来ものに浸食されてます。


でも、わたしらが子供の頃は、九州人は皆、リバテープと呼んでいました。


というか、日本人はみなリバテープを使っている物とばかり思いこんでました。



ですから、バンドエイドが幅をきかせ出したときは悔しかったです。一体あのリバテープはどこに行ってしまったのか、と。


そしたらなんと、今朝のがっちりマンデー(たまたま見てました)でそのリバテープが全国区どころか、全世界的に注目されて注文殺到と言うではありませんか!


なんやようわからんけど、自分のことのように嬉しくなってしまいました。


 今朝は8時から団地掃除なので、7時半に目覚めてテレビを付けたんです。そうしたら、番組で田舎にひっそりと引きこもっているけど実は世界に羽ばたいているスゴイ企業の特集をやってたんです。


 それで、熊本にあるリバテープという絆創膏会社がトップバッターで登場。


なんと日本で最初に救急絆創膏を売り出したんだそうです。


で、何が世界的に注目されていたかというと、超極薄の救急絆創膏を発売していて、それを貼ると、外見上全く貼っているように見えないのです。

オースゴイ、と感心していたら思い出しました。数ヶ月前それを使っていたことを。なんか、透明な人工皮膚のような感じでした。夜、風呂上がりに傷口に貼って翌朝目が覚めた後、貼ったことをすっかり忘れてしまってることが多かったです。

ほんと、良かったです。


☆今日はまた、春のような生あたたかさで、気持ち悪くなるほどでした。ロー内は暑いと思うと急に冷房で寒くなったりと、一言で言うならおんぼろです。

☆☆要件事実の本、面白いです。腰を据えてやらないと頭に入らないのがわたしの欠陥です。
☆☆☆写真は住吉神社。今日、白鳳と朝青龍の両横綱の土俵入りをこの境内で執り行うということで大勢集まってました。女房とお袋さんも、近くなので見に行ったそうです。二人が参道を歩いていく姿だけ見ることが出来た、けどそれしか見れなかった、そうです。

倒産法がやっと終わり

夏期集中講義のはずだったのに、今日まで延びてしまいました。でも勉強にはなりました。32人のはずが今日は17人しか来ていませんでした。それで、1コマに2回当たりそうになり、恐怖でした。
改めて思うのは、破産法も再生法も分かりやすい本が無いなあ、ということでした。もしわたしが倒産法をマスターしたらもっとシンプルで且つ見やすい本を書くのになあ、と慨嘆しました。
なんで骨太の本がないのでしょう。
大分無駄な遠回りをしたような気がしました。
☆要件事実もそうです。ところが最近、私の尊敬する先生が我がツボ!の要件事実の本を出されました。分かりやすく書いてやろうという熱意が沸々とわき出しているとっても素晴らしい本です。
明日、団地掃除が終わったら読破します。同時に問研、類型別、という無く子も黙る要件事実の本をもう一度整理するつもりです。
☆今日は女房が親戚の結婚式に出席したのでデジカメも同伴。

2009年11月6日金曜日

困るんだなあ、また暑くなって


ローの室内温度は28,2度でした。もう暑苦しくて。

明日は倒産法の最後の補講。水元先生の授業もラスト。当たるのもラスト。

民事再生です。今年の本試験でも1問でました。

最後のコマはQ&Aの時間です。分からないことがたくさんあったのですが、アホなことに、何が分からないのか、忘れてしまいました。ボケ!このオーボケ!
帰り際、クラスの女子学生から、火曜日、わたしのくしゃみと鼻水の凄さにビックリしていた、と聞かされました。よほどひどかったんだなあ。みんなに迷惑を掛けてしまったみたいで、申し訳なかったです。
☆昭和の残像が箱崎にはまだ残っています。自分もこっち側の人間なんだなあ。昔はこんな店ばっかりでしたもの。思い出すのは小学1年生のころ。八幡で暮らしていたのですが、近所に間口1メートルしかない、ちっちゃなお好み焼きやがありました。たばこ屋の店先みたいな感じの狭い小さい店でした。ちっちゃなおばーちゃんが一人で道路に向かって座り、鉄板でお好み焼きを1枚5円で焼いてたんです。メリケン粉を水で溶いて鉄板に薄くクレープ状に円形に延ばし(広島風)、その上に魚粉と天かすとネギをぱらりと振って、半月状に折ってから醤油ベースのたれを塗ってお終い。でもこれがほんとに美味しかったんです。そのおばーちゃんが、子供たちから注文を聞いてやおら円柱形で先が布のモップみたいになってる油塗りで鉄板を塗り始める様子が今でも目に焼き付いています。
近所には別の大きな店があり、そこではもやしとか肉とかが入っているヤツで、1枚30円。とても手が出ませんでした。
なんでお好み焼きを思い出したのか、というと、テレビで、ロンドンで今大阪風のお好み焼きが流行っているというのを見たからです。なんと1枚が3200円もするんですよ!それでもスペインからわざわざロンドンまでこのお好み焼きを食べに来るほどの流行だそうです。流行っている訳は、なんでも、客の目の前で料理の始まりからできあがりまで見せることがクールだからだそうです。
それと、客がわざわざお金を払って客自身で料理(お好みをひっくり返したりタレを塗ったりすることだそうです)させるのもクールなんだとか。たしかに異文化なのかも。