待ちくたびれてしまいました。他の科目はほとんど発表されています。残るは民事法と、歴史と法、模擬裁判、の3つだけ。あと、刑事弁護論という通年の科目も出ていません。
そうこうしているうちに来週水曜から倒産法の集中講義が始まります。予習しなければなりません。こりゃ大変だ。
今日は電気掃除機を買いに女房について行きました。ビックカメラに目当ての掃除機が他より安く売ってるというので昼前二人で行きました。
はじめは順調でした。予定通り、シャープのサイクロン掃除機(定価42000円!の20パーセントポイント還元)を買い、レジで精算していたら、トラブル発生。
女房が使うと決めて貯めておいたビックカメラのポイント、2万2千点分が期限切れで消えているというのです。
つまり2万2千円相当の値引きが受けられなくなったのです。
ポイントは最後に買い物をした日から2年間何も買わなかったら自動的に消えるのです、そういう約款があるんでしょう。
怒った女房の言い分はこうです。自分は3年くらい前に時計をビックカメラで買い、ポイントが2万2千ポイントたまっている。その後、ビックカメラから、2年が経つ直前にはがきが来た、もうすぐ2年が来ますよ、ポイントが消えますよ、と。
それでポイントが消えないようにビックカメラに出向いて安い商品を買い、ポイントを継続させた、その際ビックカメラの店員さんに、この次も2年が経つ前にお知らせの葉書がくるのか、と尋ねた。そしたらその店員さんは、ええ、送ります、と答えた、と。
なのにその後ポイントが消える警告葉書が来なかったのでてっきり未だ2年経っていないものと思って今日やってきたのだ、と。
そうしたら、応対した若い男性店員(新入社員みたいでした)は何度も店のコンピュータに照合したりして、結果的に消えたポイントは復元できないので仕方ない、という返答を繰り返すばかり。
その若い男性店員は応対の仕方そのものはソフトで感じよかったのですが、返事の中身は、無理無理を繰り返すばかり。女房もしびれを切らして店長を呼べ、と主張。
すると今度は頑固で強情で無慈悲な女性店員(彼女も結構若い)がやってきて、文字通りけんもほろろ。とにかく消えたポイントはどうしようもない、お客さんの要求は聞けない、と。
そこで、わたしが、自分たちはビックカメラの店員さんの言うことを信じて行動してきた、ポイントの期限が切れる間際にはお知らせ葉書を出す、と言うから、葉書が来ないんでまだ大丈夫だろうと思っていた、そういう風に信じたことに何か手落ちはありますか?と。また、出すと行っておきながら出さなかった店員さんはビックカメラの店員さんであって、ビックカメラさんの手落ちではないんですか、と。
帰ってきた返事は、確かにその通りです、ですが仕方ない、と。
で、わたしは次に、こちらは単純に、消えたポイントを元通りに戻してもらえばそれで済むのだ、だから電算センターに連絡してデータを復元してもらえさえすれば十分である、と言いました。
すると女性店員は、それは出来ない、無理だ、と言うのです。で、わたしは、いいや、無理ではない、すぐ出来る、簡単な話だ、と言いかけると、こちらの言うことを遮って彼女は無表情に、無理です、と言い返すのです。
だから、わたしも、あんたは勝手に無理だ無理だとばかり言っているが、無理なことは一つもないんだって!と言い返しました。
女性店員は頑としてわたしの言うことを聞かずに、自分の主張を言い張るばかりでした。
でも失態を演じたのはそちらでしょ?ビックカメラさんの言うことを信じたこちらにも何かまずいところがあったのですか?2年経ったかどうか自分で調べないといけないんですか?たしかに他の、例えばヨドバシカメラなんかはポイントが2年で消えるとき、なにも警告の葉書や連絡を寄越しません。でもこちらもまた、その店のやり方はそうなんだと分かっていますから、2年経ってヨドバシカメラのポイントが消えても、ああ仕方ないなあ、馬鹿なことをしたなあ、とあきらめることができます。
でも、ビックカメラは当時、お知らせ葉書制度を採用していたんです。その事実は店員も認めています。ビックカメラが後に一方的に何の連絡もなく廃止しただけです。
ですから、堅いことを言うなら、ビックカメラさんは信義則に則った行動を取るべきです。自らの行為で相手を信用させてしまった以上はその相手がそれに基づいた行動を取った場合、その行動に対して責任を負うのが信義にかなう、ということです。
で、はじめに応対した若い男性店員と、次にやってきた強情な女性店員だけでは埒があかないので、店長を呼んできてくれ、とこちらは要求しました。
すると、すぐに副店長という男性がやってきました。
その副店長はこちらに来るなり、間髪を入れずに、まことに申し訳ありません、とお詫びの言葉を発しました。
ホォー!こいつは出来る!と感心しました。
わたしは頑固な女性店員の顔を睨みつけながらこう言いました『一等最初にその言葉を言ってくれたら良かったのに』と。
その副店長は平謝りしてくれました。ただ、消えたポイントは復元できない、その代わりに2万2千点のポイント分はこちらの責任でなんとかします、と言いました。女房はまだ怒りが納まらず、口だけじゃ安心できないから一筆書いてくれ、と要求、副店長は、なんの躊躇もなく、はい分かりました、書きます、と。
結局、女房の消えたポイントは、一つの商品について一気に用いることは出来ず、何遍かに分けて少しずつ使う事しかできないことになり、かなり不便になりましたが、最終的には全部利用し終える事は出来ることになり、負けはしなかったが勝ちもしなかった、ということになりました。
副店長の誠意ある対応がなければ今頃はビックカメラ本店にクレームを言い続けてたところです。
それにしても女性店員のふざけた態度には今も怒りが納まりません。怒りの原因は、彼女にわびる気持ちがこれっぽっちもないのが見え見えだったことです。しつこい客だ、と思っているのが透けて見えたんです。
こんなイヤな気分にさせられた以上、以後ビックカメラの5階に行くことはないです。
女房が後で言いました、自分一人で行ってたら確実に言い負けしてポイントを見殺しにするところだった、と。
お陰でその後ローに行っても疲れて爆睡してしまいました。
2009年8月23日日曜日
2009年8月21日金曜日
国旗騒動
麻生総理と産経新聞が民主党霧島支部の国旗裁断行為をねちっこく非難しております。
日の丸を2本使ってそれぞれ半分近くに切って縫い合わせると民主党の旗が出来るので、霧島支部がその通りに作って小沢一郎の講演会の壇上に飾ったという事件です。
みなさんはどう思いますか?
国旗を『切り刻んだ(麻生さんの表現です)』行為は国旗に対する不敬な行為であり許し難いことでしょうか。
それとも、それくらいどーってことないじゃん、でしょうか。
わたしが思うに、これは国旗とはなんぞや、という面白い問題であると考えます。
国旗ってなんですか?言い換えると、白地に赤い丸を描いたデザインは全て国旗になるんでしょうか。
たとえば商店のシャッターを真っ白に塗って真ん中に赤い丸を描いたら国旗になりますか。日の丸弁当は国旗ですか。幼稚園児が画用紙の真ん中に赤い丸を描いたら国旗になるんですか。 お祭りやパーティーで万国旗を天井なんかにずらずらーっと飾りますが、あの一つ一つはみんな国旗として使われているのでしょうか。それともただの飾りとして使っているのでしょうか。
人がそのデザインを国旗として使うときに初めてそのデザインは国旗になるのだと思います。
ですから霧島市の民主党支援者は普段は国旗として使っていた布だけどもデザインが似ていて民主党旗を作るのに便利だからそのデザインの布を使ったのであって、国旗、を裁断しようというつもりは無かったと思います。
ただ、当の本人はそう言う思いしかなかったとしても、周りの人間の中には2枚の布がもともと国旗として使われていたものだからその布は裁断の時も依然国旗だった、だから国旗を切った、と見てしまったわけです。
このように、あるデザインが描かれた物体に国旗という意味を充填させるか否かはひとえにそれを使う人間の心理状態に掛かっていると言えると思います。
ですから、サッカーワールドカップで自分のほっぺたに日の丸をペイントするときは、自分のほっぺに描いたデザインは国旗である、との意味が本人によって、また周囲の人間によっても充填されたといえます。
ですが、逆に、例えば国旗の白地が長い間盆正月祭日に外に立てられてきたせいでくすんできたとして、新しい国旗を購入し、くすんできた古いやつをリサイクルして裁断して服地にしたり風呂敷にしたり雑巾にしたとしたら、もはやその古い布地から国旗としての意味充填が外されて元の布きれに戻ったわけです。ですから切り刻んでもなにをしても構わないんです。 霧島の民主党員はそういう感覚で切ったのだと思います。
このように、国旗騒動の第一の問題は、それが国旗としての意味を充填されたまま裁断されたのかどうか、という事実判断の問題だと思います。
そして第二に、では仮に国旗として裁断したとした場合、はたしてそれはいけないことなのか、です。
自民党と産経新聞はこのレベルで民主党を攻撃しております。
国旗に対する不敬行為である、と。
実を言うと、わたしはあっけにとられています。麻生さん達は本気で言ってるのかしら、と。気が狂ったのではないか、と心配になりました。
極端に言うと、国旗を焼こうが切ろうが本人の勝手なんです。自由なんです。
自由で良いんです。たしかに眉をひそめる行為です。国民の誇りを傷つける行為です。道義的には許せません。わたしだって怒ります。
でも、自由なんです。言い換えると麻生さん達は怒りのレベルがずれているのです。
例えばですよ、昔立ち小便をさせないように塀に小さな赤い鳥居が打ち付けてありましたでしょ。鳥居に小便をひっかけたら罰が当たる、という信心を利用して。
★厳密には鳥居に似てはいるが違うものらしいです。鳥居の二本の横棒の長さのうち下の方を長くしてたそうです。上が長いと鳥居ですが、下が長いと鳥居ではないんだそうです。★
あれと同じです、というかあれ以下の低レベルの問題なんです。
つまり、鳥居におしっこをかけるのと国旗を切ることとは両方とも言わば道徳的次元の問題にすぎません。オマケに霧島市の民主党員は自分の所有する国旗を切っただけです。公道でおしっこしたら軽犯罪法違反ですが、自分の国旗を切っても何の犯罪にもなりません。
要するに下らないことで大騒ぎしているんです。麻生氏と産経新聞は。
鳥居におしっこをかけるヤツは許せん、とスピーカでわめいたり新聞でくどくど書いているのと変わりません。
それどころか、皆さん、実は麻生さんらは怖ろしいことを言っているのですよ。国旗をかつての天皇陛下の御真影みたいに扱おうとしているのです。
人間よりも御真影の方が価値が高いのだ、という極めて危ない思想の匂いがするのです。
国旗というのはあくまでも象徴、シンボルにすぎません。ハトはハトなんです。ハトを食べたら平和に反対する悪者になりますか?
なるわけないじゃないですか。所詮シンボルというのはたとえにすぎないんですから。ハトが平和よりも大事になる世界っておかしいでしょ?
それと同じで日の丸は日本人が暮らす社会である日本国のシンボルにすぎず、大事なのは日本人と日本人が共同生活している日本という社会それ自身なんです。
麻生さん達はそれがひっくり返っているんです。
繰り返しますが、わたしも日の丸を汚したり踏んづけたり焼いたりするヤツは許せません。が、それは個人のレベルでの愛国心の問題であって、あくまで個人的問題にとどめるべきです。この問題に国家が介入して良かった試しは一度もありません。
アメリカでもベトナム反戦運動で兵役忌避者がアメリカ国旗を燃やして国旗侮辱罪を問われたとき、連邦最高裁判所は、かかる国旗焼却行為はアメリカ憲法で保障された表現の自由である、と宣言しました。
日本の刑法でも外国の国旗を、侮辱目的で毀損したら処罰されますが、日の丸を毀損しても処罰はされません。
ということで、最近の国旗騒動は我が国のファッショ度を計る良い機会だと思いながら眺めています。
日の丸を2本使ってそれぞれ半分近くに切って縫い合わせると民主党の旗が出来るので、霧島支部がその通りに作って小沢一郎の講演会の壇上に飾ったという事件です。
みなさんはどう思いますか?
国旗を『切り刻んだ(麻生さんの表現です)』行為は国旗に対する不敬な行為であり許し難いことでしょうか。
それとも、それくらいどーってことないじゃん、でしょうか。
わたしが思うに、これは国旗とはなんぞや、という面白い問題であると考えます。
国旗ってなんですか?言い換えると、白地に赤い丸を描いたデザインは全て国旗になるんでしょうか。
たとえば商店のシャッターを真っ白に塗って真ん中に赤い丸を描いたら国旗になりますか。日の丸弁当は国旗ですか。幼稚園児が画用紙の真ん中に赤い丸を描いたら国旗になるんですか。 お祭りやパーティーで万国旗を天井なんかにずらずらーっと飾りますが、あの一つ一つはみんな国旗として使われているのでしょうか。それともただの飾りとして使っているのでしょうか。
人がそのデザインを国旗として使うときに初めてそのデザインは国旗になるのだと思います。
ですから霧島市の民主党支援者は普段は国旗として使っていた布だけどもデザインが似ていて民主党旗を作るのに便利だからそのデザインの布を使ったのであって、国旗、を裁断しようというつもりは無かったと思います。
ただ、当の本人はそう言う思いしかなかったとしても、周りの人間の中には2枚の布がもともと国旗として使われていたものだからその布は裁断の時も依然国旗だった、だから国旗を切った、と見てしまったわけです。
このように、あるデザインが描かれた物体に国旗という意味を充填させるか否かはひとえにそれを使う人間の心理状態に掛かっていると言えると思います。
ですから、サッカーワールドカップで自分のほっぺたに日の丸をペイントするときは、自分のほっぺに描いたデザインは国旗である、との意味が本人によって、また周囲の人間によっても充填されたといえます。
ですが、逆に、例えば国旗の白地が長い間盆正月祭日に外に立てられてきたせいでくすんできたとして、新しい国旗を購入し、くすんできた古いやつをリサイクルして裁断して服地にしたり風呂敷にしたり雑巾にしたとしたら、もはやその古い布地から国旗としての意味充填が外されて元の布きれに戻ったわけです。ですから切り刻んでもなにをしても構わないんです。 霧島の民主党員はそういう感覚で切ったのだと思います。
このように、国旗騒動の第一の問題は、それが国旗としての意味を充填されたまま裁断されたのかどうか、という事実判断の問題だと思います。
そして第二に、では仮に国旗として裁断したとした場合、はたしてそれはいけないことなのか、です。
自民党と産経新聞はこのレベルで民主党を攻撃しております。
国旗に対する不敬行為である、と。
実を言うと、わたしはあっけにとられています。麻生さん達は本気で言ってるのかしら、と。気が狂ったのではないか、と心配になりました。
極端に言うと、国旗を焼こうが切ろうが本人の勝手なんです。自由なんです。
自由で良いんです。たしかに眉をひそめる行為です。国民の誇りを傷つける行為です。道義的には許せません。わたしだって怒ります。
でも、自由なんです。言い換えると麻生さん達は怒りのレベルがずれているのです。
例えばですよ、昔立ち小便をさせないように塀に小さな赤い鳥居が打ち付けてありましたでしょ。鳥居に小便をひっかけたら罰が当たる、という信心を利用して。
★厳密には鳥居に似てはいるが違うものらしいです。鳥居の二本の横棒の長さのうち下の方を長くしてたそうです。上が長いと鳥居ですが、下が長いと鳥居ではないんだそうです。★
あれと同じです、というかあれ以下の低レベルの問題なんです。
つまり、鳥居におしっこをかけるのと国旗を切ることとは両方とも言わば道徳的次元の問題にすぎません。オマケに霧島市の民主党員は自分の所有する国旗を切っただけです。公道でおしっこしたら軽犯罪法違反ですが、自分の国旗を切っても何の犯罪にもなりません。
要するに下らないことで大騒ぎしているんです。麻生氏と産経新聞は。
鳥居におしっこをかけるヤツは許せん、とスピーカでわめいたり新聞でくどくど書いているのと変わりません。
それどころか、皆さん、実は麻生さんらは怖ろしいことを言っているのですよ。国旗をかつての天皇陛下の御真影みたいに扱おうとしているのです。
人間よりも御真影の方が価値が高いのだ、という極めて危ない思想の匂いがするのです。
国旗というのはあくまでも象徴、シンボルにすぎません。ハトはハトなんです。ハトを食べたら平和に反対する悪者になりますか?
なるわけないじゃないですか。所詮シンボルというのはたとえにすぎないんですから。ハトが平和よりも大事になる世界っておかしいでしょ?
それと同じで日の丸は日本人が暮らす社会である日本国のシンボルにすぎず、大事なのは日本人と日本人が共同生活している日本という社会それ自身なんです。
麻生さん達はそれがひっくり返っているんです。
繰り返しますが、わたしも日の丸を汚したり踏んづけたり焼いたりするヤツは許せません。が、それは個人のレベルでの愛国心の問題であって、あくまで個人的問題にとどめるべきです。この問題に国家が介入して良かった試しは一度もありません。
アメリカでもベトナム反戦運動で兵役忌避者がアメリカ国旗を燃やして国旗侮辱罪を問われたとき、連邦最高裁判所は、かかる国旗焼却行為はアメリカ憲法で保障された表現の自由である、と宣言しました。
日本の刑法でも外国の国旗を、侮辱目的で毀損したら処罰されますが、日の丸を毀損しても処罰はされません。
ということで、最近の国旗騒動は我が国のファッショ度を計る良い機会だと思いながら眺めています。
2009年8月20日木曜日
ツクツクホウシ
鳴きはじめましたねえ。夏の終わりが近づいてきました。わたしらは9月28日が後期授業の始まりなんで、夏休みはこれから、みたいなものですが、でも来年の受験を思うと9月初めから授業してくれても良いのに、なんてかつて抱いたことのない心境です。小学校入学以来大学卒業までずーっと、なんで夏休みは直ぐ終わってしまうんだろう、もう少し休みがあればいいのに、と思い続けてきたのに。
でもまあ自分のやるべき事が山ほどあるのでやっぱりずーっと休みでいてくれた方が良いかなあ。
うがいを励行しているためか、風邪っぽさも消えつつあり、一安心です。大学ではどっかの体育会系なんとか部の学生が10数人も新型インフルエンザにかかってしまったそうです。
昼に生協の本屋に行って昨夕ジュンク堂で見つけたけど買わなかった行政法の本を注文してきました。わたしの知りたかったことがスバリ書いてあるんです。
そこで、知り合いの卒業生とばったり会って立ち話。彼は今年の新司法試験、択一はクリアしたのですが、論文は間違いなくアウトだ、と自分で断言してました。訳を聞くと、ある科目の答案が白紙だったというのです。時間不足が祟って書く時間がなかったんだそうです。分かります分かります。本当によく分かります。論文を書く試験というのはそう言う恐ろしさがあるんです。
で、彼と話をしていたら、以前からわたしが探していた某関東の超有名ローの行政法の講義ノートを持っているというのです。大ラッキーでした。
彼は来年5月の試験、つまりわたしが受ける(予定の)試験を一緒に受けるんです。うちのローでは卒業生にも勉強場所を提供しています。大学本部の理科系校舎はほとんど空っぽです。伊都校舎という30キロ西にある糸島半島に巨大キャンパスを作って移転したんです。ですんで本学はガラガラ状態。
その一つに卒業生用の部屋を設けたと言うわけです。
彼と同じように、わたしも今回の民事法総合演習の試験でやっちゃいました。民法、民訴、会社法、各1問づつ問題が出され、合計3時間で書き終えよ、というのですが、会社法の問題で、小問形式3つのうちまともに書けたのは小問1だけだったんです。それで今こうやってお腹をしくしく痛めながら明日の発表を待っているというわけです。
救いがあるといえば、民法はまあまあの出来、問題が複雑だったので書けなかった学生も少なからず居るのでは(居て欲しいという願望です)、ということで相対的には浮いているのではないか、と。
民訴はこれがまあ何の問題なのか、何を書けばよいのかさっぱり分からず、フリーズしてしまいました。和解の問題なんですが、利益相反行為と、、、
で、会社法がボロボロ。
情けないです。こんなに出来が悪いなんて。
自分の弱点が出てしまいました。苦手科目があるとそればかりに手足を縛られて他の科目に勢力を分散させる事ができないんです。昔っからかわってません。
まあ、とにかく明日には分かります。他の科目ではすでに発表されたのもあります。けど、追試がある必須科目がなんで発表が遅いのでしょう。
不可になって追試と決まれば、やるのみです。そのときは倒産法の集中講義はぶっ飛んでしまうでしょう。
一番上の写真がこの前あわや、というところだったラッキーな四つ角です。
2009年8月19日水曜日
捜し物
行政法のサブノートを必死で探しまくってました。いくら探してもないんです。
相当イライラしました。中身は辰巳の雑誌を切り抜いた物です。
で、ひょっとしたら人にあげたのかもしれないと思って聞いて回ったのですが、空振りでした。
仕方なく辰巳に出向いてオリジナルをもう一度買おうと同じ雑誌を手に取ってみると、なんとまあ、切り抜いたヤツは行政法ではなく倒産法のサブノートだったのでした。なんと間抜けなことか!
情報整理能力の欠如には泣きたくなります。
今朝からずっと鼻水が出っぱなし。夏風邪の引きはじめです。何度もイソジンでうがいをしてます。でも新型インフルエンザが大流行ということで、不安でなりません。いくら年寄りには移りにくいといっても体調が良くないときはコワイです。
今日の昼もうどんでした。長者原(ちょうじゃばる)のうどん屋に行きました。
そこにはアメリカ人の兄ちゃんが修行してて、わたしが行ったときも麺打ちしてました。残念ながらメチャクチャおいしいとまでは行きませんでした。まずまず、といったところです。
長者原まで行った目的は実はお酢を買うためです。テレビで柿酢やブルーベリー酢の特集があり、どちらもスゴク体や目に良いとのことで、視力が著しく落ちているのでこれは飲まねば、と思ったんです。しかも体にもとても良く、飲み易いというので、目と風邪を回復させるために買いに行ってきました。
夕方飲みました。飲むとなんだか涼しさを感じました。ほんとです。
これから毎朝必ず飲むことにします。
☆倒産法、条文を照らし合わせてえっちらおっちら読んでます。自分の勉強が出来るって本当に幸せです。
他に行政法、民事執行法もマスターしますよ、ただし民事法が合格してたら、の話ですが。
★天神のジュンク堂近くの歩道を歩いてたら、向こうから若いキャピキャピド派手なギャルがたばこを吸いながらこっちに歩いてきました、と、わたしの4メーター前で、吸ってたたばこをポイっと歩道に捨てたんです。もの凄く無造作に。
わたしのアタマにドドドーっと血が上りました。『おぅおぅ~っ』と思わず声を出しながらそのギャルをにらみつけたのですが、向こうは全くわたしのことが眼中にないようで、ハイヒールの靴をたらーたらーとだらしなく動かしながら通り過ぎていきました。その吸い殻(まだ火が付いてました)を拾って『落とし物ですよ』と彼女の手の中にねじ込んでやりたい衝動にかられました。
今思うと、わたしが拾ってどこかの吸い殻入れに入れれば良かった、と反省しております。でもねえ、歩きたばこ禁止区域なんですよ、そこって。吸い殻入れなんてどこに行けば置いてあるのか、20年近くたばこを吸っていないこちらとしてはいかんともしがたい状況でした。
傍観している善は悪の側にいるのだ、と亡くなった金大中さんが言ってました。仰るとおり。反省します。
2009年8月18日火曜日
最近びっくりしたこと
昨日の朝、ちょっとした奇跡を見ました。奈良屋町という問屋街をバイクで走っていたんです。ローに向かう途中にあります。
片側1車線の道路を走っていたところ、前方の信号が赤で、すでに一台のクルマが止まっていました。わたしもその後ろに止まりました。
ちょっと経って信号が青になり、いざ出走、と、何故かわたしの前のクルマが走り出そうとしないんです。一体なにやってんの?と若干いらつきました。
信号が青になって五秒以上止まったまんまでした。わたしはもうちょっとで警笛を鳴らすところでした。
と!そのとき!! 四つ角の右手の方からクラウンみたいなセダンがす~っと四つ角に進入してきたんです。明らかに信号無視で。 ちょっとスローモーションを見ているような気がしました。
わたしは、えええ~っ?と思わず声が出てしまいました。なんで~~っ?
そのとき、そのクルマの運転をしてたおばちゃんの横顔がはっきりと見えました。六〇過ぎくらいの上流階級っぽくて太めで赤い眼鏡をかけたおばちゃんでした。四つ角のど真ん中までクルマが進入してきたときに、やっと気づいたのでしょう、ハッとした表情を浮かべたんです。口を大きく開けて目をひんむいてました。上半身も真っ直ぐに硬直したように見えました。多分、四つ角の真ん中に来て初めて自分が赤信号を見過ごしたことに気づいたんだと思います。
クルマは音もなくスーッとそのまんま滑るように四つ角を突っ切って行ってしまいました。急ブレーキを全然踏まずに。おそらくあのおばちゃんは体がフリーズしてしまい、足でブレーキペダルを踏むことすらできなかったんじゃないでしょうか。
わたしは別の意味でも本当にびっくりしました。何がって、わたしの前に停まってたクルマに、です。普通だったら青信号に変わったらすぐ発車してます。そうなったら間違いなく四つ角のど真ん中で90度に衝突してたところです。
その四つ角は歩道がわずか1メートル足らずしかなく、しかも建物が歩道ぎりぎりに建ってて四つ角の右手の様子が停車中のクルマからは全然見えないんです。ですからおばちゃんの進入が見えたはずがないんです。
こんな偶然ってあるのか、と驚かずには居られませんでした。どちらの運転手にとっても凄くラッキーでした。
未だにあのおばちゃんの『えっ!しまった~っ!』という恐怖が張り付いた顔を思い出してしまいます。おばちゃん、ほんとーに運が良かったねー。
でも、たぶん、このおばちゃん、きっとどっかでまた同じ事をやるだろうなあ、と思います。クルマを運転することは危ないことなのだ、ということを全然認識してないままハンドルを握っているんじゃないでしょうかねえ。
それにしてもわたしの前に停まってたクルマのドライバーは何をしてたんでしょうか。不思議で仕方ありません。
お盆が過ぎるとなんだか風が涼しげになってきました。昨夜も窓を全開にして寝てたところ、今朝起きたらなにやら寝冷えしたようで、少し頭が痛いです。くしゃみも出だしました。
今週はプールでがんがん泳ごう、と思っていたのに、、、、。泳いで体を鍛え、とともに民事法総合の不安を一時でも忘れようとしたのに、、、。
みなさんも夏風邪にはご注意を。
片側1車線の道路を走っていたところ、前方の信号が赤で、すでに一台のクルマが止まっていました。わたしもその後ろに止まりました。
ちょっと経って信号が青になり、いざ出走、と、何故かわたしの前のクルマが走り出そうとしないんです。一体なにやってんの?と若干いらつきました。
信号が青になって五秒以上止まったまんまでした。わたしはもうちょっとで警笛を鳴らすところでした。
と!そのとき!! 四つ角の右手の方からクラウンみたいなセダンがす~っと四つ角に進入してきたんです。明らかに信号無視で。 ちょっとスローモーションを見ているような気がしました。
わたしは、えええ~っ?と思わず声が出てしまいました。なんで~~っ?
そのとき、そのクルマの運転をしてたおばちゃんの横顔がはっきりと見えました。六〇過ぎくらいの上流階級っぽくて太めで赤い眼鏡をかけたおばちゃんでした。四つ角のど真ん中までクルマが進入してきたときに、やっと気づいたのでしょう、ハッとした表情を浮かべたんです。口を大きく開けて目をひんむいてました。上半身も真っ直ぐに硬直したように見えました。多分、四つ角の真ん中に来て初めて自分が赤信号を見過ごしたことに気づいたんだと思います。
クルマは音もなくスーッとそのまんま滑るように四つ角を突っ切って行ってしまいました。急ブレーキを全然踏まずに。おそらくあのおばちゃんは体がフリーズしてしまい、足でブレーキペダルを踏むことすらできなかったんじゃないでしょうか。
わたしは別の意味でも本当にびっくりしました。何がって、わたしの前に停まってたクルマに、です。普通だったら青信号に変わったらすぐ発車してます。そうなったら間違いなく四つ角のど真ん中で90度に衝突してたところです。
その四つ角は歩道がわずか1メートル足らずしかなく、しかも建物が歩道ぎりぎりに建ってて四つ角の右手の様子が停車中のクルマからは全然見えないんです。ですからおばちゃんの進入が見えたはずがないんです。
こんな偶然ってあるのか、と驚かずには居られませんでした。どちらの運転手にとっても凄くラッキーでした。
未だにあのおばちゃんの『えっ!しまった~っ!』という恐怖が張り付いた顔を思い出してしまいます。おばちゃん、ほんとーに運が良かったねー。
でも、たぶん、このおばちゃん、きっとどっかでまた同じ事をやるだろうなあ、と思います。クルマを運転することは危ないことなのだ、ということを全然認識してないままハンドルを握っているんじゃないでしょうかねえ。
それにしてもわたしの前に停まってたクルマのドライバーは何をしてたんでしょうか。不思議で仕方ありません。
お盆が過ぎるとなんだか風が涼しげになってきました。昨夜も窓を全開にして寝てたところ、今朝起きたらなにやら寝冷えしたようで、少し頭が痛いです。くしゃみも出だしました。
今週はプールでがんがん泳ごう、と思っていたのに、、、、。泳いで体を鍛え、とともに民事法総合の不安を一時でも忘れようとしたのに、、、。
みなさんも夏風邪にはご注意を。
※この前の中山先生邸で日本酒を飲み過ぎて以来、お腹の調子がすぐれず、柔らかくてあっちっちの博多うどんならお腹に優しいかも、と、呉服町の古いうどん屋に。内装が変わって昔ながらの風情が消えてました。残念。
☆☆それから、ユーチューブで発見したもの凄い美人の海女さんにびっくり仰天しました。『北限の海女 美咲19歳』 というNHK制作の番組です。いや~、猛烈感動モノの美女です。お隣の韓国や中国でもえらい騒ぎになっているようです。
是非一度御覧あれ。
2009年8月17日月曜日
一日で地震が2度
今朝午前2時頃、それから夜8時40分頃、2度にわたって結構揺れました。
あの感覚は、ほんとイヤですねえ。夜中の時は、寝ぼけていたので地震かなあ、という漠然とした感覚しかなかったのですが、夜の方はかなり揺れました。
自分の足下がゆらゆらと揺れるんですから、何とも言いようのない恐ろしさを感じます。しかも数年前大きなヤツを経験したことで、一層不安感が増幅しました。揺れ始めの時、今のこの揺れはすぐにもっと激しくなるのではないか、と想像してしまうのです。あの恐怖はちょっと耐え難いです。
今年の夏は日本中が揺れています。これは何だかヤバイ気配がしませんか?
話変わって、民事法総合演習の試験結果が未だ出ていません。毎日大学の成績発表をネットで見るのですが、そのたびにお腹がグリグリっとしてしまいます。もしも不可だったら追試を受けることに。来月初めです。
もちろん、そうなったらそうなったで追試の日まで民、民訴、会社、とくに会社をガリガリやらねばなりません。でもその間倒産法の集中講義がドーンと固まってるので大変なことになってしまいそうです。
毎日毎日祈っています。
2009年8月16日日曜日
帰ってきました
13日から16日まで田舎に。大分県宇佐市。オヤジの故郷です。お袋は都城出。わたしの心の故郷は大分県日田市です。小学校に上がるまで日田に居た母方の祖父母のもとに送られて典型的な年寄りっ子に。
同じ大分県でもずいぶんと風土が異なります。
宇佐は斜陽で、奈良平安のころの遺物が残っていますが、他にめぼしいものはありません。人柄は悪いです。ねたみそねみ悪口の風が強いです。これはまあ仕方のないことですが。大分県にはスゴイ数の藩と天領が細かく存在してて、お互い他領の百姓の悪口やら威張り散らしやらを250年間言い合ってきたのですから。
近くの豊後高田市には平安時代から全く変わっていない荘園が残っています。田染の荘(たしぶのしょう)という農地で、たんぼや道の形が1000年前から全く変わっていないんです。
文化遺産はとても立派なものがごろごろあるんですが、人間がね~。
大分は九州の中でも異端です。どっちかというと瀬戸内海の西の端にあるので瀬戸内文化圏に入るのではないでしょうか。あっと!瀬戸内の気風が悪いと言っているのではありませんから。大分って地理的には愛媛や山口広島と近いんです。テレビ電波も海を渡って届きます。ただそう言う意味で瀬戸内に近いと言いたいだけですから。
もっとも大分県でも西部の山あいではかなり九州風になってきます。そんな中、同じ山あいでも日田は別格で、天領でしたので都の風情がたっぷり残っています。豪商が天領の経済を操り、金持ちの遊びがおおいにはやりました。
以前秋田の角館(かくのだて)に旅行に行ったとき、日田と同じ匂いがしてふるさとのような気がしました。角館にお金の匂いはあんまりなかったですが。もっとも武家屋敷の塀を黒塗りにしたのは都風にしたのだ、というのを現地で効いたような気がします。
昨日は一日中びゅんびゅん風が吹いて、まるでトトロがやって来たんじゃないか、なんて気がしました。青々とした稲穂が風に吹かれる様はとても美しかったです。
昨夜はまた、涼しいと言う以上に肌寒いほど冷たい風が吹き込んできて、夜中に女房が起き出して窓を閉めに行ったのをおぼろげながら感じました。今朝は薄い肌布団にくるまって寝てました。
オヤジはこの前の広島原爆の日に、母校の小学校に招かれて被爆体験を語ったそうです。15分間話してくれ、と学校から言われたのに、実際は45分もしゃべり通したんだそうです。新聞社とテレビ局から取材が来たそうで、オヤジ達が良く通う、別府の原爆センターという、被爆者用の温泉施設のスタッフの方から、テレビに出てましたねーっ、と電話が掛かってきたそうです。
その原爆センターは、たしか九大医学部の先生が、原爆治療にここの温泉が効果がある、と発表したのに基づいて温泉施設を建てたんです。わたしも何度か行きました。一泊三食でたしか4000円くらいでしたか。透き通った無味無臭の温泉です。一日2回、温泉に浸かって、あとはごろごろ寝たり話をしたりして数日過ごすんです。広島からフェリーで来る人が一番多いです。
オヤジは常連中の常連なんです。自分がかつて被爆して大やけどを負ったとき、全身のケロイドが見事に解けて消えたのは温泉のお陰だと信じているからです。
宇佐からわたしの住む福岡までクルマで約3時間。途中、女房の実家である田川を通っていきます。田川はちょうど真ん中です。青春の門の舞台です。
香春岳(かわらだけ)という山があったのですが、セメントを採取するため削られていき、いまでは台地になってしまいました。石炭産業が衰退し過疎地域になってしまった田川の再生に、この台地化した香春岳をテーマパークにしたら良いのに、と思います。未知との遭遇のような不思議な感覚を覚えるんです。
台地の上にいろんなアトラクションを造ったらもの凄く面白いものが出来るんじゃないかなあ。
今日3時過ぎに帰ってきてさっそくローに行き、残りのレポート、歴史と法、をほとんど書き上げました。気付いたら夜10時でした。といっても3時間運転してきた疲れでだいぶ爆睡しました、自作の傑作あ○らく椅子で。
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