2011年10月2日日曜日

近況報告

土曜日、要件事実の講義に出てこいと教官の先生に命じられ、有り難く聴講してきました。わたしと同じ境遇の人間が8人ほど居ました。中には受け控えをした結果、来年が受験可能期間である5年間の最後の年になった人もいました。ローの入学者が100人から80人に減って2年目となったためか、講義受講者がわたしの頃に比べて随分少なくなっているような気がしました。と同時になんとなく覇気がないようにも。
受講後、教官の先生の昼食のお供をして、その後答案ゼミに初参加、平成21年の過払い金返還請求権の時効起算点に関する判例事案について1時間で答案を書いてそのあと講評してもらいました。ゼミ生は8人でした。
そのうちのローの現役3年生の書いた答案はなかなか見事な出来でした。簡潔でわかりやすかったです。わたしの答案は『もうちょっとだなあ』と言われました。自宅に戻って該当判例を読んだところ、最高裁の論理がようやく納得できました。しかしまあ、時効の起算点というおなじみの論点が意外に結構深いものだと初めて知りました。ただ、貸金業法が改正されて貸金業者はもはや利息制限法の定めた利率を超えて貸金を行うことが全く出来なくなりました。ですのでこの判例の事案が今後再び生じることはないと思われます。わたしはその点に捕まってしまって頭がかなり混乱してしまいました。
☆ローの自習室利用は、後輩によるとなんとななりそうな気配です。
明日月曜夕方、M弁護士主催のゼミに参加します。こちらは卒業生用の答案書きゼミです。今年受験した問題をもう一度書き直すというゼミです。
☆このところめっきり気温が下がってきて肌寒く感じるときも。
時間が刻々と過ぎていくのが文字通り肌で感じられます。

☆最近読んで、なるほど、と思ったのが、『愛情の反対語は憎しみではない、無関心だ。』というものです。納得納得。
☆こんどの水木と、用事で田舎に帰省することに。行き帰りのクルマで行政法の講義録音を8時間分聴こうと思います。

2011年9月10日土曜日

首が、、、、、

茫然。わたしの番号がありませんでした。
発表前、主観的ではありますが、自己採点をやってみました。短答のハンディを補って少し合格点より余るのではないか、と予測を建てていたのですが。
今の心境は、どうして?というのと、さてはあの問題がまずかったのか?というのが半々です。
反省すべきところも山ほどあります。努力不足も失敗も。それでもギリギリ受かっているのではないかと思っていました。
☆来年がわたしのラストチャンス。正真正銘人生最後の受験です。あと8ヶ月しかありません。
これから来る秋と冬と春、この三つの季節をどう過ごすかでわたしの残りの人生も決まります。

☆わたしと同じような境遇の受験生はみな同じ気持ちでしょう。新司法試験の競争は旧試験よりも緩いなんてのはウソだと愚かにも今頃になってやっと分かりました。

☆来年もまた4日間の地獄を味わうのかと思うとへたり込みそうになります。ですがそういう気持ち自体が間違っていると思い直しました。4日間の受験を感謝して受ける気持ちでないといけない、と。ワールドカップもオリンピックも4年に一度。たった数時間のために日々鍛錬する、一流の人間なら誰でもやっていることをやってこなかった自分は三流人間だと心の底から反省しました。と同時にオリンピックもワールドカップも晴れの舞台だから選手はウキウキワクワクしながらプレイしてる、逆に言うとウキウキワクワクしながらプレイしているチームほど勝利を獲得しやすい。ならば司法試験だって同じじゃないか、4日間の試合が辛いなんて思うこと自体、すでにダメなんだ、と。

☆ あれから少し経って法務省の詳細な結果を見てみると、去年のわたしの論文点数と今年合格に必要な論文点数との差が余りなかったのに気がつきました。それを知ってさらにもの凄く落ち込みました。あれだけやっても論文の成績が上がらなかったということなんです。魂が抜けそうです。
一体なんで論文点数が上がっていないのか、どうしても訳が知りたいです。

☆ということで翌日受験新報を買ってきて詳しく点検しているところです。同時に、受験前後の自分の心理状態、準備状況をも精査しています。福島原発爆発事故による怯えもあったでしょう。でもそれはそういう外部状況を遮断することが出来なかった自分の集中力の欠如でもあります。
今のところ、出来たと思っていた憲法で重要論点を一つ落としていること、民訴で発想がおかしかったかもしれないこと、行政法で書き負けしたこと、刑訴で答案がばらけたこと、、、、、。
でも、何が出ても他の受験生には負けない、といえるだけの準備をしていたのかというと、恥ずかしながらNOです。

☆☆昼過ぎに女房とわんこをつれてダイエーまで買い物につきあいましたが、疲れ果ててしまいました。ダイエーの売り場の中で急に脂汗が出てきました。不意に、来年絶対に落ちることが許されない、本物の土壇場に今の自分が直面してしまったことの恐ろしさに立ちすくんでしまったからです。生きるか死ぬか、絶体絶命です。目の前に敵の大群が現れたのを見たときの雑兵のような心地でした。
女房が卵焼き用のフライパンを選んでいるとき、わたしの体中、べっとりとしたイヤな汗がまとわりついてきて息苦しさまで覚えてきました。

2011年9月6日火曜日

首を洗って


住吉にある教会
もうすぐ発表。ドキドキして自分をコントロールできなくなっています。
あの科目この科目と、自分の書いた答案がどう評価されているのか、不安一杯です。
ダメだった時のことを考えると、なでしこジャパンを観ている場合なんかじゃないのでが、、、、、、。

それにしても彼女らは本当に強い。ほかの国のチームと違うのは技術だけでなく気持ち、意識の差だとおもいました。明確な試合イメージを四次元的に持っています。空間だけでなく時間的な試合運びの具体的イメージを全員が共有しているように感じました。これはもう、匠の技です。
それから、無駄の無さも特筆すべきことだと思います。どのパスもドリブルもシュートも意味を持っているように感じました。理詰めで相手を追い詰めていく、そんな将棋や囲碁のような雰囲気があります。
その上、沢さんの人柄のおかげか、みんなが対等なんです。上下、支配の人間関係がありません。ですから観ていてみんな自分の意志で動いている、だから先々を読んだ動きが出来るんだと思いました。
つまり、理想のチーム状態がそこにあるんです。ですから観ていてとても気持ちが良いんです。

☆パソコンの修理後、サクサク動いてくれます。故障前、ブログの機能についていろいろ探っていたところ、このブログをどれくらいの方々が訪れてくれたのか、ページビューという機能があることを今頃になって発見しました。
見ると、なんと累計で1万5千以上訪問してくれた方がいることを知りました。? ページビューという機能は訪問者の数ではなく、何ページ見てもらえたか、という意味かしら?
どちらにせよ、こんなにたくさん見てもらえてとてもうれしいです。
今後も、合格不合格どっちだったとしてもブログを続けていこうと思います。
嗚呼、緊張してお腹が痛いです。

2011年8月31日水曜日

グレンキャンベルについて


発表が近づいてきて心穏やかならざる状態です。倒産法概説というヤヤコシイ本を我慢して読むのが辛いです。
自宅でパソコンを使ってノート作りしてると、ついついユーチューブを覗いてしまいます。
と、中学時代大好きだったグレンキャンベルが今も現役で頑張っているのを見て自分も頑張らないと、と勇気を、やる気を、元気をもらっています。
始めに彼が歌うのは恋はフェニックス、という歌です。次いでガルベストン(ギャルベストン)という、わたしが一番好きな歌を自慢のギターソロも交えてグイグイやってくれてます。
加山雄三の若大将のようで凄くカッコイイです。
昔の歌は本当にイイなあ。

2011年8月30日火曜日

ヴィッキーカーって知ってますか?

 多分わたしが一番好きな女性シンガーです。人生経験が長い方ならご存じかも知れません。
『この恋に生きて』という邦題で日本でもヒットしました。原題は It must be him. です。
ユーチューブで懐かしい歌声と美貌を見て胸きゅんしました。
もともとラテン音楽が好きで、トリオロスパンチョスが好きでした。
わたしはラテン音楽も好きですし、アメリカのカントリー音楽も好きです。ジャズもブルースも好きです。
で、女性ではヴィッキーカー、男性ではグレンキャンベルがもの凄く好きなんです。ジャズのヘレンメリルも大好きですが、この二人はわたしにとっての永遠のアイドルなんです。

2011年8月25日木曜日

遅々として

倒産法講義終了

西日本新聞8月22日夕刊より
 倒産法のまとめがなかなかスムースにいきません。パソコンの故障修理のせいもあり、いろんなソフトのドライバー挿入作業やら設定やらでイライラが募ってます。
そんな中、昨夜西南ローの学生Kさんと電話で会社法の問題を論じていてとても勉強になりました。やはり議論することは大事ですね。自分の頭の整理にとても役立ちました。合併に関する理解はとても難解な上、条文がまたややこしくて複雑でわかりにくいので、ものすごく往生します。

☆西日本新聞に掲載されていた柳田さんの主張を読んで、原子力学会に対する怒りが沸騰しました。恥を知れ、と言いたいです。英語で言うとShame on you!です。
どうかみなさん、上の写真をクリックして拡大してみてください。まったくもう、恥ずかしい奴らです。

2011年8月24日水曜日

暴力団に人権はあるか

法然上人は仰いました。人間皆平等!と。平安末期という途方もない昔によくぞこのような発想、思想ができたものだと驚嘆します。
話がずれましたが、暴力団構成員と舎弟企業構成員らも人間ですから皆平等に人権があるのでしょうね。法然上人なら迷わずそうおっしゃることでしょう。
しかーし!あえて言いたいです。人に社会に国家に迷惑をかけ、不幸にし、人生を狂わせることで自らの利益を得ようとすることを職業とする者はあえて自ら人権を放棄したのだと。

誰しも自分に火の粉が降りかかってくるまでは他人事に感じてしまうのですが、暴力団関係者が身近に居ると直接間接にどれだけヒドイ迷惑を受けるか、しかもそれを誰に頼めば解決できるのか、これは経験した人でないと分からないと思います。
じゃあお前は経験があるのか、と言われるでしょう。イエス、です。ご存じの通り我が福岡県は日本一の暴力団員生息地です。しかもわたしが住んでいる団地にはそれらしいのが何人もいます。彼らの特徴は、昼間はひっそりしているが、夜になると豹変することです。狂ったように大声を上げたり、真夜中に泥酔状態で団地の駐車場に自車をバックで駐車しようとしてアクセルとブレーキを同時に思いっきり踏み込んでもの凄い音を立てたり、外灯の鉄柱をモンキーレンチでガンガン叩いたり、駐車場の出入りが出来ないような位置に自分の車を違法駐車したり、ヤクザの家族内でもの凄いけんかをしたり、、、、。
つい一昨日もわたしが駐車しようとしたら団地内の札付きの悪の一家へ遊びに来る奴らが違法駐車をしてて大変往生したのです。そいつらは駐輪場!に1年以上もの間水上バイクを勝手に置いてたこともあるのです。また、どこかからか大型バイクを持ち込んできて駐輪場で解体してました。どちらも団地の自治会が警察署に通報したので奴らは密かに撤去しました。ただ、その跡が油まみれですごく汚れてしまいました。
でもこんなのは序の口の序の口です。本物のヤクザがやっていることはもっともっと怖ろしいものばかりです。日本のマスコミは弱虫ですからそういう社会の巨悪にはなにも言えません。だからまともな一般人はその恐さが分かりません。
わたしは以前旧司法試験の選択科目で刑事政策を取っていたのですこしは勉強しました。日本のヤクザは本当にもの凄い力をもっています。どんな社会にも浸透しています。特に政治の世界には。
大体、何とか組なんて看板を立てて事務所を堂々と開くことが出来るのは日本だけです。アメリカもイタリアもそんなこと許していません。
日本は国会から内閣から裁判所から新聞までみんな見て見ぬふりをしているのです。
そんな中、シンスケがヤクザと関わったとかで芸能界を引退するとか何とか言ってます。
真相は不明ですが、なんでも山口組のナンバー4にトラブル解決を頼んだらしいです。
ヤクザを使って右翼の嫌がらせを止めさせようとしたんだそうです。
ネットに出ていましたが、フジテレビの特ダネの小倉氏がシンスケ氏を擁護するような発言をしてました。人間誰しもせっぱ詰まって他に手だてがなければ裏社会の人間に頼ることもやむを得ないのではないか、というような内容でした。スタジオに居た他の出席者のほとんどが同調していました。唯一、白人のタレント、デーブさんだけが歯止めをかけようとしていました。
暴力団員はその稼業に就いている限り、人間と認めるべきではない、というのがわたしの意見です。
他者加害を生業とする者を私たちの社会に存在させる余地は全くありません。
シンスケ氏の言い訳は聞き苦しいです。なにが自分のルールですか、何が芸能界のルールですか。ルールの違いという軽い問題では済まない問題です。トラブル解決をヤクザに依頼した、単純に言うとそういうことです。
シンスケ氏には弁解の余地はこれっぽっちもない、と思います。
ただ、あえて彼を擁護するとするならこういう巨悪を放置し続けている国会内閣裁判所官僚地方自治体、そして警察検察という国家機関及び弱い者いじめしかできないマスメディアという全体の、目をつぶれば世界が消える式発想の犠牲者の一人になってしまった、と言えるかも知れません。

みなさん、これからよーくマスコミの報道を注目いていてください。かれらのペンと電波による正義の矛先が暴力団に向かうことは決して、無い、ということを。